第106話 BGMは波が打ち寄せる音

 アルとブランの前にはコメとミソスープ、甘酢あんかけ肉団子が並んでいた。肉団子は初めて作ったのだが、なかなか美味しくできたと思う。

 一方、アカツキの前に置いてあるのは一皿だけだった。というのも、獣姿のアカツキは人らしい器用さをなくしてしまったらしく、普通に食事をするのが難しかったからだ。

 まだ獣姿に慣れていないこともあり、ミソスープを飲もうとしたら、全て口からこぼれてしまう。それを悲しみつつ肉団子を食べようとしたら、肉団子はころころと転がって床に落ちてしまった。

 見かねたアルは、コメにミソスープを掛け、その上に小さく切った肉団子をのせた。とりあえず腹を満たせれば味は気にしないことにしようと思ったのだが、予想以上にアカツキは上機嫌にご飯を食べだした。


「これは、ねこまんま! いいですよねぇ、味噌汁をご飯にかけただけで、どうしてこんなに美味しいんでしょう。この甘酢あんのもいいお味ですよ!」

「……気に入ったなら、良かったです」

『ふむ、麦粥みたいなものか? コメだと旨そうだな。食いやすそうだし』


 なぜかアカツキに共感を示したブランの言葉は無視する。アルはこれを粥だとは認めない。ただのミソスープぶっかけコメだ。いつかダシで煮込んで美味しく味付けした粥を作って、粥の認識を改めさせようと思う。


「それで、一体なぜアカツキさんはそんな姿になったのですか?」


 お腹いっぱいご飯を食べてアカツキの機嫌が回復してきたところで、アルは気になっていた本題を切り出した。この疑問を解消しなければ、アカツキを元の姿に戻す方法の見当もつかない。

 現在のアカツキはブランより長い耳と尻尾を持っていて、胴体はほっそりとして長く、イタチとウサギを混ぜたような姿だった。ベルベットのような黒い毛並みは、中身がアカツキだと知らなければ撫でたくなるほど艶やかだ。


「……犯人は、あなただ!」


 もぞもぞと体勢を変えたアカツキがビシッと片腕をアルの方へと向けてきた。その腕が不自然な動作のせいでプルプルと震えている。ジトリとした眼差しがアルを映していた。円らな目を半眼にしているが、どこか愛嬌があって可愛らしく見える。

 だが、急に犯人などと言われて、アルは目をパチクリと瞬かせるしかない。


「あなたは、俺が創った領域支配装置を設置した。それは素晴らしいことだ。これにより、俺はダンジョンから離れたここまで来ることができるようになったのだから」


 アカツキが何かを述懐するように重々しく語りだした。普段と違う口調なのはなぜだろうか。

 言葉が途切れたところで納得するように頷いたアカツキだったが、不意に悲嘆に暮れるように両頬を押さえて天井を仰いだ。

 つられてアルも上を見上げる。立派な梁が見えた。わざと天井を張らずに骨組みが見えるようにしているのだ。整然と並んだ屋根の木目まで見えてなかなか美しいと思う。


「だが、あなたはここでひとつ失敗をしてしまった! ただ置いてさえいれば、自然と魔力が溜まるようになっていた装置に、わざわざ意識的に魔力を注ぎ込んだのだ!」


 いつの間にか気が逸れていたアルだったが、アカツキの張り上げられた声に驚いて視線を戻した。なぜか同情したような眼差しがアルを見つめていて、思わず首を傾げてしまう。


「それはあなたの優しさだったのだろうと思う。早くここに来られるようにしてやろうという、ね」

「まあ、そうですね?」

『これは何なのだ? こいつ、何かに憑かれているのか?』

「幽霊はいません」

『お前、やっぱり……』


 なぜかブランにも同情に満ちた眼差しを向けられてしまった。幽霊なんていないのだ。いないのだから、怖がる必要はない。すぐさまアカツキを家から放り出したくなったのは、アカツキの語りに対応するのが面倒くさくなっただけだ。

 ブランとアルが違う話題で言い合っているのも気にせず、アカツキは語りを続けた。浮かんでもいない涙を拭うように腕を動かしたアカツキが、アルを真摯に見つめてくる。本当に何かに憑かれているのかもしれない。


「その優しさが仇となった……。ちょうどその頃、俺はダンジョンの運営について考えていた。そろそろ新しい魔物を創りだすべきではないか、と。幸いあなたのおかげで魔力は潤沢にありました。どうせなら、意思疎通がはかれて心癒されるペット的な魔物にしようと、綿密に計画を練っていました。スライムとか妖精たちみたいに、マスターをマスターと思わないような魔物では、心は安らぎませんから」

「へぇ、魔物ってそうやって生み出しているんですね」

「そうなのです。もちろん既存の魔物の方がローコストで生み出せるんですが、魔力がたくさんあればオリジナルの魔物を創りだせるんです。……ごほん」


 話しかけると、いつも通りの雰囲気で返事が返ってきたが、途中で咳ばらいをして表情を取り繕っていた。アカツキなりにこの語りにこだわりがあるらしい。よく分からないが、幽霊が憑いているわけではなさそうなので、もう暫くこの展開を見守ろうと思う。


「ようやく新たな魔物の設定が終わり、さぁこれから手元に創りだすぞ! と気合いを入れていた時、それはやって来た」

「それ?」

「莫大な魔力の奔流です。俺は突然流れ込んでくるそれに対処しなければならなくなり、パニック状態だった。どこからこの魔力がやって来るのかと調べると、それは遠く離れた領域支配装置からのものだと判明。意味が分からないながらも、アルさんならこんな奇想天外なこともやってしまうだろうと思い、抗議するために向かうことにしたのです。……それが、悲劇を生み出すことになるとは知らず」

「悲劇」

「転移した時、俺は、なんと魔物の姿になってしまっていた! もちろん中身は俺のまま。魔物の能力は一切持たず、見た目だけの魔物。つまり、ほぼほぼただの獣。とても非力な存在です……」


 結論に辿り着いたのだろうか。察するに、アカツキの今の姿は、新たに生み出そうとしていた魔物の姿なのだろう。水晶で魔物の設定をしているときに莫大な魔力に対処することになり、そのせいで転移に不具合が生じ、創ろうとしていた魔物と存在が混じり合ってしまったと思われる。


「あなたがしたことがどういうことか、まだ分かりませんか? 俺は、自首してほしいと思っています……」

「自首? それはよく分かりませんが、僕が余計な事をしたせいでアカツキさんがその姿になってしまったということは分かりました。すみません。解決法はありますか?」

「……対応が塩すぎない? もっと、俺の芝居にノってくれてもいいんですよ?」

「え、芝居だったんですか? なぜ急に芝居を始めたんです?」

「ちゃうねん! 求めてんのはそんな反応じゃないんや!」


 急にバンバンと机を叩くアカツキを引いた眼で見つめてしまう。今日のアカツキはいつもより数倍様子がおかしい。やはり何か憑いているのか。それとも転移の不具合による影響だろうか。


『……こいつ、大丈夫か?』

「ダメかもしれない」


 アカツキを見て、頭の心配をするブランに、思わず真剣に返答してしまう。


「誰がダメやねん! ダメな所なんて、いっこもあらへんがな! 悪い状況を笑い飛ばそうと努力してるっちゅうのに、少しは協力せぇよ!」

「あ、そういうことだったんですね? ついに狂ってしまったのかと」

「言葉はもうちょっと柔らかく! オブラートに包んで! 俺のハートはガラスなの! ……ガラスのハート、この言い方、カッコ良いと思いません?」

「ちょっと意味が分からないです」

「異世界語翻訳、仕事しろー!」


 わけの分からないことを言った後、アルの対応に嘆くアカツキはいつものような雰囲気に戻っていた。結局今までの語り口調は何だったのかよく分からないが、気にしないことにする。


『解決法は全く分かっていないのだが、それでいいのか?』

「良くないね」


 至極冷静にブランが指摘してきて、アルも我に返った。アカツキの発狂は状況を混乱させるからいけない。

 暫く考え込んだアルはふと思いついたことがあり、ぽつりと口にした。


「……転移の際の不具合が原因なら、一度ダンジョンに戻ってみたらいいのでは? 今はもう魔力への対応は終わっているんですよね?」

「はっ」


 呼吸するのも忘れた様子で固まるアカツキに言いたい。嘆く前に、それぐらい自分で思いつけ、と。

 アルはため息をつきながら、ダンジョンへの一時帰還を促した。



――――――――

アカツキによるサスペンス劇場開幕!

……のち、不発。

似非関西弁オチも空気。

文化圏が違うとこういうこともありますよね。

ただアカツキのノリが面白くなかっただけという可能性も……(;’∀’)

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