第102話 捨て猫≒アカツキ

「ふふふ~ん、気になりますよね? ね? 俺すっごく頑張ったんですよー!」


 得意満面のアカツキがアルから渡された紅茶を飲みつつ褒めて欲しそうに主張してくる。依然として硬い表情をしているレイには気づいていないようだ。アルは二人の様子にため息をつきつつ、アカツキの言葉に耳を傾けた。


『ふむふむ、アルの魔道具とは違う、不可思議な力が満ちているな。これは、この空間に近い、か……?』


 ブランが半透明の立方体に近づいて首を傾げながら分析している。ブランの様子を見るに、喫緊の危険性はなさそうだ。


「それで、領域支配装置というのは何なのですか? 名前だけ聞くと、凄く危ない物だと思わざるを得ないんですけど」

「あ、やっぱりこの名前は失敗ですかね? もっと可愛らしい感じが良かったかなぁ。でも、もう名付けちゃったから、変更できない感じなんですよねぇ」

「名前はともかく、早くそれの機能について詳しく説明してください」

「は、はいぃ……、そんな、怒らなくてもぉ」


 どうでもいいことをひたすら呟くアカツキを咎めると、引き攣った顔で姿勢を正してアルを恐る恐る窺ってくる。アルは別に怒っていないのだが、無駄な時間を過ごすのは嫌だと思うし、正体不明の物を前に悠々と過ごせるほど危機感は死んでいない。にこりと笑ってアカツキを見ると、漸く詳しく説明を始めてくれた。


「これは、ダンジョンの飛び地を創る装置なんですよ」

「飛び地?」


 神妙な顔つきのアカツキの言葉にアルが首を傾げると、レイも不思議そうにしていた。全く理解が追い付かないので目で追加の説明を促す。


「そもそも、俺のダンジョンが、他のダンジョンの陣地に組み込まれてしまっているのはご存じですよね?」

「魔の森ですね」


 魔の森がダンジョンであるという確定はないが、アルたちはそうだろうと認識している。長い時の中でアカツキのダンジョンがある場所が魔の森の領域の中に組み込まれていることもまた共通の認識だった。


「俺は自分が創ったダンジョンという領域から外には出られないので、アルさんに会いたいなぁって思っても会いに行けないのです」

「……そうですね」


 不服そうに唇を尖らせるアカツキを見つつ曖昧に頷く。この話がどうして領域支配装置なんていう物に繋がるのかいまいち分からなかった。しかし、レイは何かに気づいたように目を見開き、アカツキとアルを交互に見比べてから「マジか……?」と呟いて引き攣った顔をしていた。一体何を理解したのか分からなくて首を傾げると、何故か遠い目をしてひたすら紅茶を飲みだす。


「魔の森が領域を広げられるなら、俺にだってできるんじゃね? と思い至った結果、頑張って出来上がったのがこちらです!」

「は?」

「だからー、この領域支配装置をアルさんが住んでいるところに設置したら、自動的に一定の範囲内が俺のダンジョン領域になって、俺がそこに移動できるようになるってことです! もちろん俺の支配下になるのである程度は環境も変えられますよ! お得でしょう?」


 にこにこと笑って言われた言葉が理解できない。ブランが口をあんぐりと開けて固まっているのを視界の端に捉えて、アルも同じ気持ちだと頷いた。


「……つまり、自由に僕と会いたいがために、ダンジョンの領域を拡張する装置を作ったんですか。ここから離れたところに飛び地的にダンジョン領域を作って、アカツキさんはそこに移動できるようになる、と」

「その通りです!」


 笑顔が眩しい。対照的にアルの顔は引き攣っていた。アカツキの人恋しさ加減を見誤っていたことに気づいたのだ。

 アカツキによって作られた装置を使えば、人が住む町さえもダンジョンの支配下にできる。つまり人にとってアカツキの危険性が跳ね上がったということ。アカツキは全くそのことに気づいていないが、これが多くの人に知れ渡ってしまえば、アカツキは討伐対象として多くの高位冒険者を送り込まれることになる。

 レイをちらりと見ると、口の前で両手の人差し指を交差させて目を瞑っていた。これは、ここで得た情報を外で漏らすつもりはないという意思表示だろう。だがそれもアカツキが人にとって危険ではないと保証があればこそだ。アルはそのための誓いをアカツキから得る必要がある。


「……装置については分かりました。アカツキさんが会いたがっていたのに、それを無視していた僕も悪いので、責任の一端は僕も背負いましょう」

「責任?」


 何も分かっていない様子で首を傾げるアカツキを見ながらため息を飲み込む。


「僕は人が住む町に定住するつもりはありません。ですので、今後魔の森内に住居を構えるつもりです」

「ほほう、そうですか。町を支配して買い物なんかできてもいいかなぁと思っていたんですけど」

「駄目です」

「え?」


 あまりに危ういことを言い出すので慌てて止めた。傍観の姿勢だったレイが見極めるようにアカツキをじっと観察している。


「アカツキさん、例えばですけど、自分の家がいつの間にか他人の物になっていて、勝手に改築とかされていたらどう思います?」

「それは嫌です。怖いです」

「つまり、アカツキさんが町を支配するというのもそういうことです」

「……え?」


 軽く例え話をしたことで、漸くアカツキの認識も追い付いてきたようだ。自分が作った装置を客観的に見た結果、随分と危ないものになっていたことに気づき、顔の血の気が引いてきている。


「い、いやっ、俺はそんなつもりは全くなくて、ただ、アルさんと会える場所が増えたらいいなぁとか、もっと話す機会があったらなぁって……」

「分かっていますよ、アカツキさんが誰かを傷つけようとしたわけじゃないって。でも、それを分かってくれる人ばかりじゃないことも理解してもらいたいです」

「そ、そうですよね……。駄目だなぁ、俺、思い込んだら一直線で、もっと周りを見ろって言われていたのに……。ん? 誰に言われていたんだっけ……?」


 項垂れていたアカツキの様子が少しずつ変わってくる。ぼんやりとした眼差しで、自分自身に問いかけながら雰囲気が暗いものになっていった。

 アルはその様子を見ながら、本当にアカツキについて見誤っていたのだと痛感していた。アルに対しては騒がしくて明るい様子が多かったから、アカツキが抱えているものへの配慮が欠けていたのだ。


「おい、こいつ、大丈夫か?」

「うーん、何か、おどろおどろしい雰囲気が出てきていますね」


 眉をひそめたレイに軽く返すが、正直どうしたらよいのか迷っている。アルは人付き合いが苦手だ。こうした時にどうしたらよいのかよく分からない。

 アカツキから視認できるくらい黒い靄のようなものが溢れてきていて、人ならざる雰囲気が立ち込めていた。


「はあ、お前も人付き合いが駄目な奴だからなぁ」

『アルには荷が重いな』


 レイとブランがため息をついて失礼なことを言う。……事実だけど。


『勝手に落ち込んで、気味の悪いものを溢れさせるな』

「グハッ!」


 ぼそりと言い放ったブランがアカツキの後頭部を容赦なく尻尾で叩いた。そのまま額を机に打ちつけることになったアカツキが痛そうに呻く。黒い靄が一気に霧散した。

 それを見ていたレイが笑いをかみ殺しつつ、アカツキの背中をバシバシと叩く。アカツキから悲鳴が聞こえてきた。


「作っちまったもんは、もう仕方がねぇ。だから、これを悪用しないと誓ってくれ。人が住む町をダンジョンの領域にしないことと町の近くで凶悪な魔物を生み出さないこと、とかな」

「し、しません! 誓って、悪用なんてしません!」

「なら、よし! アルは魔の森で暮らすつもりのようだし、アルの家限定で支配する分にはいいんじゃねぇか? ここで引きこもっているのも、お前の精神上良くないんだろうし」

「え?」

「はい! そうします!」

「え?」


 何故かアルの意思を無視して話が進んでしまった。レイとアカツキを見比べていると、レイから強い視線が送られてくる。


「こいつ、放っていたら何するか分からねぇから、きちんと管理しろよ?」

「え……」

「拾ったら最後まで責任を持て。捨て猫拾ってくる子どもだって、そう親に言い聞かせられて育つものだぞ。アルもちゃんと理解しているよな」

「拾ったつもりは……」

「ん?」


 レイの眼差しの圧が強い。アルはそれに押し負けるように頷くしかなかった。

 アルだって、アカツキを放り出すつもりはなかったし、元々魔の森に作る住居限定でのダンジョン領域化を提案するつもりだった。途中でアカツキの様子がおかしくなってしまって言い出せなかっただけだ。

 アルが当初考えていたように物事が進んだのに釈然としない気持ちになるのは何故だろう。


「アルも、こいつと過ごしてもっと人付き合いを学べ。色々と特殊だが……まあ、問題はないだろう。くれぐれも危険人物は生み出さないようにだけは注意してくれ」

「……分かりました。レイさんに色々相談しますね!」


 どうせならしっかり巻き込んでやろうと思いニコリと笑って言うと、レイが苦笑して頷いた。


「俺はどうにも面倒事を背負い込んじまう性格だよなぁ」

「今更ですね」

『今更だな』

「……突き放すぞ、こら」


 ジトッとした目で見つめられるのを笑顔で躱して、アルは新しい拠点の住居計画を脳内で練り直した。



―――――――

先週は更新できなくてすみません!

なかなか気合いが入らなくて……。

まだまだ書きたいことはあるのに、プロットより横道に逸れすぎ……?

もうちょっと立て直していこうと思います。


ご報告が遅れまして、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、『森に生きる者』が11/17に書籍化致します!

報告遅すぎ……? 私自身初めてのことでどうなるやらという感じだったのでご勘弁くださいませ。

KADOKAWAの電撃の新文芸様にて発売予定です。

色々と加筆修正を繰り返しまして、WEB版を楽しんでくださっている方にも喜んで頂ける出来になっているのではと(自画自賛)

ブランの活躍も増えて、アルとブランの関係性がより良い形になっていると思います。

表紙イラストも挿絵も素敵です!

各店舗ごとに違うSS特典をご用意しています。詳しくはお手数ですが公式をチェックしていただけますと嬉しい限りでございます。

https://dengekibunko.jp/product/322106001095.html


長々としたお知らせで申し訳ありません。

書籍版の方も皆様に楽しんでいただけましたらこの上ない喜びです。


WEB版は今後ものんびり続けて参りますので、最後までお付き合い頂けましたら幸いです。


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