第514話 みんなと話そう②

 すべてを説明したアルに、ヒロフミは困惑した様子で口を開く。


「代償と対価なぁ……」

「それって、違いがあるのかな?」

「あるっぽいよな」


 サクラとアカツキは真剣に考えるのをヒロフミに任せたようで、「どういうことだろうねー?」と首を傾げるだけだった。


 対価の話を重く受け止められることがなかったので、アルは安心してお茶をすする。ヒロフミの考えを知りたいので、今は待つだけだ。


『我が思うに――』


 不意にブランが顔を上げる。視線がブランに集まった。


『願いの代償とやらは、おそらく【神に会う】という願いの代償を指しているのだと思うぞ』

「え……あ、そういうこと?」


 アルは明確に神への面会を願ったわけではないが、ブランの言葉は一理あると思った。

 ヒロフミも納得した様子で頷いている。


「なるほど。つまり、試練は元々【神に会う資格があるか】を問われていたもので、それをクリアしたからには、代償なしでアテナリヤに会える、ということか」


 アカツキとサクラが顔を見合わせる。二人は微妙に顔を顰めていた。


「それって……クリアできてなかったら、アテナリヤに会うだけでも、何かを代償として奪われるってこと?」

「うげー……悪辣……」


 アカツキの嫌そうな顔を見て、アルは苦笑した。アル個人としては、さほど悪いことではないと思うのだが。


 そもそも、アテナリヤに会うためには試練を突破しなければいけないのだとアルは教えられていた。


 それで、アテナリヤに会うための門まで辿り着けば試練を突破したということだ、と勘違いしていたのはアルが悪い。あの場で行われたのは、最終試練だったというだけのこと。


 そこまで考えて、ふとクインを見つめる。


「クインはどうだったんですか?」


 かつてクインもアテナリヤと面会し、願いを告げたはず。そのせいで長い年月を代償として捧げたばかりか、願いを叶えてもらうこともできなかったのだ。


「……あまり覚えていないが。アルの話を聞いて、なんとなく、吾はアテナリヤに会うための試練を突破できなかったのではないかと思った」

「つまり、クインが異次元回廊の試練の番人として縛られることになったのは、そのせい?」


 どう考えても、クインとアルでは負った対価の重さが違いすぎる。叶えてもらいたいと告げた願いが違うにしても、だ。

 それが意味するところは、クインがまだ願いを叶えてもらう段階にさえ辿り着けていなかったということな気がする。


「もしかして、願いを叶えてもらうより、アテナリヤに会うことでの代償の方が大きいんですかね?」


 アカツキが引き攣った顔で呟く。


「その可能性はあるな。願うことによって対価が違うみたいだから、可能性でしかねぇが……」


 ヒロフミが大きなため息とともに吐き出すように言った。

 なんとも言えない空気が漂う。


「すべては過ぎたことだ。もう気にするな」


 クインが苦笑して首を振った。それに対し、ブランがフンッと鼻を鳴らす。

 ブランは未だに、クインが願いのために苦しんだことを納得していないのだ。その願いが、ブランに科せられた罰に関するものだったから。


「そうだな。それより話を進めよう。――アルが願いを告げて、その対価が百年間の異次元回廊管理者の役目だってのは分かった」


 話を本筋に戻したヒロフミが、アルを見据えて苦笑する。


「――その対価にアルが納得してんなら、俺らはなんも言えない。だけどな、感謝は受け取ってほしい。俺たちのために、ありがとう」


 真摯に告げられた言葉に、アルは微笑み頷いた。サクラとアカツキからも礼を言われ受け取る。

 それで三人が納得するなら安いものだ。


「ちゃんと異世界への干渉術は理解しましたよ。ただ、実行できるまで調整が必要そうなので、少しお待ちくださいね」

「その術を俺が知ることは可能か?」


 教えてくれ、ではなく質問してきたことに、アルはやはりヒロフミは賢い人だと思った。


「やめた方がいいでしょう。知ることで、ヒロフミさんも対価を支払わなければならなくなるかもしれません」

「……そうか」

「それに、術を実験して実行するのは僕一人でできます」

「アルがそう言うなら任せる。けど、協力できることがあったらなんでも言ってくれ」

「わかりました」


 そう答えながらも、アルはきっとそんなことにはならないだろうなと思う。


 脳に叩き込まれるように注がれた情報は、宝物にも等しい貴重で素晴らしい知識だ。だが、それの取り扱いは気をつけなければならない。

 アルはアカツキたちを帰還させる目的でしか使うつもりはなかった。目的が達成できれば、忘れるつもりでもいた。それほどまでに危険な知識なのだ。


 今後異世界に帰還するヒロフミに与えるべきではない。異世界において特殊な呪術師だったというヒロフミが、なにかの拍子でその知識を使ってしまえば、恐ろしいことが起きかねないから。

 ――その場合、ヒロフミの命は失われることになるだろう。


「アテナリヤに願った後はどうなったの?」


 サクラの問いでハッと考えを切り替える。ヒロフミから向けられる探るような眼差しには気づかなかったフリをした。


「えっと……ブランが願いを保留すると決めて、アテナリヤが消えたのを見届けて、その場から離れました」

『鑑定眼が神眼とやらに変わったことを忘れるな』

「ああ、そうだったね」


 ブランは相変わらず神に関することに不快感を示す。機嫌悪そうにしているブランの頭を撫でて宥めながら、アルは苦笑した。


「神眼?」


 眉を顰めたヒロフミたちに説明する。

 あまり使わないようにしている、と告げたアルに、ヒロフミが「それが正しいだろうな」と言った。神への不信はヒロフミもブランと変わらないのだろう。


「その後、普通に転移魔法で帰ることもできたんでしょうけど、なんだか気になって探索を続けて――結果、精霊の墓地に転移できる魔法陣を発見したんですよ」


 数多の魔石を魔力で繋ぎ合わせてできた巨大な魔法陣。そんな方法で作れるのかと、とても驚きで興味深かった。


 それはさておき、その魔法陣を使って辿り着いた場所も、アルの予想を超えていて、有意義な発見だった。

 まるで何かに導かれているような展開だったが、その感覚は間違っていないと思う。未来を知り導く者がいる世界でなら十分起こり得ることだから。


 精霊の亡くなった後の木にたまっている魔力を、アカツキたちの帰還のために使う許可をもらったことまで説明し、アルはお茶を飲んだ。

 情報を整理するのに時間が必要だろうし、少し喉を潤わせたかったのだ。


「……なるほど、そんなことがあったのか。アルの負担にならないよう、用意周到なのはありがたく思うべきなのかね?」


 ヒロフミが皮肉るように呟く。何かに操られているように感じられるのが不快なのだろう。

 サクラは柔軟に「利益しかないんだからいいじゃない」と微笑んでいた。アカツキはよく理解していない感じで「だよな!」と頷く。


「はぁ……お前らはお気楽でいいな」

「それくらいじゃなきゃ、生きていけないよ」

「そうそう。宏も心配性なのやめた方がいいって」

「心配性で言ってんじゃねぇよ」


 アカツキを睨んだヒロフミが大きくため息をつく。

 アルはどちらかと言うとヒロフミに共感できたが、フォローは必要なさそうなので、微笑んで見守った。


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