第28話 街散策

 レイの部屋を出ると、まだ昼過ぎの日差しだった。濃い話をしていたから長く感じていたが、今日は街を散策する時間もありそうだ。


「街を見てから拠点に帰ろう」

『そうだな。旨いものを探そう』

「今食べたばかりだよ?僕は魔道具とか薬とかどういうのがあるか見たいな」

『……まあ、付き合ってやってもいいぞ』


 あまり気が乗らなそうなブランの頭を撫でて道を歩く。町の中心街は様々は店が立ち並び住人や冒険者たちがたくさん歩いている。魔物暴走が起こったばかりだからか、皆忙しそうにしていた。その邪魔にならないようにしつつ、興味を引かれた店を片っ端からのぞき込む。


「あ、ここ、魔の森産の果物とか扱っているみたい。へぇ、季節に関係なく色々採れるんだね」

『そうだな。あの森は漂う魔力が森をつくっているからな』

「そうだね。……この辺は今度森を探してみよう」


 今並んでいるということは探せば見つかるだろう。しきりに肩を叩いて主張するブランを無視して次の店を覘いた。


『なぜ買わんのだ?!果物はあって困るものじゃないぞ!』

「あ、ここは色んな調味料か。砂糖とか塩とか少なくなってたんだよな。買っちゃおう」


 値段もちょっとお安めだったので店員に言ってたくさん買わせてもらった。特に砂糖は必需品だ。ブランがしょっちゅう甘味を要求するからたまには応えなければ拗ねてしまう。


『砂糖を買ったのか。今日はどんな甘味をつくるのだ?』

「え、今日はたくさんケーキ食べたでしょ?さすがに作らないよ」

『な・ぜ・だ?!』


 スタッカートを利かせるという初めてのパターンの嘆き方に思わず笑ってしまう。思えば、初めて会った時よりも随分人間染みたことをするようになったものだ。感慨深いが甘やかすようなことはしない。


「今日は何を食べようかなぁ。ショウユ作って使ってみたいなぁ」

『……ショウユか。あれはいいな』


 夕飯のメニューを考えながら再び歩き出すと、薬草や薬が並ぶ店があった。


「あら、いらっしゃい。何をお求めかしら。申し訳ないけど、傷薬や回復薬は今品切れよ」

「いえ、どういったものがあるのかという偵察です。お邪魔ですか?」

「見ての通り暇よ」


 店に入り話すと店番をしていた女性が自嘲気味に笑った。


「材料がなくて薬も作れないのよね。今日冒険者たちが森に入って材料を採っているから、明日になれば忙しくなるでしょうけど」

「そうなんですね」


 魔物暴走で傷薬などはほとんど売り切れ、材料も使い切ってしまったようだ。

 並ぶ他の薬の品質は良く、薬師として腕が立つことが分かる。


「あ、この薬」


 唯一残っていた薬を見て目を瞠る。上級の傷薬だった。おそらく値段が高すぎて魔物暴走でも売り切れることがなかったのだろう。しかし、アルが気になったのはその材料だ。


「それ?ティノシバを使った傷薬よ。効果が高いからその分値段も高いの。法外な値段をつけているわけじゃないわよ」

「ええ。分かっていますよ」


 値段で文句を言う者も多いのだろう。女性が解説を入れてくれるのに軽く頷く。アルは薬や薬草に関する知識はひと通り持っている。だからこその疑問もあった。


「ティノシバはこの国で採れるんですか」

「いいえ。それに使ったのは帝国からの輸入品よ。あなたもしかして薬草に詳しいの?」

「詳しいというほどではありませんよ」

「そうなの?ティノシバってあまりこの辺じゃ知られていないんだけど」


 女性が不思議そうに首を傾げる。だが、むしろアルの方がこの薬を作った女性が不思議だった。


「あなたはよくご存じなんですね?」

「ええ。あ、私リエンよ。帝国出身なの」

「え、そうなんですか。僕は冒険者のアルです」


 帝国出身の薬師ならばティノシバを知っていて当然だった。


「僕、グリンデルでこのティノシバを見たんですけど」


 子爵領の森の中、倒木に絡まって生えているのを見たのだ。通常グリンデルでは見られず、帝国やマギ国の植物だと知っていたので不思議に思ったのを思い出した。


「グリンデルで?それは不思議ね。まあ、魔鳥の糞なんかで種が運ばれることもあるみたいだけど」

「あ、そういう事もあるんですね」

「ええ。種から育つのは速いけど、環境に合わないとすぐ枯れてしまうのよ。グリンデルではすぐ枯れるから、もしあなたが元気なティノシバを見たなら、種が芽吹いてすぐだったのかもしれないわね」

「なるほど……」


 では、あのティノシバは帝国かマギ国から鳥が種を運んできたばかりだったのだろうか。あまり国を跨いで長距離を飛ぶ鳥は多くない。不思議だ。

 ……伝書魔鳥ならば何も不思議はないが。嫌な考えにつながりそうになったので思考を切り替えた。


「ティノシバの傷薬以外はこの辺で材料が採れるんですか?」

「そうね。魔の森は雪の季節になっても不思議と雪が積もらなくて、一年中薬草が採れるから、そこの薬草を使っているわ」

「へぇ、やっぱり魔の森って変なんだ」


 改めて魔の森の不思議に首を傾げる。


『まだ話すのか。我は飽きたぞ』

「分かったよ。……じゃあ、お邪魔しました。色々教えて頂けて助かりました。何も買わないままですが」

「気にしないで。そもそもあまり商品も置いてないし。いい暇つぶしができたわ」


 本当に邪魔しかしてない気がしたが、リエンは気にせず笑ってくれた。


「あ、そうだわ。あなたグリンデルから来たならまだこの辺の気候分かっていないのよね?そろそろ早めの冬になるわよ。冒険するなら防寒対策はしっかりね」

「ありがとうございます。気を付けます」


 礼を言って店を出て、改めて空気の冷たさに気付く。


「冬か……」

『いつまでこの町に留まるか決めねばならんな。まあ、魔の森で暮らすなら雪は気にせんで良いようだが』

「そうだね。それはいい情報だった。雪がこの国を覆う頃には魔の森を移動しようかな。魔の森をずっと行けば帝国に着くはずだし」

『うむ。まあ、間にマギ国もあるが』

「マギの町には立ち寄らないよ」

『それが良いだろうな』


 マギ国の話は先ほどレイに聞いたばかりだ。戦争をしていて魔砲弾兵器を開発し人を魔道具の燃料にする技術を開発するような国だ。できるだけ関わらないようにすべきだろう。


「あ、ここ、魔道具店だ」

『お前以上の技術者なんてこんな街にいるものか?』


 面倒そうなブランを宥めつつ店先を覘く。所狭しと商品が並べられていた。


「へぇ、実用的な魔道具が結構多いな。生活密着型の魔道具店だ」

『ふーん、まぁ、お前が作るのと比べたら、玩具みたいなものだがな』


 ちらりと魔道具を見たブランがすぐに興味を失う。確かに並んでいるのは灯りや飲料水の魔道具で作り方も一般的なものだった。おそらく公開されているレシピを買って作ったものだろう。独創性は皆無だ。


「いらっしゃい。何が欲しいんだい?」

「あ、こんにちは。一体どういう魔道具があるのか覘いただけなんです」

「そうか……。気に入るのがあったら声をかけてくれ」


 少し落ち込んだ店主が再び奥のカウンターに行くのを首を傾げて見る。もしかしてあまり売り上げが良くないのだろうか。確かに一度買ってしまえば壊れるまで再び買うことのない商品ばかりだが。


『閑古鳥が鳴く店だな』

「あまりストレートに言わないで……」


 アルが密かに思っていたことをズバリとブランが言うので、聞こえないと分かっていてもちょっと焦ってしまった。だが、見るべきものがないのも事実だ。申し訳ないが早々に退店することにした。


「あー、他に何か用があったかな?」


 道を歩きながら色々見てみるが、あまり興味を引かれるものがなかった。


『どうせ2日後にはまた冒険者ギルドに行くのだろう?ならば今日はもう帰れば良いのではないか』

「……そうしよっか」


 なにせレイの話で少しばかり疲れている。今日は帰ることにしよう。

 人気のない脇道に入って、転移魔方陣を脳裏に鮮明に描いた。魔の森の拠点を選んで発動させる。視界が一瞬歪んで、まったく別の景色が広がっていた。


「……作って日は経ってないのになんか落ち着くなぁ」

『うむ』


 木の香りが漂う小屋に立ち、ほのかに笑みを浮かべた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る