第55話 冗談でも受け入れません

 コメを美味しく炊くにはどうしたらいいかを考えつつ、差し出された紙を受け取った。


「あ、そうだ。炊飯器って、こう、米を炊く釜があって、そこに米と水を入れて容器にセットすると、加熱されて炊きあがるってやつだった気がしますねぇ」

「なるほど。コメ炊き用の専用の鍋と、それをセットする加熱魔道具があればいいんですね」


 アカツキの曖昧な説明を聞いて、アルは紙に魔道具の構造を描いていった。上部を開閉式にした円筒状の箱で、内側に熱伝導率の良い金属製の鍋をセットするのだ。アルが紙をアカツキに渡すと、慣れたように水晶で創り始めてくれた。出来上がるのを待つ間に、アルは加熱用の魔法陣を用意しておく。これまでのコメ炊きにかかった時間を考えながら加熱時間を設定し、保温機能も付けた。


「できましたよー。ちょっと外見にこだわって、黒色の艶消しにしてみました!」

「……なぜ、黒?」

「え、お高そうに見えません?」


 コメを炊く魔道具の外見を黒にするとちょっと怪しい感じに見えるが、アカツキは気にならないらしい。アルは追加で白色のものも創ってもらうことにした。こちらはアル用にするつもりだ。


「えー、黒色かっこいーのにー」


 なぜだか不満そうなアカツキの言葉を聞き流して、外面に魔法陣と魔石を取り付ける。


「――あ、水とコメの分量も明記してないと駄目かも」


 コメを真っ黒な物体に変えたアカツキが使うのだ。分かりやすくしていないと駄目だろう。コメと水を自動計量して炊くようにすれば良かったと少し後悔する。

 内側にセットする用の鍋にメモリを付けて、目立つように【コメ】【水】と書きこむ。このメモリに合わせて分量を入れるくらいはできるだろうか。


「あ、この線のとこまで米と水を入れたらいいんですね?」

「はい。まずコメを入れて、その後この線まで水ですね」

「なるほど……これくらいなら、きっとできます!」


 自信満々のアカツキからアル用の白い容器を受け取った。やっぱり、米を炊くなら白色が良い。そちらの方にも魔法陣を付けておいた。


「じゃあ、実際に炊いてみましょう」

「はい……」


 一気に緊張した面持ちのアカツキにコメを渡す。受け取ったアカツキは、慎重に鍋にコメを入れ、アルが驚くくらい時間をかけて、コメをメモリぴったりに調整した。その後の水を入れる作業も時間がかかったが、アルは何も言わなかった。本人が満足できるように作業するのが1番良いと思ったからだ。


「じゃあ、スイッチオーン!」


 蓋を閉めたアカツキが、ほっと安堵した様子で魔道具を作動させた。ここまできたら、魔道具任せでコメは炊きあがるはずだ。

 わくわくした様子で魔道具を見守っているアカツキを見ながら、アルは今後作るものを考えた。ダシ等を氷室で保存するなら、やっぱり再加熱用の魔道具は必要だし、できれば他の料理も食べられるようにしてあげたい。だが、アカツキに材料のカットなどの作業ができるだろうかと大いに疑問に思う。


「――ま、とりあえず、アカツキさん用の魔道具作りはとりあえずここまでにしよう」


 この部屋には窓があって、何故かどこの空間かも分からない森が見えていた。その空は夕暮れ色に染まっていて、それを信用するならもうすぐ夕飯の時間だ。ちょうどコメを炊いていることだし、夕飯の準備をすることにした。

 しかし、この部屋には煮炊き用の竈もない。アカツキにこれまでどうしていたのかと聞いたら、毎回外に出て火を焚いていたらしい。


「じゃあ、調理魔道具をひと揃え作ってみましょう」

「あ、キッチンってことですね」

「僕用に作ってくれますよね?」

「もちろんですよ! 俺に作ったところで扱えないし……」


 微妙に落ち込むアカツキを気にせず、ここまでで考えていたものをささっと紙に書いてアカツキに渡す。


「ほうほう……。全然分かんないですけど、とりあえず水晶で創りますね!」

「お願いします」


 アカツキに頼んだものができる間に魔法陣のプレートもつくり、渡された容器にセットしていった。


「これは、パン焼き窯の魔道具版です」

「ほう……」

「ここの側面の透明な板が開閉するので、出し入れしやすいし、焼いている間も見ることができます」

「へぇー、オーブンっぽいですね」

「こっちは、この網部分に肉をのせて焼ける魔道具ですね。網の上に鍋をセットすれば煮込み料理もできます」

「あ、バーベキューセットって感じですね」

「それで、こっちは鍋やフライパンを熱する専用の魔道具です。この部分に鍋をのせます」

「ふむふむ。カセットコンロみたいですね!」

「これは泡だて器の魔道具です。この2つの泡だて器が動いて、手でするより簡単に泡立ててくれます」

「ハンドミキサー!」

「これはミルクを遠心分離して生クリームをつくる魔道具です」

「家庭の機械じゃないっすね~。でも便利!」

「バター作成魔道具もあります」

「自家製バター! 絶対美味しいやつ!」


 アカツキの合いの手はよく分からない言葉もあったが、アルは便利な魔道具を思う存分作れて満足していたので聞き流した。


「じゃあ、早速夕飯を作りますね」

「俺、豚の生姜焼き食べたいです!」

「生姜焼きというのは……」

「ほら、アルさんたち食べてたでしょ? ジンジャーショウユタレ焼きってやつです」

「ああ、あれは美味しかったですね。分かりました」


 アルが以前作ったのをアカツキも見ていたらしい。懇願の眼差しを受けて、アルは苦笑しつつ調理に取り掛かった。


「あ、出汁巻き卵も食べたいっす! アルさん的に言うと、出汁入りオムレツ」

「いいですよ」

「あ、あと、味噌汁には豆腐を――」

「トウフって何ですか?」

「あ、……大豆を作っていなかった。豆腐が存在しないだと?!」


 急に衝撃を受けたように固まった後に落ち込んだアカツキに首を傾げた後、アルは気にせず森豚の肉をスライスしだした。





「アカツキさん、そろそろ夕食ですよ?」

「あ、ありがとうございますぅ」


 水晶の前で唸りながら何か試行錯誤していたアカツキに声を掛ける。テーブルの上には、森豚のジンジャーショウユタレ焼きとダシ入りオムレツ、オニオンとイモ入りのミソスープ、魔道具で炊いたコメが並んでいた。

 それを見たアカツキは一気に顔を輝かせ、潤んだ瞳でどこからか2本の棒を取り出した。


「いただきます!」

「……どうぞお召し上がりください?」


 なぜか両手を合わせて料理を拝むアカツキに首を傾げながらアルも食べ始めた。ブランはいつの間にか食べ進めている。


「うまいぃー。これが魂から求めていた和食! ソウルフード!」

「うん。コメもいい感じに炊けているね」

『旨いぞ! 我は森豚も卵も大好きだ!」


 涙を流しながら食べ進めるアカツキを見ないふりで食事に集中する。2本の棒で上手に食べているので少し驚いた。

 どれもこれまで作ったことのあるメニューだが、何度食べても美味しかった。調理に便利な魔道具もたくさんできたし、今日は充実した日になったなと思いながら肉を噛み締める。ジンジャーの辛みと森豚の甘味が合わさって、いくらでもコメが進む。


「あ、ブラン、食後はデザートがあるからね」

『メロンってやつだな!』

「うん。ミルクもたくさんあったし、ケーキを作ったよ」

『ケーキ、とな? ふむふむ。楽しみだ!』


 一気に食べる速度が加速するブランに苦笑する。急がなくてもデザートは逃げないのに、よっぽど早く食べたいのだろう。


「美味しいよぉ……」


 ブランとは対照的に、一口ずつ味わうように食べるアカツキを見てちょっと引いた。涙どころか鼻水まで出ている。食事中にやめてほしい。無言で手巾を手渡した。


『食い終わったぞ! 旨かった! ケーキを食うぞ!』

「早いってば、ブラン」


 ブランに急かされて、アルも最後の一口を飲み込む。アカツキの前にはまだたくさん料理が残っているが、先にデザートを食べてしまうことにした。冷箱に入れておいたケーキを取り出して、アルとアカツキ用に一切れずつカットする。残りは全てブラン用だ。


「はい、どうぞ」

『おお、なんだ、この白いの!?』

「生クリームを泡立てたものだよ」

『赤肉メロンが映えるな!』

「……映えるって概念知っていたんだね」


 ブランの予想外の言葉に少し驚きつつ、ケーキにフォークを入れる。スポンジは卵やバターをふんだんに使ってふんわり柔らかで、生クリームはミルクの旨味を生かして甘味控えめだ。


『う・ま・いーー!!』

「美味しいねぇ。この生クリーム、ミルク感が濃厚で美味しい。スポンジも上手く焼けたな」

『旨いぞ! なんだ、これ!』

「ケーキだよ」

『分かってる!』

「あ、この赤肉メロンっていうのも甘くて美味しい。ウリっぽい感じなのか」

『うむ。しっとり濃厚な甘みの果物だな』


 アルとブランでケーキを存分に味わっていたら、恨めし気な眼差しが注がれているのに気づいた。


「2人とも、美味しそうなもの、食べているね……?」

「あ、もちろん、アカツキさんの分もありますよ」


 取り分けて冷箱に仕舞っていた分をアカツキにも渡す。


「――アルさん、愛してる!! 嫁に来ないか?!」

「え、嫌ですけど」


 何故かショックを受けているアカツキを無視して味わってケーキを食べた。アルは男なのだ。嫁に来ないか、なんて失礼すぎる。


「ジョークなのに……。凄い塩対応されるとちょっと落ち込む……」


 アカツキはぶつぶつと呟いていたが、ケーキを一口食べるとふにゃりと幸せそうな笑みになった。


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