第222話 精霊の性質

「……あまり実感はありませんが、嫌うことはないですよ」


 暫く沈黙した後にそう言うと、フォリオがあからさまに嬉しそうな顔をするので、アルはなんとなく照れくさい気持ちになって目を逸らした。

 蹴とばしたアカツキを足場に椅子に跳び乗ったブランが、目を細めてアルとフォリオを見比べる。


「ぐえっ……ブラン、容赦ねぇ……」

『ぽっと出の兄なんかより、我の方がアルと仲が良いんだからな! 調子に乗るなよ!』


 ビシッと音が鳴るような勢いでフォリオを指さすブラン。その姿を見下ろして、アルは少し呆れた。

 お気に入りのおもちゃをとられた子どもでもあるまいし、ブランの拗ねた態度は大人げない。そして、その言葉にムッと口を引き結ぶフォリオも、長い時を生きてきた者とは思えない仕草だ。

 アルはため息をつきながら、剣呑なやり取りをする二人を無視してアカツキに声を掛けた。


「アカツキさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫っす。丈夫さだけが俺の取柄なんでね、ハハッ……」


 地面から起きたアカツキが、乾いた笑いと共に砂埃を払って椅子に座り直す。その際、ブランの近くに置いてあった果物を根こそぎ奪い取ったのを見て、アルは笑いを噛み殺した。

 ブランにやり返そうと思ったら、食べ物を奪うのが一番効果的なのは確かだ。


『っ、アカツキ、我の果物をとるなんて、許さんぞ!』

「へへ~ん、油断大敵だもんね。というか、果物は俺たちのために用意してくれたんであって、ブランのものではないんすよ」


 即座にフォリオを睨むのをやめてアカツキに跳びかかろうとするブランを、アルは片手で捕まえて膝の上に拘束した。その隙にアカツキが口いっぱいに果物を頬張るので、ブランが忌々しそうに怒る。

 アルはブランの口に果物の欠片を放り込んだ。話が脱線するから、暴れるのはそろそろやめてほしい。


『アルも、果物も、我のものだぞっ!』

「いや、僕は僕のものだけどね……?」


 意味の分からない所有権を主張して暴れるブランの頭を叩き、フォリオに向き直る。ブランと言い合いをしていた時は不機嫌そうな雰囲気だったが、今は目を細めて楽しそうだ。

 ブランを押さえるのに苦労している姿を見て面白がる理由が分からず、アルは首を傾げた。


「良き仲間と出会えたようで嬉しい限りだ。先読みの乙女はそこまで詳しいことを告げなかったから、一族の外で生まれた子がどうなることかと思っていたが、問題はなかったようだな」

「……先読みの乙女は僕についてなんと言っていたんですか?」


 フォリオは面白がっているのではなく、アルとブランたちのありように安堵していたらしい。この騒ぎようを見てそう感じられるのも些か複雑な気持ちだ。

 妖精たちが追加の果物を運んできてくれる姿を横目に、フォリオが指を振って魔力で茶葉や茶器を浮かせてお茶を淹れ直す。そして呟くように説明を始めた。


「先読みの乙女が語ったのは、以前話したことがほとんどだ。他というと、私がアルに血の繋がりを告げるのは、異次元回廊から帰還してからでなければならないことくらいか。……いや、今後のこともあったな。だが、それは、そちらの問題を片づけてから話そう」


 フォリオがカップを差し出しながら視線を向けたのはアカツキだ。最初の疑念は忘れていてくれなかったらしい。

 顔を引き攣らせて固まるアカツキが余計なことを口走る前に、アルが会話の主導権を握るべきかと口を開いた。


「……アカツキさんが外に出ているのはリアム様の助力があってのことで、それは許されているのだと思いますが」

「金のドラゴンか。……魔王を外に出すという行為は理に抵触すると思うが、その代償を担うのがアルではなくドラゴンであるならば、私は干渉しない。だが、姿に関してはまた別だろう?」


 アルをジッと見つめてフォリオが呟く。その目に浮かぶ感情は、アルの予想とは少し外れていて、返答に間が開いてしまった。フォリオはアカツキに対して大した感情を抱いておらず、アルを心配しているだけのように思える。


「……アカツキさんが外に出ているのを咎めているわけではないのですか?」

「私が牢の管理の務めを担っているわけではないから、その者が世界を破壊せしめんと行動しない限りどうでもいいな」

『お前の務めに関する考えは、ちょっとおかしくないか? 神に従順かと思えば、やる気がないことを言うものだな……』


 思いがけない返答に目を瞬かせていると、妖精から果物を受け取って落ち着いたブランが呆れたように呟いた。アルも完全に同意する。正直、精霊の在り方がよく分からなくなってきた。


「精霊は神から与えられた務めと理の中で存在している。その範疇外のことには興味がない」

『……出たな。アル、これが精霊の悪癖だぞ。こんな風になってはならんぞ』

「なりたいと思わないし、ならないよ」

「何か変なことを言っただろうか?」


 首を傾げるフォリオから目を逸らし、アルはブランと疲労感を共有した。アルも人間としては他者へ関心を抱きにくい気質が強いと自覚しているが、精霊のそれは予想を超えていた。

 もしアルが精霊と血が繫がっていなかったら、今回のようなお茶会どころかフォリオと会うことすらままならなかっただろう。精霊は人間に関心を抱かないし、精霊に課された務め以外は神が為したことであってもどうでもいいのだ。

 アルはため息をついて気分を切り替え、話を本筋に戻した。


「……フォリオさんはアカツキさんが人型で外に出ていることも咎めるつもりはないのですか?」

「その過程については興味がある。精霊の森から牢のあり様について変更の連絡がない以上、その者が枷から逃れて人の姿をとっているのは、アルが手を貸したからではないか? 神から代償を課せられなければいいのだが……」

『……こいつ、本心でアルの心配しかしとらんぞ。それでいいのか、神の手先め……』


 心配そうに歪むフォリオの顔を、アルは呆気に取られて見つめた。このような心配をされるのは予想外だった。

 ブランはフォリオの態度に呆れ気味だが、アルに害がないならばそれでいいと判断したのか、果物を食べるのに集中しだす。


「アカツキさんが人型をとれているのは、確かに僕が作った魔道具によるものだと思います。でも、代償というのは感じていませんね」

「ならばいい。その行為は神によって許されたということだろう。あるいはそれ自体が神にとって予定調和であったのかもしれないな」


 安心したように頷いたフォリオは、アカツキ人型問題をあっさりと解決させた。警戒したアルたちが馬鹿のように思える。

 アカツキが何故か拗ねた様子で唇を尖らせた。


「……俺が問題の中心のはずなのに、除け者にされている気がする」

「ああ、お前はどうでもいい。魔王の核は封じられたままのようだし」

「魔王の核?」


 解決したと思ったら、すぐに新たな問題が現れた。カップに伸ばした手を止めてフォリオを見ると、あからさまに「余計なことを言った!」と言うように目を逸らされる。問い詰めたくなるから、もう少し態度を繕ってほしい。

 妖精たちが呆れたようにフォリオを叩いた。


『ほんと、おっちょこちょいのお馬鹿さんね』

『それは言ったら駄目なことでしょう。あなたが代償を背負ったら、私たち消えちゃうじゃない』

『あなたの命はあなただけのものじゃないのよ。もっと考えて慎重に生きなさいって、何度も何度も言っているわよね?』

「っ、分かった、分かっている! そう何度も言われずとも!」

『分かっていてもおっちょこちょいを直せないと意味がないから何度も言っているのに……』


 うるさそうに妖精たちを手で払うフォリオに言葉が次々に突き刺さる。

 かつて、アルを招くことを忘れて排除する結界をフォリオが張っていたことを思いだし、アルはそのうっかりな性質にため息をついた。アルの周りにはうっかりタイプが多すぎる気がする。

 その筆頭のアカツキが吞気にお茶を飲みながら不思議そうにしているのを見て、ため息は更に深くなった。

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