第515話 みんなと話そう③

 アルが伝えるべきことはすべて話した。

 だから、今からするのは、これからの予定の相談だ。


「僕はこれから異世界への干渉術を試して、みなさんを異世界にいる本人へと融合できるか、最終検証をするつもりです」


 アカツキ、ヒロフミ、サクラの三人を順に見つめて告げる。にぎやかな会話がピタリと止まり、アルに視線が集まった。

 しばらく沈黙した後に、ヒロフミが口を開く。


「どれくらい時間がかかる?」

「少なくとも一週間ですね」


 アルの答えが予想外だったのか、ヒロフミは片眉を上げて口を噤んだ。


「……なんか、私たちが長い時をかけて辿り着けなかったところに、アルさんがあっさりと到着しちゃう感じで、ちょっと微妙な気分。嬉しいのは間違いないんだけど」


 サクラがヒロフミの内心を代弁するように呟いた。微妙、と言っているわりには、その表情から読み取れる思いは『ようやくここまで来た』という感慨だ。


「結局、俺たちの最善手はアルと出会うのを待つことだったのか……」


 苦笑したヒロフミが、虚しそうに目を伏せるのを見て、アルは眉を顰めた。

 ヒロフミたちがこれまで帰還法を求めてあがいたことが無駄だったなんて、アルは思わないし、彼らに思ってほしくもない。


「ヒロフミさんたちにもしてもらわなきゃいけないことがあるんですけど」

「え、なに?」

「……あ、そうか」


 きょとんと目を丸くしたサクラの横で、ヒロフミが何度か頷く。


「何したらいいんすか!?」


 身を乗り出して聞いてくるアカツキの額を押して距離を取った。ブランがうるさそうに顔を顰めて尻尾を揺らしている。


「現在、イービルの下で動いている方々がいるでしょう? その方たちもアカツキさんたちと共に帰還させるために、説得してもらわないと。僕ではできないことですから」


 当代の先読みの乙女であるジェシカが言っていた。ヒロフミたち三人を先に帰還させてしまえば、悪魔族と呼ばれている人たちは、アルの説得に耳を傾けてはくれない、と。


 もし、彼らが暴走を始めてしまったなら、この世界には大きな危機が訪れる可能性が高い。

 アルとしてはそれを避ける必要があるし、それにはヒロフミたちの協力が必須だった。


「なるほどー。……それって、俺はなんもできませんよね?」

「どうでしょう? 多くの方々がアカツキさんから読み取った記憶をもとに構成されているなら、アカツキさんと顔見知りの可能性がありますし、説得が上手く行きやすいかもしれません」


 アカツキにそう答えてみたが、それに対する返答はヒロフミからあった。


「いや。まずは俺か桜が接触するべきだろう。イービルに暁のことを知られたら、捕らえられて利用される可能性が高い」

「うげっ……」

「……確かにそうですね。でも、それはヒロフミさんもそうなのでは? 転移事故を偽装して彼らの傍を離れたんでしたよね? 戻ってすぐに信頼されますか?」


 そもそも、ヒロフミを内偵だと怪しんでいる人がいて、転移術の誤作動による爆発を装った被害にその人を巻き込み、問題をうやむやにする形で姿を消したのだ。


 問題の人はしばらく昏倒したはずだと聞いてはいるが、すでに回復しているだろう。なにせ、基本的に怪我することも死ぬこともない体質なのだから。


 術を使うプロフェッショナルと目されていたヒロフミが、転移術の誤作動で姿を消した後に、長期にわたり戻って来ることができないなんて、彼らが考えるだろうか。

 ヒロフミに対する疑念は強まっていると考えて良いはずだ。


「それはなー……なんとかするしかないよなぁ」

「頼りなさすぎる返事だな」


 アカツキが呆れた表情でヒロフミを見つめる。ヒロフミは肩をすくめるだけだ。


「……私が最初に行く」

「桜」


 真剣な表情で宣言したサクラに視線が集まった。咎めるように名前を呼んだヒロフミだったが、続ける言葉を迷ったように眉を顰めている。


「私も彼らの顔を知らないわけじゃないし。同郷だってことくらいは分かってくれるでしょ」

「でも、危険だ。あいつらはイービルの指示に従って、俺たちを探してる。それは再び洗脳して、イービルの手下にするためだ」


 ヒロフミがサクラを翻意させようと呟くが、その口調からはいつものような自信が感じられない。ヒロフミも三人の中で一番リスクが低いのはサクラだと分かっているのだ。


「すでに敵だと思われてる可能性が高い宏兄が行くより安全でしょ」

「なら、俺が――」

「つき兄は一番ない」

「確かにねぇな」


 手を挙げたアカツキは、二人から容赦なくノーを突きつけられて、しょんぼりと肩を落とした。「妹を危険な目にあわせたくないって兄心なのに……」と呟いているが、二人は気にした素振りを見せない。


「ならば、万が一の場合に備えて、吾がサクラを隠れて守ろうか」


 クインが飄々とした様子で提案すると、一気に視線が集まった。

「隠れてって、どうするつもりなの?」


 不思議そうに尋ねるサクラと同じ疑問をアルも抱いていた。

 クインは元々聖魔狐という巨大な体躯で、変化するにしても人の姿なのだから、隠れるのは難しそうだと思ったのだ。


「ふむ……こういうのはどうだ?」


 瞬きするほどの間に、クインの姿が消えていた。


「えっ? クイン、どこに?」

『椅子だ』


 クインの声が聞こえて、ハッと身を乗り出して椅子の座面を確認する。灰色の小さな狐がアルたちを見つめ返した。


「……クイン?」

『なんだその姿は。聖魔狐の姿のかけらもないではないか!』

「え、そう?」


 ブランがキャンキャンと鳴いて抗議する。狐という点は同じなのだから、かけらはあると思う。一目見て聖魔狐だとは絶対に思わないが。


『聖魔狐と気づかれたら、注目されかねぬし、厄介であろう』

「でも、そんな違う狐にも変化できたんですね?」


 聖魔狐の特徴である白色がなくなるだけで、こうも普通の狐のように見えるのかと、アルは感心するような心持ちでクインを観察した。


「可愛い!」


 サクラがクインを抱き上げる。手を握ったり、耳を触ったりと、何をされてもクインはされるがままだった。

 サクラとクインは長く異次元回廊で過ごした友だちだから、気にしないのだろう。


『人に変化できるのだから、これくらいは容易だ』

「そう言われてみると、そうですね」


 アルは一旦納得した。だが、それならそれで、一つ気になることがある。


「――あくまで狐である必要性は?」


 人の傍にいるならもっと相応しい姿があると思う。鳥とか、猫とか。

 尋ねたアルを、クインが不思議そうに見つめ返した。


『我は聖魔狐だ』

「……なるほど。狐、という部分はアイデンティティとして外せないんですね。人間はかろうじて良いということですか」

『うむ。友と過ごすのに人の姿は便利だからな』


 クインの複雑な心情を納得しきることはできなかったが、問題がないならばそれでいい。

 アルは頷き、ヒロフミに視線を向けた。


「どうします?」

「……まぁ、サクラの安全性が担保されんなら、俺は良いと思うぞ」


 ヒロフミが納得したことで、サクラが最初に悪魔族たちに接触をとることが決定された。


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