第262話 懲りない人
アカツキと箱の組み合わせで思いつくのは、領域支配装置だ。それはダンジョンの飛び地的な場所を作る装置だった。
そのせいで、ドラグーン大公国周辺の魔の森の管理人であるリアムに、アルは注意されることになったのだ。
その時にアカツキも反省したはずだが、今度は何をやらかそうと言うのか。やらかす前提なのは、アカツキのこれまでを考えると仕方ないだろう。
目を細めてアカツキを見据える。アカツキは得意げな顔をしていた。
「ふっふっふ~ん! 実はカタログで良いものを見つけちゃったんですよね! しっかり創ってきました!」
「だから、何を?」
「なんだか変な気配がするような……?」
首を傾げつつ呟くマルクトの言葉に、アルの警戒心は更に高まる。
「見ててくださいね! ……わん、つー、すりー!」
箱の上部をアカツキがカウントに合わせて叩く。それが何かの合図になっていたようだ。不意に箱を中心に魔力が動く。
「――ポンッとな」
箱の蓋が開かれた。中にあるのは果物だ。見た目はアプルだが、アカツキのことを考えると、素直にそうだとは思えない。
「……アプル」
『匂いもアプルだぞ』
アルと同じく、アカツキの創るものに警戒心があるのか、ブランが慎重に匂いを探っている。
「そう……匂いもアプル……」
『見た目も匂いもアプルだな。……それで、これはなんなんだ?』
中身の観察を終えて、箱を持つアカツキを見つめる。なんだか困ったような、悲しんでいるような、複雑な表情だった。
「見た目も匂いもアプルなのに、なんでそれを疑うんです? 俺か? 俺がいけないのか?」
「え、本当にアプルなんですか?」
肩を落とすアカツキを無視して、箱の中身を鑑定してみる。先にこれをすれば良かった。
鑑定結果は【アプル。完熟してます。おすすめの調理法に焼きアプル、アプルパイが登録されています。調理法は――】なんて示されている。アルは思わずパチリと瞬いた。
「――鑑定結果が更新されてる……?」
日頃、知っているものに対して鑑定を使うことがなかったので気づかなかった。もしかして、備忘録的に使えるものだったのだろうか。
『鑑定結果の更新? ……まあ、ないわけではなさそうだな。人物鑑定は変わっていくものだろう?』
「言われてみればそうか。アプルの鑑定結果が変わったのは、たぶん僕が食べたものや調理の影響だろうね。だとしたら、他の人が鑑定で調べたら、違う風に示されるのかな」
『鑑定の能力自体が珍しいものだから、調べるのは難しいだろう』
鑑定の能力についての考察をするアルたちの横で、マルクトがまじまじと箱を眺めていた。中身には一切興味を持っていないようだ。
「ふぅん? カタログでこんなものが創れるのか」
「そうっす! やっとそこに注目してくれましたね!」
アカツキの顔がパアッと輝く。よほどアルたちの反応が悲しかったようだ。箱の方に注目してもらえて嬉しそうだ。
アルはブランと顔を見合わせて肩をすくめる。
「これはですねー、アルさんの転移箱みたいのをイメージして創ったんですよ」
「転移箱? では、このアプルはどこかから転移させてきたということですか」
「そうっす。ここ、俺のダンジョン領域外なんで、物を運ぶにもいちいちアルさんのアイテムバッグ借りないといけなかったでしょう? これは、その問題をクリアさせるんです!」
胸を張って告げたアカツキが、アプルを取り出してブランに投げる。見事キャッチしたブランは、暫く匂いを嗅いだあと、シャクシャクと食べ始めた。鑑定で分かっていたとはいえ、やはりちゃんとしたアプルのようだ。
「もう一度いきますよ~。……わん、つー、すりー! ――ポンッ!」
再び開かれた箱には、蜂蜜が入った瓶があった。ブランが飛びつこうとする気配を察して、慌てて捕まえる。まだ鑑定もしてないのに。
「ちゃんと蜂蜜ですよー」
アカツキがカパリと瓶の蓋を開けて、蜂蜜を地面に置いた。ブランがすかさず駆け寄り、至福の表情でペロペロ舐める。
鑑定が済んだからもう止めないが、よく蜂蜜だけをそこまで舐められるものだ。
「その蜂蜜、アカツキさんのダンジョンにいる魔物から採れるものですよね?」
かつてダンジョン内で目撃した光景を思い出しながら、鑑定結果と照らし合わせて尋ねる。
「そうです! なんとこの『どこでもアイテムくん』は、ダンジョン内でとれるものを、どこでも取り出せるんです! 使う人がそれがどこにあるかを把握してないといけないですけど」
「『どこでもアイテムくん』……ネーミングセンスはともかく、転移箱とはちょっと違った感じですね。いや……ダンジョン全体を一つの転移箱の中と考えればあるいは……?」
対になった箱同士の間で転移を可能にする転移箱。規模は違えど、アカツキのものもかけ離れたものとは言えない気もする。
「もとは宝箱の設定に使える能力みたいですけど、ランダム性をなくせばこの通り、便利道具に早変わりですよ! 箱の大きさは他にもありますから、結構大きなものまで対応できるのです!」
「……確かに、便利ではありますね」
ようやく、アカツキの創ったものを認められた。珍しくやらかしてはいなかったのだと分かってホッとする。
だが、そのアルの安堵を打ち砕くように、マルクトが眉を顰めて口を開いた。
「――こことアカツキのダンジョン。空間通路は俺の作ったあの魔法陣を通してのものしかないはずだけど……もしかして、勝手に空間通路を新設してないか……?」
「へっ!?」
「……アカツキさん?」
ビクッと身体を震わせ、目を泳がせるアカツキをアルは見据える。どうやらホッとするのは早かったらしい。
アルの転移魔法はここでは使えない。それを考えると、アカツキの創ったものが転移魔法じみたことができるのはおかしいのだ。
この空間が、世界の外部魔力タンク的な役割を持っていることを考えると、安易に外の世界と繋がりが増えるのは宜しくないだろう。アカツキはそれを知らないから、考えなしにやったのだろうが。
「いやいやいやいや! 俺に言われても、詳しい原理とか知りませんよ!? 俺、カタログで創っただけですもん! ってか、空間通路を新設ってどういうことです? 何か問題が出ちゃいますか……?」
アカツキが肩を落として、上目遣いでアルとマルクトを見つめる。本当に悪意なくやらかす人だ。
アルも問題点を正確に把握しているわけではないので、マルクトに回答を求めて視線を向けた。
「んー……どうにも正確なところが読み取れないな。やはり神の能力に関するものは、俺の魔法によるものの上位互換にあたるからか……? ――妖精」
マルクトが呼び掛けると、空にヒュッと光が走った。妖精だ。こんな風に呼び掛けだけで瞬時に反応するのかと、アルは少し驚いた。
『お呼びですか、マルクト様』
「ああ、空間に異常がないか観測してくれ」
『承知いたしました』
妖精が更に光を強くする。それを横目に、マルクトが再びアカツキを見つめた。アカツキの身体が再び跳ねる。
「もう一度それを使ってみてくれる?」
「わ、分かりました。……わん、つー、すりー! ポンッ!」
再び開かれた箱には、果物が盛りだくさん。マルクトが食べられるものだから、もしかすると謝罪の品を兼ねているのかもしれない。
「……妖精、どうだった?」
マルクト自身ではやはり空間の変化を把握できなかったのか、妖精に尋ねている。アルも興味深くその答えを待った。
『…………観測が終了しました。空間に異常はありません。ですが、現在展開中の転移用魔法陣に干渉が確認されています』
「干渉? なるほど既存の空間通路を利用してるのか」
マルクトの表情が緩んだ。アルもホッと息をつく。どうやらアカツキの箱は問題ない代物だったようだ。
「え? ……つまり、俺、無罪放免ってことでいいんです?」
「アカツキさん。それはその通りですが……何度も言っているような気がしますが、よく分からないことは、実際にやって見せる前に、説明してくださいね」
問題はないにしても、何度もやらかされると困るのだ。
アルの注意に、アカツキの肩が再び下がり、「はい……」と小さな返事が聞こえた。分かってもらえてなによりだ。
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