第6話 危険な少女

* * *



「これって~……」


 見えたシーンに思わず声が漏れる。ナツメ、残しているって。会話から察するに、数日前のあの夕方の出来事なんじゃないだろうか。肩に乗せられた細い指先の一部が異様に冷たい、これはもしかして指輪か、何かか?


「授業始まる前にジャスミンに会ってたって?」


 まるで咎るかのような視線をすぐ背中に感じて、全身がこわばる。するとクスッとキンモクセイさんは笑い声を漏らした。肩越しに私は振り返る、……しかし彼女の目は笑っていない。だからその行動を後悔した。


「別に責めてるわけじゃないよ、ちょっと用あって……どこ行ったか分からないかな?」

「あっハイ、お昼過ぎですが屋上に向かうのを見ました~……」

「そっか……ありがとう」


と口元をお愛想で再び不自然にゆがめてから(でも笑顔にはなれていない)、キンモクセイさんは踵を返してその場をあとにした。しかし出口の手前で思いついたように振り返る。


「ああ、鍵! キキョウからちゃんと受け取ったから」


と私に向かって言う。呼び捨てか、まぁ年下だし同級生だしな。


「はい、ありがとうございます~」


 逆に、恐らく同い年なのに、なぜだか敬語になってしまう、私。それぐらいキンモクセイさんは妙な気迫があった。


「あと……」


 その後の言葉に、私は正直ゾッとした。


「うちのクラスのユリ、今日無断欠席なんだけど……理由ワケ知らないよね?」


 ヤバイヤバイヤバイ! この人はやっぱり何かが危ない(何か知ってる!)。だから口調は平静を装うと努力する。


「いえ、知らないですけど~」


 なぜ私に? と首まで傾げて見せた。


「……いや、昨日キキョウさんのルームメイトが帰るの遅れたのと何か関係あんのかと思ってさ」


 それじゃあ、と言って。ようやくキンモクセイさんは姿を消した。私は着替え途中のまま、まだバクバクいう心臓に手をやって佇んでいた。パンジーに小突かれるまで放心を続けた私だったもので、その後の練習も散々なものだった。


 あの人は何だか『危険』だ……!



* * *



 ジャパン学園は全校朝会を頻繁に行う学校だ。学長の代理だという人物の長い話を聞くのが常で、私たちはまだ学長を見たことはない。やがて学年ごとに退場する。ゆっくり振り返った私の目に飛び込んできたのは、探し求めていたあの懐かしい横顔だった。


「コスモス」


 かなり前方を歩いているグレーの髪。人ごみを掻き分けてコスモスに手を伸ばそうとする。でも退場する人に流されて……手が、手が。



「届かない」



 起き上がった私の頬を汗が伝う。隣のベッドを見るとキキョウさんが静かな吐息で眠っていた。その無防備な寝顔を見て、わけもなくホッとする。瞬きすると、汗と一緒に涙も頬を伝った……。



* * *



 勉強も頑張ってした。努力のかいあって、通信模試でもジャパン学園は合格ラインに達した。ただ……受験するお金がなかった。ジャパン学園は受験料が高いことは有名で(それで『コロニーJ』が成り立っているとも言われている)、数年前にコスモスを送り出したことによって施設のお金は底を尽きていたのだ。


 だから、そこに現れたタケさんの申し出は魅力的だった。


「モクレンは自分の能力を自覚しているね?」


 私は恐るおそる、目の前の小柄な大人に頷く。


「じゃあジャパン学園に編入させてあげるよ、君ならできるはずだ」

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