第21話 魔の森ってなに?

「甘味から作っておくかな」


 外に出て火を起こしたアルは、アイテムバッグから材料をとりだす。卵と小麦粉、砂糖、ミルク、オイル、アンジュジャムを調理台に並べた。

 卵を黄身と卵白に分けて黄身は脇に避けておく。卵白に砂糖を加えて魔道具を使って角が立つまで混ぜる。そこにミルク、オイル、アンジュジャムを投入し、泡を潰さないようにヘラで混ぜた。適度に混ざったところで、小麦粉をふるって入れ、さっくりとまぜあわせる。オイルを塗った金型に出来たものを入れて、簡易窯で焼けば完成だ。


「夕飯は、やっぱり熊肉かな」


 ギルドから引き取ってきていた熊肉の塊をバッグから取り出して一口大に切り分ける。それを臭み消しのハーブと共に下茹でした。別の鍋にイモやにんじん、オニオンなどを切って炒めた後、作り置きしてあったデミグラスソースで煮込む。下茹でが終わった熊肉もそこに投入して後はグツグツ煮込むだけ。辺りに良い匂いが広がる。結界外へは匂いや音が漏れないようにしているから、いくら食欲をそそる匂いを出そうとそれで魔物が寄ってくることはない。


「……あれ?ブラン、何をしてるんだろう」


 3mほどの本来の姿に戻っているブランが、離れたところでこてりと首を傾げていた。視線が合わないのでアルのことが見えていないようだ。


「……あ、迷いの魔道具が効いてるのかな」


 とりあえず鍋ももう出来上がりそうなのでブランを迎えに行くことにした。


「ブラン?入っておいでよ」

『む?急に現れたな、アルよ』

「迷いの魔道具だよ。ここが境界になってるの」

『ほお、迷いの魔法とはここまで効果的なものなのか。我でも一瞬場所が合っているか疑問に思ったぞ』

「やっぱり魔物にも効くんだね」

『そうだな。だが、それなりの魔物は違和感を感じても近づいてくるだろう』

「まあ、この迷いの魔道具は、基本的に人避けだから」

『ふむ。であれば十分だろう』


 頷くブランの大きな顎下辺りを撫でる。ブランが本来の姿で帰ってきた理由は、その後ろにあるもので明らかだった。黒い毛並みの馬がブランの後ろに転がっていたのだ。狩った獲物を持ち帰るために、本来の姿になったのであろう。

 ブランは瞬く間にいつもの肩のりサイズに戻って、アルの肩に駆け登る。


『肉を狩ってきたぞ』

「これなんて魔物だろう。……黒魔馬ネグロマギホースか。へぇ、Bランクって凄いの狩ってきたね」


 鑑定してみると魔物ランクが分かり、褒めるようにブランの頭を撫でた。


『旨そうだろう?』

「そうだね。魔石も質が良さそう。ありがとう。解体は明日ギルドに持っていってして貰おうかな」

『今日食わんのか……』

「今日は炎獄熊のブラウンシチューを用意してるよ?」

『ブラウンシチュー……あの黒猛牛で作ったものか!あれは旨かった。熊肉でも旨いだろうな。早く食おう!』


 尻尾をブンブン振って催促するブランに笑って、とりあえず黒魔馬をバッグに仕舞う。そして夕食の準備を再開した。


「はい。シチューとパン、食後にはアンジュジャムのシフォンケーキだよ」

『む?初めて見たものがあるな』

「まあ、それはお楽しみに」


 ブランの前に夕食を並べると、すぐさまシフォンケーキに注目された。目をキラキラと輝かせ、興味津々だ。

 まずはシチューを食べる。硬めな肉質だった炎獄熊の肉は、しっかり煮込まれたことでスプーンでも切れるくらい柔らかくなっていた。ソースと共に食べると、程好い弾力の質感と肉から染みだす旨味が感じられてとても美味しい。


『旨いな!この肉は食い応えがあるぞ』

「美味しいね。熊肉って初めて食べたな」

『うむ。公爵領や王都の近くの森には熊はいないからな。我も昔遠出した時に食った以来だ』

「へえ、そうなんだ」


 確かにあの森で熊を見たことはなかったなと思いながらシチューを完食する。ブランもアルの3倍の量を平らげ、シフォンケーキを掴んでいた。


『旨いぞ!ふんわりしっとり柔らかくて、アンジュの濃厚な甘味と酸味もある。これはいくらでも食えるな!』

「そんなに量ないけどね」


 アルもシフォンケーキにフォークを入れ1口食べる。柔らかなケーキは、あっという間に溶けるように消えていったが、甘味と酸味のバランスが良くてとても美味しい。


「……美味しいなぁ」


 用意していたお茶を飲みつつ食べ続けていたら、あっという間になくなった。


『……もっと食べたい』

「残念ながら、もう残ってないね」


 名残惜しげに皿を舐めるブランから皿を取り上げて片付ける。ブランにもお茶を渡した。


「ブラン、魔の森を見回ってみてどうだったの?」

『……この森は、何らかの意思のもとに作られたものだろう』

「意思?」


 意外な言葉を聞いて、片付ける手を止めてブランを見た。ブランはピチャピチャとお茶を舐めるのをやめ、森に視線を巡らせた。


『魔の森には濃厚な魔力が漂っている』

「そうだね。それが魔の森の定義だもの」

『うむ。その魔力が魔物を生み出し、森を修復する。では、その魔力はどこから生まれたものだ?』


 それは前からアルが疑問に思っていたことである。本来空気中に存在する魔力は、空気にとけ込んでいるが故に、どこの場所でもほぼ一定である。しかし、魔の森の魔力は、森の外と中とではその濃度があまりにも違いすぎる。―――まるで、何者かが魔の森と外とを魔力を遮断する結界で塞いでいるようだ。だが、アルが見たところ、森の周囲に結界は無かった。


『この森は、奥に向かうほど漂う魔力が強くなっている。それにより、森の奥の至るところで魔物が生まれていた。生まれた魔物は、弱いものは森の浅いところへ、強いものは森の奥地にいるようだ』

「まあ、魔物の強さによる生息分布の違いはどこの森でもあるよね」

『ああ。だが、それがあまりに規則的すぎるのだ。普通の森では生存競争に負けたものが森の浅場に追いやられる。だが、この森では整然と、魔物同士が争うこと無く縄張りを作っているのだ』

「それは、なんと言うか……」


 まさに、何者かの意思が介在していると言いたいのだろう。


『魔力の最も濃いところを目指したんだがな。どうも何かしらの魔法がかけられているようで、辿り着けなかった』

「え?ブランでも出来ないの?」


 ブランは、アルが知る限りのなかで最も強い魔物である。こうして人間と念話出来る知能を持つぐらいだ。そのブランが出来なかったと知って、結構本気で驚いた。


『……我でも出来ないことはある。例えば―――』

「例えば?」


 ブランに出来ないこととはなんだろうと考える。解体は出来ないし、手が人間ほど器用ではないので魔道具を作ったり料理をしたりも出来ないだろう。……出来ないこと、わりとあるな。


『……何か良からぬことを考えてないか?』

「いや、別に?何かなーって思ってただけ」

『ふーん?』


 ジト目のブランを笑って躱す。ブランはため息をついて話を戻した。


『神の関与することは、我が関与できない最もなことだな』

「神?って、創造神のこと?」

『そうだ。神がこの世界を創り、最初の生き物を創り、秩序を創った。その神が創ったものの中にこの森もあるのだろう。どういう目的のために創ったのかは分からんが、我が辿り着けなかったところになにかがあるのは確かだな』

「へぇ」

『……なんだ、興味はないのか?』

「いや、別に。この森が何なのかを追求する気は別にないし。僕らが森で暮らすのに、何か支障が生じるの?」

『いや……ないな』


 不快げに顔を顰めていたブランは、アルの言葉にキョトンと瞬きして、首を横に振った。そして何かを考え込みながら何度か頷く。


『確かに、何も問題ないな。神が何を目的にしようと、我らには関係ない』

「そうでしょ?この森で魔物を狩れて、有用な植物が採れさえすれば問題ない」

『そうだな。むしろ肉が無限に生まれてくるのだ!これ程有用な森はないな!無限狩りしよう!』


 急にテンションが上がるブラン。アルはその頭をパシパシと叩いた。


「待って待って、そんなに狩っても解体できないからね。無限狩りするなら、自己処理でお願いします」


 ブランは不満そうにアルの背中に尻尾を叩きつける。


『つまらん!もっと根性みせろ!』

「いやいや、根性でどうにかなるもんじゃないからね?」


 ぷんぷんと怒るブランを適当に宥めすかした。


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