第1話 ナツメとヒヤシンス

「何、あんた本なんか読んでるわけ?」


 傍らの風信子ヒヤシンスにちょっかいを出してみる。私たちが転がってるのはゴルフ場のグリーン。『コロニーN』では、たとえ全ての芝生が人工物であろうとも、その緑色に惹かれてか、このスポーツを愛す人がたくさんいた。


 私たちも緑の中にいるのが何となく好きなので、いつもここに来てたむろしている。私の方は旅行パンフを読んでいた。


「そんなのよりこれ見てよ、『天然樹のある『コロニーS』への小旅行。往復で百万円だって、天然樹は見たいけど高すぎ!」


 声を掛けてもヒヤシンスは本から顔を上げない。私はヒヤシンスに顔をもっちりくっつけ、彼女が読んでいる本を脇から覗き込んだ。黒髪ショートカットのヒヤシンスは、背も高く手足も長くひどく中性的で、遠目から人が見たらちびっ子カップルがイチャついているように見えるかもしれない。


 私たちは同じ産婦人科で同じ日に産まれた、まさに『生まれる前』からの腐れ縁だ。『親友』とも言える。本のページに、私のツインテールの髪房が片方、邪魔するように影を落とした。挿絵には太古の地球のような……緑と青に輝く惑星が描かれている。

 

「何? 地球の歴史でも調べてんの?」

「この惑星、地球じゃあないんだよ」


 ヒヤシンスはニヤっと笑って、ようやくこちらを向いた。


「この本面白いんだ。この小説の作者さ、夢の中で自分が読んだ本を、そのまま小説にして書いたんだって。よく全部覚えていたよね」


 言いながら、ヒヤシンスはまた本の世界に入っていったようだった。私は挿絵の惑星の緑色から目が離せなくなっていた。


「ヒヤシンス……この惑星なんて名前なの?」


 ヒヤシンスが今度はすぐに顔を上げて答えた。


「『エコトリア』って言うんだって」

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