第11話 紅い世界

 ……何でそんなこと、今思い出すんだろう。


 瞳を伏せても、私はまだ紅い世界にいるままだ。自分の肩からしたたる液体も同じ色。いつまでも落ちない夕日のせいで、悪夢のような紅い世界は、時間が止まったようにも思えた。


 はやく……こんな場所から逃げ出したい。それよりもなによりも、ユリの鋭い視線から逃れたかった。何か、なにか言わなくては。


「……話聞いて」


 やっと搾り出した言葉がそれだ。


「話なんて、何があんの? ♪」


 白い仮面は私の傷を見ながらくすくすと笑う。私は肩をかばいながら四人の方へ前進した。


「うざーい! 一人でもまだやる気なんだぁ♪」

「じゃあ脚もやっちゃえばいいんだよ♫」


夕焼けは羊飼いの喜びRed sky at night, shepherd's delight.


 ガスンッ! と右足に衝撃が走る。たまらずに私は膝を地につけた。剥き出しの足からも紅い色が流れ出す。


「うぅっ……!」


「あら~やだ、また外れちゃった♪」

「もしかして、わざとなんじゃないの? ♫」


 ……この色嫌いになっちゃいそう。さっきから呼びかけているあの人に、一等似合う髪色なのに……。だけどこの紅は違う、ちがう『あか』だ。


「……足止めするだけやったら、ウチに言えばいいやん」


 私を睨みながら、ユリは右手をかざした。


『時よ止まれ、お前は美しい(To that moment I might say ― Stay, thou art so beautiful)!』


 空気がピリッっと電気走り、私の体は身動きがとれなくなる。


「……このまま呼吸も、心臓も停止することが可能や、あんたら今のうちにナデシコ連れてって?」


 私は一生懸命口を動かした。しかし何と声が出ない。


「あーごめんねユリ、足止めするだけじゃないの♪」

「私たちそいつ始末しなくっちゃ、特にこの子は私を傷つけた張本人だし♫」


 その言葉を聞いて、ユリの力が揺らいだのを感じた。


「それにこのまま私たちいなくなったら、ユリはこの子逃がす気でしょ?」

「うん……でも嫌ってほどうちらのこともう狙わんようにわからせてからな……」

「ソレソレソレ、それが困るの、今ならほらユリの力で動けないしさぁ♪」


「ユリ!」


 私が叫んだ。その声に三人とも動きが止まる。声、こえが出た!


「そんな……声出せるなんて」


 ユリが吃驚したようにこちらを見つめる。だから私は続けた。


「突然信じろって言っても無理かも知れない……。確かに私はわたしたちの雇い主が企んでることなんてわかんないから。もしかしたらそいつらが言ってることの方が正しいかもしれない……でも」


 ユリは身構える。


「でも、私自身は、わたしはあんたたちを守るつもりだよ、誰のことを裏切ってでも二人のこと守るよ。そんな人を簡単に殺すとか言う奴らにナデシコ渡してもいいの?」


 ユリの力が一気に緩んだ。固まってた体が崩れ落ちる。私は詰めていた息を吐き出して咳き込んだ。ユリはくるりと方向を変えると、仮面の二人の方へ両手をかざした。


『時よ止まれ、お前は美しい(To that moment I might say ― Stay, thou art so beautiful)!』


「うっ……」

「裏切るんだ、……ユリ♫」


 二人の動きが止まる。


「悪いな、ウチは偽善だとしてもナツメの言葉の方を信じるわ。ナツメ、動けへん?」

「何とか……」


 私は両手の力でグググッと自分の体を立て直した。足の怪我は予想以上のようで、体に上手く力が入らない。


「いまのうちに……今のうちにナデシコ連れて逃げやぁ。ここはうちが何とかするわ」


 引きずる足で何とか車椅子までたどり着いた私は、ユリと目配せして急いで車椅子のエンジンをかけようとした、しかしその時、


「何とかできるって、本当にそれを信じて、疑わないの? ♪」


 妙に落ち着いた声に、かいていた汗が酷く冷たく感じる。


「あんたたち、逃げられないよ? 何でいつまでも夕日が沈まないか知っている? ♫」


 私が振りかえると、仮面の二人は両手のひらで空中を掴み取って、ユリの超能力を破っている最中だった。私は最初にタケさんに試された時のことを思い出す。


「……亜空間か」

「わーよく知ってるね、つまりはどういうことか分かるでしょう? ♪」


 ユリは困惑した顔で私に助けを求めて振り返った。


「つまりは、あんたたちはここから出られないってこと! ♫」


 チッと舌打ちをして、ユリは車椅子の方へ走り寄った。



「なぁナツメ、どうすればええ?」



 どこかで聞いた言葉だ。


「私が食い止める」

「無茶や、二人でどうにかしてここから逃げることを考えんと……」


 ユリの言葉を聞かずに、私は仮面の二人と車椅子の間に立ち塞がった。


「諦めついたんだー♪」


 余裕で腕を組む二人に、私は上目使いでにやりと笑った。


「……日が落ちてから、亜空間作ればもっと良かったかもね」


 私は片指を振り上げて、夕日から『力』を集める。


賢者が信用しないものは三つSome three things wise man does not trust……』


四月の太陽The sun of April


 そして、素早く作り出した橙色の熱光線を二人に放った。心の中では、助けを求めるように、あの人の名前を知らず呼んでた。


 あーちゃん……あーちゃん。……助けて!


 そう遠くない距離で、光線が二人にぶち当たって爆発が起きる。舞い散るグラウンドの砂が喉に詰まるようで息苦しい。しかしそれが晴れた時、二人は平然とその場に立っていた。


 二人の周りをひゅんひゅんと紅いエネルギーが回っている。私の光は、それに押し負けたのだと気づいた。


「あなたはあっちね♫」


 仮面の銀髪が目配せをして、金髪を私の方に仕向ける。


「ユリ……!」


 私はとっさに名前を呼んだ。私の方へ向かいながら、金髪の少女は赤いエネルギーをナデシコの車椅子に向かって投げかけた。


 ユリはすぐその身で庇って土の上に倒れこむ。私は必死でユリに駆け寄ろうとしたが、その前を金髪の少女に遮られる。意識を失う二人に向かって、銀髪の少女がゆっくりと歩いて行くのが見えた。


「お前ら何でナデシコに向かって……」

「ユリが守るって分かってたからー♪」


 右手には赤いエネルギーの塊が掲げられている。


「さよならナツメ♪ 良い夢を見てね……」


 私はとっさに目を閉じた。もうこの目は開くことができなくなるかもしれない。ヒヤシンスに、まだ言わなきゃいけないことがあるのに……。

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