第22話 魔の森の異変

「おっ、これがショウユの実かな」

『ふむ。小さいな』


 アルは森を散策していた。

 小屋は一応人目を避けて、かつ安全になるよう作れたので、転移の【印】を設置して置いてきてある。これで森深くを探索してもすぐに小屋に帰れるので、帰り道を気にせず自由に動いていた。

 時折冒険者の気配を感じて迂回する。獲物を横取りするのもよくないからだ。

 森の浅いところから少し奥に入ったところに小指の先ほどの茶色い実が鈴生りとなった木があった。鑑定してみると、これが屋台のおじさんに言われたショウユの実らしい。アルもブランもショウユタレは気に入っていたので、嬉々として採取した。これはとりあえず自分達が使う分だ。余ったら屋台のおじさんに売りに行こうと思う。


「たくさんとれたね」

『うむ。これでショウユタレがたくさん作れるな』

「別の料理にもこれ使えると思うんだよね」

『アルの料理ならば楽しみだ』


 鑑定によりショウユの実からショウユにする方法は分かったので、後で作ろうと思う。まずは魔石を手に入れるために魔物狩りと、ついでに果物なんかの採取をしたい。ブランは甘味もよく食べるので、果物はあって不足はない。できればアイテムバッグの素材も欲しいが、この森で手に入れられるかは分からない。


『む?何か来るぞ』

「あ、ほんとだ」


 何やら大きな魔力が近づいてくる。それなりの高位の魔物のようだ。きっと良質の魔石をとれる。

 アルは白銀の剣を抜いて構えた。意識的に魔力を流し込むと、それに応えるように剣が一瞬光を放つ。


「大物相手の出番だね。この剣がどれくらい通用するか判断できる」

『我は離れておこう』


 ひょいっと飛び下りたブランが消えた。きっとどこかの木の上に行ったのだろう。


「グワァオッ」

「お?……鑑定」


 突進するようにやって来た魔物をひらりと避ける。鑑定してみると、黒魔虎ネグロマギタイガーという森虎フォレストタイガーの上位種のようだ。魔物ランクはBで、本来ならばDランクの冒険者が相手にできる魔物ではない。


「Bランクかぁ。炎獄熊もだったけど、結構森の浅いところにも高ランクの魔物が出てくるんだな。ブランは結構強さで縄張りが分かれているって言っていたけど」


 スピードが速い分、炎獄熊よりも黒魔虎の方が強いだろう。闇魔法持ちでもあるようだし、油断はできない。

 色々考えつつ黒魔虎の突進を避けていると、不意にその姿が消えた。


「いや、違うっ―――」


 風の魔力を纏って木の上に跳び上がる。その一瞬後にアルの影から黒魔虎が跳び出してきた。闇魔法の1つ、影渡りだ。影に潜り込んで、他の影から出ることができる魔法である。


「魔物って、ノータイムで魔法を発動できるからズルいよね」


 木の上から黒魔虎を見下ろして呟く。一瞬標的を見失って動きが止まった黒魔虎の首元を目掛けて、木から飛び下りつつ剣を振った。


「グワァッ」

「おー!凄いな、この剣」


 剣はしっかりと黒魔虎の首を切り、Bランクの魔物を1回で絶命させた。


「……でも、結構魔力吸われてる」


 魔力が大きいアルだから大丈夫だが、普通の人が使ったら魔力不足で昏倒するだろう。


『ふむ。やはりお前には精霊剣が合っているな』

「そうだね。僕はこのくらい魔力を吸われても何も問題ないし」

『……まぁな。それより、このくらいの浅いところにこんな強い魔物が出てくるのはおかしいな』

「それは僕も思っていたよ。ブランは昨日見回ってたけど、黒魔虎の縄張りってやっぱりこの辺じゃないよね」

『うむ。もっと奥だったはずだ』

「おかしいな……」


 ブランと顔を見合わせる。


「……ちょっと、森の浅いところにいる冒険者に警告する?」

『……そうだな。まあ、森に入る以上は自己責任だろうが』

「そうだけどね。ちょっと気になるから」


 ブランの了承をもらって、黒魔虎をアイテムバッグにしまい、町の方へと歩き出した。

 暫くは襲ってくるのは角兎や森蛇ばかりで大して変化は見られず気のせいかと思い始めたが、町に近づくにつれ何やら騒ぎが起こっていることに気づいた。


「森での魔物討伐は中止!低ランクは直ちに防壁の中へ!」

「中ランク、高ランクは防壁の中の対策室前へ急げ!」

「魔物暴走が来るぞ!」


 幾つもの叫び声がしていたが、よく聞くとどれもが冒険者に危険を警告していた。


「魔物暴走だって」

『ほー、また、面倒な時期に滞在してしまったな』

「……まあ、高ランクの魔物をたくさん狩れば、一気に魔石集めができるね」


 魔物暴走とは、本来森からあまり出てこない魔物たちが、集団で町に襲ってくる現象だ。魔物がそんな行動をする理由はまだ分かっていない。


「お?アルじゃないか」

「あ、レイさん」

「森で魔物討伐してたのか?」

「はい。ここから近いところで黒魔虎を倒しました。こんな近いところにいるなんて珍しいから、ちょっと警告のためにこっちまで来たんですけど」

「……黒魔虎がこんな浅いところまで来ているのか。魔物たちの群れが到達するのも思ったより早いかもしれんな。つうか、あっさり黒魔虎討伐するって、お前凄いな」


 偶然出会ったレイに報告すると険しい顔をした。やはり普通のことではなかったようだ。黒魔虎をあっさり倒したことに感心するレイに剣を示した。


「この剣のお陰ですよ」

「お、やっぱりその剣凄いんだ?」

「そうですね。予想以上です」

「ほー」


 レイと歩きながら町に入る。混雑しているかと思ったそこは、予想より整然としていた。


「魔物暴走は時々ある。対応は綿密に練ってあるから、そこまで混乱しないんだよ。……ただ、今回の魔物暴走はいつもより規模が大きそうだ」

「そうなんですか?」

「ああ、偵察してきたところだが、かなり高位の魔物も町を目指しているようだ。高ランクの冒険者には頑張ってもらわねぇと、この町の防壁くらいは簡単に突破されちまうかもな」


 軽い口調だが、その表情は緊張で強張っている。これまで何度も魔物暴走に対応してきただろうレイでも、今回は危機感を感じているようだ。


「……そんなに厳しい感じですか」

「まあ、あまり悲観的なことは言いたかねぇがな。既に近隣の町に救援要請を出しているはずだが、近隣の町も防御を疎かにするわけにもいかねぇから、どこまで来てくれるものやら。せめて高位の聖魔法の使い手に来てもらいたいがな」

「……そうですね」


 一応、アルも聖魔法を使えるが、それよりも魔物狩りに集中した方が良いだろう。ブランも聖魔法で怪我の治療はできるが、ブランがアル以外の人間を助けようとするとは思えない。


「俺は偵察結果を報告してくる。お前はDランクだが……実力的には俺に匹敵するだろう。俺が推薦するから、前線に出てくれないか」


 対策室と書かれた簡易の建物の前で、レイが真剣な眼差しをアルに向けた。普通のDランクだったら防壁の内側や上から攻撃を撃ち込むのを任せられるのだろう。森に入って魔物を撃退するよりそれが簡単で安全だ。だが、今回は魔物の規模が大きい。1体でも多くの魔物を町に近づけさせないことが大切で、高ランクの冒険者は森の中で魔物と対峙する必要がある。それをアルにも任せたいということだ。


「……ええ、元々、僕は森で魔物と戦うつもりでしたから」

「そうか、良かった。正直、今この町にいる高ランク冒険者は多くなくてな。頼んだぞ」


 ホッとした様子でアルの肩を叩いたレイが対策室の中に消える。


「……たくさんの魔石獲得の絶好の機会だね」

『うむ。森の中で高位の魔物を探し回るのは大変だと思っていたが、向こうからたくさん来るなら楽できるな』


 危機感いっぱいのこの町の住人や冒険者に対しては少し申し訳ないが、効率の良い魔石獲得の機会がやって来てアルはウキウキした。ちょっと不謹慎だから顔には出さないが。


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