第4話 ナツメとボタン

 真向かいに座っていたのは『ツインテールちゃん』だった。なぜか怒った猫みたいに仏頂面で、目が合うとフン! とばかりに顔を背けられる。私と、赤髪の女の子、ツインテールちゃん、ボブカットさん、フードちゃん。集められたの少女ばかり、全部で五人だった。


 そこで唐突に沈黙が訪れた。誰も何も話さないのである。私はスカートの上で握りしめた手のひらが、また汗ばんでゆくのを感じた。こういったプレッシャーが苦手だった。


 自覚しているが、私にはあまり自主性がないのだ。コロニーSの学校でも、人の中で過ごすことが多く、自分から何かするのは苦手だった。でも……でもそれを変えたいと思ってここへ来たのだ。


「ねえ、せっかくだしさ、何かおしゃべりして待たない?」


 私が口を開くと、斜め前に座っていた『730』番のフードちゃんが、明らかにホッとしたようにこちらを見つめてくる。他のみんなも同様の雰囲気だった。それに私も背中を押された心地で、「何だか私たちを集めた人、まだ来ないみたいだし……」と続けた。


「そうだな」


 正面に座っている、ツインテールちゃんも相づちを打ってくれる。私が嬉しくて顔を緩ませると「ニヤニヤしてんなよ」とやはり辛口だ。つれない態度を取られても、容姿が可愛いと、あんまり気にならないものだ。


「取りあえず自己紹介でもしとこーぜ? 多分みんな同じ理由でここ来たんだろうし」

「あー、良かったっ!」


 ツインテールちゃんが提案すると、フードちゃんが詰めていた息を吐き出したあと、奇声のように言葉を発して後ろのソファーに倒れこんだ。


「うわっ、吃驚した……いきなり大声出すなよ」


 ツインテールちゃんが怪訝そうな顔で咎めた声を出したので、フードちゃんはそれを脱いで、子どもっぽく下唇を突き出して見せる。ツインテールちゃんより身体が大きいのに、ここにいる中で一番年若く思える。


「だってぇ、皆なかなか喋らないから。怖い人たちなのかと思っちゃったんだもん」


 フードちゃんの物言いで、私の脳裏に『よく今まで黙っていられたな』という思いが過った。まぁ……気を取り直して。


「じゃ自己紹介するってことで、OK?!」


 ツインテールちゃんの隣。赤髪の女の子が、私の隣のボブカットさんに上目づかいで聞いてくれた。彼女は、少し考えたあと「いいよ~」と、一言だけ答えてウィンクした。


「私は、桔梗キキョウ、十五歳」


 私は少しだけ咳払いをすると、自分から紹介を始めた。少し肌寒く設定されていた外気とは違って、この部屋は心地が良い。言葉がスラスラ出る。


「育ったのは『コロニーS』」


 『コロニーS』。『コロニーJ』にほど近いところに位置するコロニーだ。世界で数本しかない『天然樹』を中心に都市が形成され、他のコロニーに比べてかなり裕福だと思う。


 『コロニーS』に一校だけ存在する中・高・大一貫の学校は有名で、学力も『国立ジャパン学園』の次ぐらいの偏差値と言われている。


 『コロニーS』の生活は『世界戦争勃発前の日本の生活そのもの』であるのだと、私はその学校で先生に習った。『コロニーJ』ほどではないが病気や犯罪は起こりにくく、他のコロニーからの移住希望者も未だ絶えない。


 『天然樹』は不思議な木である。過酷な環境で育ってきたのが原因かもしれないが、コロニー外の汚染された空気があるところでないと生きていくことができないという。


 アメリカのコロニーでは、天井を塞いで汚染された空気から遮断したために、枯らしてしまった事例がある。『コロニーS』ではそんなわけで『天然樹』の真上は、ドームが丸く開いていた。


「へー、『コロニーS』って確か『天然樹』があるところでしょ」


 ツインテールちゃんが思いかけず食いついてくる。その目は、先程の白々しい半目とは大違いで、こちらに向かってキラキラと輝きを放っている。


「うん、家から良く見えたよ」

「ねぇねぇ、『天然樹』ってなぁに?」


 フードちゃんの発言に、私以外の他の少女たちはしばらく黙って呆れたように彼女を見つめた。私も少しばかり吃驚する。


「お前そんなことも知らねーのかよ、名前は?」


 ツインテールちゃんが口汚く聞く。フードちゃんはもう『お前』呼ばわりにされている。だからフードちゃんは少し拗ねたように唇を尖らせた。


「……牡丹ボタン。十三、そっちはぁ?」


「十三? 私も十三だよ。お前落ち着きないなー、ちなみに私は夏芽ナツメね」


 『ナツメ』は軽い調子で答えて、二つに結わえた淡いオリーブブラウンの髪をわずかに揺らした。二つ年下……。改めて見つめた彼女は結構な小柄で、加えて細いが精神年齢は私よりも上のように感じられる。


 ただでさえ少しだけ猫背なのに。曲がった背をますますと丸めると、腕を組み直してソファーに深く座り直している。それがますます猫みたいで微笑ましく思える。黒いパンツに包まれた脚は、私の腕ぐらいしかないほどに細い。可愛い外見と裏腹に、言葉が少々乱暴なのだ。


 落ち着きないと言われて、『ボタン』はシュンとした。ポンチョのような大きなフードまでも、うなだれてしおれて見える。ボリュームのあるウェーブヘアーはゴージャスで、それに彩られる頬は薔薇色だった。性格はちょっとウザそうだが、顔面はちょっと現実味がないくらい可愛かった。


「『天然樹』ってのは世界戦争前から生えてる数少ない樹の日本での名称っていうか。今の植物ってほとんど栽培物でしょ? 日本にはコロニーSにしかないんだ。あとで写真を見せてあげるね」


 慌てて私がフォローを入れる。ボタンは顔を上げてこちらをまじまじと見つめてから、嬉しそうに微笑んだ。

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