第502話 脱出へ

 鑑定眼改め、神眼の能力についてさらに詳しく知りたいところだが、そろそろブランが我慢できなくなってきたようなので、脱出を優先することにしよう。


「さて。ブラン、床の切れ目があるところを押してみて」

『うむ、よかろう』


 その言葉を待っていた、と言わんばかりに、ブランが即座に動いた。

 アルの目では指摘されないと気づけないほど薄っすらとした切れ目の傍を、ブランはバシッと叩くように押す。途端に、カチッと音がして、近くの床が僅かに浮き上がった。


「これが最大限?」

『むー……そのようだな』


 ぐいぐいと押しても、床はそれ以上動かない。

 アルは浮き上がった部分に指を掛け、引いてみた。すると、思いの外呆気なく床が外れる。三十センチ四方ほどの大きさだ。


「ここが脱出路っていうわけじゃなさそうだね」

『そうだな。というか……これは何だ?』


 外した床の下には空洞があった。そして、丸い水晶玉のようなものが一つ置かれている。


「鑑定してみるよ」


 手にとっていいものかも分からないので、じっと見つめて鑑定した。


『鑑定できたか?』

「うん。魔素の塊みたいなものらしいよ。魔素玉っていうんだって。開門の際に使うみたいだから、ここから脱出するために必要なアイテムなのかな。でも、門がどこにあるかが分からないんだけど……」


 魔素玉を拾い上げ、床に座って観察する。

 魔力眼で見ると、魔素玉が歪んでいるように感じられた。おそらく、通常の魔力とは違うため、正しく認識できていないのだろう。だが、そこに大きな力を感じることはできた。


『門? ……ないぞ!』


 周囲を眺めたブランが、すぐさま探すのを諦めた。さきほどひと通り見終えたようだから、再度調べる必要もないということなのだろう。


「ないって言われても……。ここにあるってことは、どこかで使うんだと思うんだけどなぁ」


 片手におさまるサイズの魔素玉を持ちながら、アルは周囲に視線を巡らせた。改めて神眼で眺めても新たな発見はないように思えたが――。


「――あ、待って、あそこ、なんかある」

『なんか?』


 アルは先ほどまでアテナリヤがいた場所を指した。

 そこに不思議な形の石でできたモニュメントらしきものがある。なんとなく門に見えるような気もした。

 鑑定結果は【白鳥居:神域と常世を隔てる門】だった。


「あれに使うのかな」

『……我には見えぬが』

「え? 門自体が?」


 立ち上がったアルの足元で、ブランが不可解げに呟く。

 アルはまじまじとブランを見下ろしたが、『そうだと言ってるだろう』と返事があっただけだった。なんとか見えないかと試みているのか、ブランの目はアルが指した場所から逸れない。


「――なんで僕にだけ見えているんだろう?」

『神眼とやらの効果か?』

「うーん……なんとなく違う気がする」


 悩んでしまった。あの門に魔素玉を使えばここから脱出できる可能性が高いのだろうが、その場合、門を目視できていないブランはアルと一緒に出ることができるのだろうか。


 万が一にでもブランをここに取り残してしまう可能性があるなら、アルはあの門を使うことはできない。


「こういう時こそ、神眼の質疑応答機能かな」

『あまり頼ると馬鹿になりそうだな』

「あー、確かに、思考力がなくなりそうだね」

『うむ。それに何かしらの反動が生じる可能性もある。単純に鑑定能力を使うだけなら、これまでと変わらず支障はなさそうだが』


 何かが気にかかっている様子でブランが呟いた。

 アル自身もなんとなく神眼に頼りすぎることを忌避するような感覚があったので、神妙に頷いて同意する。

 その感覚は、アルがこれまでの経験で培ってきた危機察知能力によって生じている気がした。つまり、自分の命のために、無視してはいけないものだ。


「最低限の利用を心がけるよ」

『それがいい』


 そう誓ったものの、状況を打開するすべが見当たらないので、ひとまず神眼の能力に頼ってみることにした。

 神眼を使いながら疑問を口にする。


「あの門の使用条件は?」

【魔素玉に触れている者が利用可能です】

「それだけなのか……」


 予想以上に他愛ない答えが返ってきた。これは神眼を使うまでもないことだったかもしれない。そう思うと、少し悔しくなる。やはり神眼を使う場面はしっかりと考えなくては。


『なんなのだ?』

「魔素玉に触れてたら、門が見えて使えるみたいだ。ブラン、肩に乗って」


 呼びかけた途端、肩に重みを感じた。ブランの体に押し当てるように魔素玉を持つ。


『……ゾワゾワするぞ』

「え、そうなの?」

『魔素玉とやらは、地下に生きる者の気配がする……』


 グルルッと唸る声が聞こえた。

 地下に生きる者と言えば、この世界とは隔たったところにある別空間だ。真裏にある世界と言ってもいいかもしれない。あまりに隔絶した世界であるが故に、アルたち――特にブランは、生理的嫌悪感を覚えてしまうようなのだ。


「言われてみれば、そんな感じがするかも?」


 ほんの小さなトゲのようなものが感じられる気がする。だがそれは、ブランに言われなければ分からないほど些細なものだ。気づけたブランがすごいのだと思う。


『うむ。あまり触れていたくない。これであの門を通れるならば、さっさと行くぞ』


 急かす言葉と共に、尻尾がアルの背中を叩いた。


「門が見えてるんだね?」


 早足で歩き、門に向かいながら確かめる。

 地下に生きる者の気配という気になるものはあるが、今はそれを追求していられる余裕がブランにはなさそうだ。調べるのは後からでもいいだろう。


『問題ない。見えているものが同じだという断言はできんが』

「そうだね……僕には、縦二本・横二本の白い丸太が組み上げられて、門になってる感じに見えてるけど」

『それは我もだ。罠はなさそうだな』


 認識を共有して少し安心する。

 門の直ぐ側まで歩み寄り、アルは立ち止まった。魔力眼を使ってみると、何かが魔素玉から門へと流れ込んでいくように見える。


「これ、このまま通ればいいのかな」

『門なのだから、そうするしかなかろう』

「だよね。じゃあ、行くよ。嫌だろうけど、魔素玉から離れないようにしてね」

『分かってる』


 ブランの返事を聞いて、アルは門へと足を踏み出した。

 この先に何があるか分からないが、ここからの脱出はできそうだ。


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