第74話 冬に食べたいアレ
大公閣下との話が済んで、アルはようやく自由に街中を歩いていた。大公閣下やリアムからは城内で寝泊まりすることを提案されたが、アルはそれを固辞した。その結果、街中に宿を用意してもらったのだ。上等な宿のようなので気疲れしそうだが、リアムが遊びに行くかもしれないという危惧があったため、城側の人間が譲らなかったのだ。
実際、リアムは明日迎えに行くとアルに告げて去って行ったので、リアム自身がアルを訪ねてくるつもりなのだろう。確かに『魔法技術の天才』に紹介するとリアムが約束したのだが、アルとしては騎士にでも仲介してもらえば十分だとも思っていた。しかし、リアムのやる気具合を見るにそれは無理なようで、オーウェンも諦めた様子だった。
「とりあえず、街の賑わっているところで夕食でも食べようか」
『うむ。旨いものを探すぞ!』
控えの間に預けられていたブランは暫く不機嫌そうだったが、上品な宿の前で馬車から下りて、一度宿にチェックインして出てきた頃には、街探索への期待が膨らんで機嫌が回復していた。街探索というより、美味しいものを食べたいという欲求が全てに勝っているようだ。アルも城内で食べた食事によって、この国の食事への期待が高まっているから、その気持ちがよく分かった。明日からはコメ栽培についての依頼が入っているので、今日は街中で楽しもうと思う。
「ここは上流階級の区域みたいだね」
宿側が馬車を手配しようとしたのを断ったので、アルたちは上品な宿や高級そうな店が立ち並ぶ通りを徒歩で歩いていた。この辺で出かける者は皆馬車移動のようで、アルのように歩いている者の姿は見られない。そのため、通り沿いの店の中から物珍し気な視線が向けられていたが、アルは気にしなかった。
『我の欲しいものはここにはなさそうだ』
「そうだね。……でも、この魔道具とか、凄いよ」
アルは通り沿いに均等に並んだ魔道具に目を止めてじっと観察した。おそらく明かり用の魔道具らしいそれは、光る部分とは別に板状のものが空を向いている。よくよく観察すると、それは周囲に漂う魔力を吸収するもののようだ。
「――なるほど。これは周囲に漂う魔力を吸収して、街灯の動力にしているのか。魔石がなくても、周囲の魔力を集めておけば夜間に光を放つ、と。一応魔石も備えているから、周囲の魔力が薄くなっても対応できるんだね。ああ、光を放つのは、周囲が一定の暗さになった頃って設定されているから、日の出と日の入り時刻の変動とか天候による暗さにも自動的に対応しているのか。……凄いな」
『……まだ、観察を続けるのか? 傍から見たら変人だぞ、お前』
「あ、ごめん。つい、気になっちゃって」
呆れた表情で尻尾をぶつけてくるブランに謝って、アルは止まっていた足を動かして先に進む。道端で急に立ち止まり街灯を凝視していたアルを、不思議そうに見ていた店員の視線には気づかないフリをした。
「こういう魔道具も、『魔法技術の天才』が作ったものかな? まさか、漂う魔力を明かりの燃料にしようと考えるなんて。どういう仕組みになっているかまでは読み取れなかったけど、魔道具の使用魔力量を削減させるには画期的な方法だよね。そういう論文を読んだことはなかったけど、まだ公表していない理論なのかな? それとも、最近発表されて僕が知らないだけかな?」
『……我に聞かれても知らん』
ブランはアルの言葉に興味なさそうに相槌を打っていた。アルはこの興奮に共感を得られなくて少し残念に思う。魔道具技術に詳しい人間なら、興奮せずにはいられないくらい凄い技術なのに。明日会えるという人物への関心が深まって、より楽しみになった。
「あ、ここからは区域が違うんだね」
『うむ。分かりやすく、門だな』
店に立ち寄ることもなく歩き続けたアルたちの前に、石壁が広がっているのが見えた。道の先は門になっていて、警備兵が両脇に立っている。ドラグーン大公国の首都は城を囲むように貴族の居住区域があり、その外側に上流階級用の街、さらに外側に庶民用の街が広がっている。それぞれの間には壁と門があり、許可証がないと出入りできないようになっていた。
アルは大公閣下の指示により用意されていた許可証を持っているので、上流階級用の街とその外側には自由に出入りできる。門の警備兵にその許可証を提示すると、すんなりと門を通された。
「上流階級用の街にはあまり興味がないし、やっぱりこっちの宿で暮らしたいなぁ」
『別に用意されている宿を必ず使わねばならんわけではあるまい』
「そうだけど……。明日リアム様が来るらしいし、今日のところは我慢だね。リアム様がその後来ないようなら、宿の変更を考えよう」
『そうか』
門を出たところは、庶民街の中でも裕福な者たちの住居や商店のようで、上品なお仕着せを着た者たちが店内で接客しているのが見えた。ちょっと興味を引かれるものもあったが、ブランは全く興味なさそうだったので、アルは今日のところはより下層区域へと進んだ。
「お、なんか、良い匂いがする」
『旨そうな匂いだな!』
歩き進むと次第に屋台などがある区域までやって来た。この辺は魔の森に続く門にもだいぶ近いため、行き交うのも冒険者が多くなる。ちょうど依頼を終えて街に帰ってきている者が多いのか、道は少し混雑してた。その中で美味しそうな匂いを感じ、ブランに促されるままにアルはその方へと近づく。
「あれは……パン? 蒸しているみたいだね」
『うむ』
匂いのもとは蒸しパンのようなものを売る屋台だった。人気の店のようで、そこで買ったものを近くで食べている者がたくさんいる。その様子をこっそり観察すると、屋台で売られているのは蒸しパンの中に肉などが包まれているもののようだ。
「美味しそうだし、買ってみようか」
『早く買うのだ!』
「ちょっと、僕の方に涎を垂らさないでよ?」
アルの肩から身を乗り出しているブランが落ちないように支えつつ注意する。口端から落ちようとしている透明な雫を、ブランが慌てて舐め取っていた。
「それ、二つください」
「はいよ、まいどあり!」
屋台に並んで順番が来たところで注文すると、元気な声ですぐに商品が提供された。蒸した状態でたくさん作り置きしているらしく、注文から提供のスピードが速い。このスピード感も冒険者に人気の理由だろうかと思いながら、二つの蒸しパン――肉まんというものらしい――を受け取る。
大きな葉で包まれた肉まんを抱えて道端に寄り、一つをブランの口元へと持って行った。さすがに道端でテーブルを出すわけにはいかないし、肉まんはそれなりに大きいのでアルが支えておかなければならない。片手で食べられるものなのでアルもブランと一緒にかぶりついた。
「あ、美味しい……。温かいのが良いね。中に入っているのは、肉を細かくして、野菜とかと一緒にスパイスで味付けしているのかな。ちょっと癖があるけど、肉汁がしっかりあっていいね」
『旨いぞ! ちょっと複雑な風味だな! 我はもっと肉があっても良いがな』
「ブランは肉の塊が好きだものね」
『こういう柔らかい肉も好きだぞ』
ブランと味について語りながら食べきると、体がポカポカしてきた。体を温める作用のあるスパイスが使われていたのかもしれない。アルはこの辺のスパイスについて調べることを今後の予定に入れておいた。
「前に肉の煮込みを蒸しパンに挟んで食べたけど、それとは全然味が違うね。こっちの料理も詳しく知りたいけど、どこかにレシピ本とかないかな? 鑑定眼で見ても作り方が出てこなかった」
『うむ。よく勉強して、たくさん作るのだ!』
「はいはい」
偉そうに要求するブランに適当に返しながら、周りの屋台を物色する。肉まん一つでは腹が満たらないので、他にもいくつか食べる予定だ。昼ご飯はたくさん食べたが、夕ご飯はまた別。他にも珍しいものを食べてみたい。
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