不思議なトコロ

第37話 不思議な魔力

 冬らしい冷たい空気の中をアルはのんびり歩いていた。時折襲って来る魔物を剣で斬り、使えそうなものだけバッグに仕舞う。


『お?』

「どうしたの?」


 アルがいるのは魔の森の少し奥に入ったところだ。魔の森の中を帝国に向けて歩いている。カントの町を離れて1週間経ったが、1度も他の町に立ち寄っていない。十分に物資を準備して出発したからだ。この旅を急ぐ理由はないから、薬草採取をしたり果物狩りをしたりしてのんびりしながらやって来ていた。

 不意にブランの疑問符がついた声を聞いて立ち止まる。ブランはアルの肩で伸びていた体を起こして、森のさらに奥の方に視線を向けていた。


『あっちに何か不思議な魔力を発しているものがあるな』

「不思議?」


 ブランの言う方を見るもアルには不思議と言われたものを感知できなかった。こうした魔力感知は魔物であるブランの方が得意である。長く生きてきたブランをして不思議と言わしめる魔力を発するものとはなんなのか。アルの中で好奇心が膨らんだ。


「行ってみようか」

『うーむ、……まぁよいか』


 ブランは何事か考えていたようだったが、アルの提案を断ることはなかった。アルはちょっとワクワクしながら森の奥へと歩を進める。さすがに奥へと進むにつれて襲って来る魔物は強くなるが、それを気に留めず、剣で斬りながらさらに奥へと進んだ。時々ブランの指示に従って方向を修正しながら進むと、漸くアルにもブランが言っていたものを感知できるようになる。


「あ、あれか」

『うむ、分かったか』


 確かに不思議な魔力だ。だが、どこかで感じたものに似ている気がする。


「――転移で使う属性に似ているんだ」

『なに?……言われてみれば、そうだな』


 転移で使うのは、特殊な属性の魔力だ。それを扱えるからこそ、アルは転移の魔法陣を生み出すことができた。

 しかし、こんな森の奥でなぜこの魔力が漂ってきているのか。疑問は解決していなかった。

 何が起こるか分からないので、慎重に魔力源に近づいていく。


「洞窟?」

『そうだな。その中から漂ってきているようだ』


 森の奥に忽然と現れた岩山。その下部にはぽっかりと穴があき、洞窟になっていた。その洞窟から、アルたちが感知した魔力が漂ってきているようだ。

 洞窟の入り口に近づき灯りの魔道具で中を照らすも、奥まで見通すことは出来なかった。相当深い洞窟のようだ。洞窟の入り口辺りはゴツゴツした岩肌が剝き出しで、人工的なものではなく自然に生まれた洞窟に見える。だが、普通ならいそうな魔物や動物の姿は見当たらなかった。


「入ってみる?」

『……まあ、急ぐ旅ではないしな。だが、念のためこの入り口に転移の印を置いていったらどうだ』

「ああ、そうだね」


 この洞窟がどこまで続いているか分からない。転移の魔力に近い魔力を発しているのだ。中の空間が歪んでいて帰れなくなることも考えられる。念のための脱出手段は必要だろう。


「じゃあ、洞窟の外に結界と印を置いておこう」


 予備でたくさん作っておいた結界と印を洞窟の入り口脇に設置する。結界用の燃料である魔石もたくさん入れておいた。洞窟から帰ってくるまでにどれだけ時間がかかるか分からないからだ。


「よし、準備はできた。行こうか」

『うむ』


 わずかに警戒するブランを肩にのせて、アルも周囲の変化を見逃さないよう注意しながら洞窟に入った。入り口から入ってすぐに暗くなるが、アルは灯りの魔道具を持っているから気にせず進む。だが、どうしても視界は狭くなる。洞窟には大小様々な石も転がっていて足場が悪い。


「普通の洞窟みたいだけど」

『そうだな。この魔力を気にしなければ、だが』


 漂う魔力は次第に濃くなっていく。

 ふいに、ぱあっと眩い光で視界が白く塗りつぶされた。


「なにっ?!」


 眩しさに閉じていた目を開くと、洞窟は煌々と明るくなっていた。洞窟の壁に松明が並び、洞窟を照らしているのだ。


『――後ろを見てみろ』

「え?……うわぁ」


 ブランの指示で来た道を振り返ると、岩壁があった。完全に塞がれている。触れてみるとちゃんと質感のある硬い壁だ。さっきここを通ってきたはずなのに、その道はなくなっていた。


「つまり、どういうこと?」

『これは一方通行の道だったのだろうな。入った者を別の空間に転移させているとも考えられる』

「そうだよね」


 アルもブランの見解に同意する。そうとしか考えられない現象だ。


「転移の印は使えるのかな」


 洞窟の外に置いてきた印を探ると、少し把握が難しかったがちゃんと感知できた。いざというときには転移で戻れるだろう。印の把握が難しいことを考えると、空間自体が別になっているという説に信憑性が増した。


「印は使えそうだよ」

『そうか。ならば先に進もう』

「ここにいても仕方がないしね」


 今のところ緊急の危機は感じられない。この不思議な洞窟の探索を再開することにした。明るくなったので視界もちゃんと確保できるし、さっきまでよりもよほど安全だ。


「それにしても、この松明、誰が管理しているのかな」

『うーむ、明らかにおかしなものだな』


 松明は魔道具ではなく単純に木の棒に火が灯っている。しかし、揺らぎのない松明には違和感を抱かざるをえない。松明を模した別の何かな気がする。それが何かはアルには分からなかったが。


「変な空間だなぁ」


 慎重に歩いていたら、分かれ道に突き当たった。右と左に分かれていて、その先がどこまで続いているかは分からない。どちらかの道は行き止まりの可能性もある。


「どっち?」

『……分からん。好きな方でいいんじゃないか』


 ブランがじっと道を見比べたが何も分からなかったらしい。不機嫌そうにため息をついた。その頭を撫でながら、アルも道を見比べる。その道に差異はない気がするが、左は若干下っているだろうか。


「右にしよう」


 なんとなく平坦な方を選んでみた。右の壁に印をつけておこうと、バッグからナイフを取り出して傷をつける。


「――えっ」

『むぅ。魔の森と同じ原理か』


 壁はアルのつけた傷を瞬時に修復し、跡形もなく消し去った。魔力がそこに集中したので、魔の森と同様にこの壁には自己修復機能があるようだ。


「しょうがないなぁ」


 さすがにこんな洞窟で目印なしで探索する気になれないので、バッグから金属の杭を取り出し壁に打ち付けた。魔の森でも紐などの目印を冒険者たちが使っていたはずだ。修復されてもそこに置いた物質は消えない。


「よし。じゃあ行こうか」


 杭が消えずに残っているのを見届けて、右の道に進んだ。暫くは単調な道が続き、若干飽きてきたころに漸く変化が生じる。


「音がするね」

『ああ。魔物だな。だが、小物だ』


 アルが向かう先、曲がり角の奥から何者かの物音がする。ブランが言う通り、小物だろう。曲がり角へと静かに駆けて様子を窺った。


「――ゴブリンだ」

『うむ。弱っちいものどもが徒党を組みおって』


 4体のゴブリンが木の棒を振り回しつつ、アルがいる方に向かってきていた。まさかこんな不思議な空間で出会う最初の魔物がゴブリンとは思わなかった。これまでの旅でも森で出会っていたが、斬り捨ててきた魔物である。

 利用できる素材が一切ないにも関わらず繁殖力が高いという、冒険者がもっとも嫌っているゴブリンを見て、アルも顔を顰めた。別に金稼ぎで来ているわけではないが、ゴブリンの相手ほどやる気が出ないものはない。


「さっさと倒すか」


 やり過ごす隠れ場所なんてないし、それをすること自体が面倒だ。さっさと斬り捨てて進むのを優先する。

 曲がり角から飛び出して剣を振った。


「ぎゃ?ッグア……」


 ゴブリンがアルに気付いて身構えるより先に、アルの剣が4体のゴブリンを薙ぎ払う。あっさりと絶命したゴブリンを見てその処理に迷った。


「ブラン、こいつら焼いておいた方がいいかな」

『――いや、その必要はなさそうだ』

「え?」


 ブランが違う場所を見て言うので、アルはその視線を追った。


「あれは――」


 洞窟の壁から滲み出るように新たな魔物が姿を現していた。


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