第517話 良き未来のための旅立ち

 ジェシカへの伝言役は、アルが担うことにした。

 役目がない、と落ち込んでいたアカツキが「はいはーい! 俺が行きます!」と意気込んでいたのは、全員に聞き流される。


 先読みの乙女であるジェシカがアカツキに何を思うか定かではないのだから、二人を近づけないに越したことはないから。アカツキはアルたちのようにジェシカの思惑に流されないでいられるとは思えないし。


 そういうわけで、宴の翌日にジェシカたちを訪ねてアルたちの方針を伝えると、ジェシカは「そうですか」と微笑み頷いた。


「問題なく良い未来に向けて進んでいるようでなによりです」

「……新たな未来が見えましたか?」


 アルは先読みの乙女の能力がどのように発現するのかを知らない。未来を知る、とはどのようになされるのか、正直興味がある。

 だが、なんとなく危険が待ち受けているように感じられて、それについて尋ねる気はなかった。アルは自分の危機察知能力を信頼している。


「いえ。けれど、わたくしが望んでいた通りになっているのは確かですわ」


 にこりと微笑んだジェシカは、傍らに控える侍女リアンナに視線を向ける。


「――そろそろ、ここをお暇するべきかしらね」

「そうですね。長期の不在を御伝えしてはおりますが、きっと旦那様方もお待ちでしょうから」


 リアンナが言う旦那様方とは、ジェシカの父親を含めた家族のことだろう。

 ジェシカの先読みの乙女としての一面を知っているアルとしては、彼女の周囲に普通の家族がいることが少し不思議に感じる。ジェシカは先読みの乙女としての役割と、貴族令嬢としての役割を、どう両立しているのだろうか。


 だが、そんな疑問はアルに尋ねる権利はないと思うし、正直ジェシカの事情に深入りしてはいけない気がするので、静かに二人の会話を見守るに留めた。


「そういうわけなので、ヒロフミさんたちが外に出る際にご一緒してもよろしいかしら。できるなら、ドラグーン大公国の首都近くまで送り届けてもらえたらありがたいのだけれど」


 なかなかに図々しい依頼だ。だが、ジェシカを魔の森に放りだしたら、帰り着く前に魔物に食べられる未来しか見えない。未来を見る能力がなくたって、それくらいのことはアルだって分かるのだ。


「ヒロフミさんに頼んでおきます。おそらく転移術を使って外に出ると思いますので、すぐに街に着けるでしょう」


 昨日の段階で、ドラグーン大公国首都近くに転移できるようにしてある、とヒロフミから報告を受けていた。ジェシカを送るのも任せろ、と言われていたので、問題はないはずだ。


「よろしくお願いしますわ」


 微笑んだジェシカが、そっとアルの手を包むように握る。


「――わたくしの力が必要な時はご遠慮なくお声がけくださいね。家の者には伝えておきますので」

「ありがとうございます」


 アルも微笑んで礼を告げたものの、心の中で『そうならなければいいな』と思った。なんとなく、ジェシカに何かを頼むのは嫌な気がするのだ。


「出発はいつ頃になりそうかしら?」

「ヒロフミさんたちは、明日にでも、と」

「分かったわ。荷物をまとめておきます」

「はい。――それでは」


 アルは二人に別れを告げて、すぐに立ち去った。



◇◆◇



 翌日。

 旅立つ支度を整えたヒロフミとサクラ、そしてジェシカたちと向かい合って別れを惜しむ。


 ヒロフミたちが無事に帰ってこられるかと不安に思う気持ちはある。だが、避けては通れないことなのだから、アルは無事に目的を達成できることを祈るしかない。


「危険を感じたら、すぐに逃げてくださいね。異次元回廊に入れば、追ってくるのは難しいはずですから」

「ああ、分かってる」

「必ず帰ってくるよ。成果を期待して待っててね」


 微笑むヒロフミとサクラの手を握り、アルは頷いた。


『ブラン、お前はアルの邪魔はせず、大人しく待っておれよ』

『うるさい! 我はアルの邪魔をしたことなんぞない!』


 サクラの肩にいるクインとアルの肩にいるブランが湿っぽさのない挨拶をしていた。その騒がしさに、アルはサクラと顔を見合わせて笑ってしまう。


「宏、桜……」


 アカツキは二人の名前を呼ぶが、続ける言葉が見つからないようだ。目を潤ませ、ぎゅっと二人に抱きつく。


「バカツキ、くれぐれもアルの邪魔だけはすんじゃねぇぞ。大人しく待っとけ」

「つき兄、私たちは大丈夫だからね」


 アカツキの背中を二人がポンポンと叩いて宥める。


「……うん。分かってる。だから、二人とも、絶対無事に帰ってきて」

「おう、バカツキのようなミスはしねぇよ」

「俺、そんなに普段ミスしてないぞ?」

「は? マジで言ってんのか?」

「……え? 俺、ミスばっかしてる?」

「うーん、どうだろうねー」

「妹が否定してくれないぃ!」


 じゃれ合うように別れの言葉を交わし、三人は離れた。少し、アカツキの雰囲気が明るさを取り戻した気がするから、二人はさすがだ。アカツキの扱い方が上手い。


「――んじゃ、がんばってこーい」

「一気に軽いな」

「それくらいがいいよ」


 僅かに緊張した雰囲気だったヒロフミとサクラも、ふっと表情を和らげて微笑む。


「お世話になりました、アルさん」

「はい、どうぞお気をつけて」


 ジェシカとは軽く挨拶を交わし、アルはヒロフミに頷いて見せる。


「行ってくる」

「はい。僕もみなさんが目的を達成できるよう、作業をがんばりますね」

「頼んだ」


 最後の挨拶を交わしたところで、ヒロフミが呪符を指で挟み持つ。

 力の奔流を感じた後には、四人と一体の姿が消えていた。


「……見送るって、自分が旅立つよりなんだか寂しいね」

『そうか?』


 首を傾げたブランが、体を寄せて体温を分け与えてくれる。言葉では否定しつつも、アルの気持ちに寄り添ってくれるのだから、ブランはやっぱり優しい。


 アルはふっと微笑んだ後、頬を叩いて気合いを入れる。

 サクラたちの説得が成功する前に、彼らを帰還させる方法を確立させなくては。呆けている場合ではない。


「……よっし。早速研究始めるね」

『昼飯時の前には呼ぶ』

「うん、それはまぁ、分かってるよ」


 食事を抜くことは許してくれそうにない相棒に苦笑しながら、アルはしょんぼりと背中を丸めたアカツキの背中を叩いて、知識の塔へ戻るよう促した。


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