第19話 拠点を作ろう
町を出て森を進む。森の朝の空気は清々しい。漂う魔力はちょっと禍々しいけど。
『宿の飯いまいちだったな』
「……まあ、普通かな」
これといって特徴の無いものだったのは確かである。ショウユとか、この地特有のものがあればよかったのだが。ブランには量も足りなかったようだ。
『昨日の串焼きくれ』
「はいはい」
ブランに森蛇のタレ串焼きを渡す。ついでにアルも食べた。朝食がちょっと物足りなかったのだ。久しぶりのベッドは快適だったけど、自由に過ごしたいアルには少し宿は窮屈に感じて延泊の申請はしなかった。
『今日はどうするんだ。先に進むのか?』
「いや、この辺を探索しようかと。これまでちょっと急ぎ足だったしね。いずれこの剣の整備をお願いしに来るかもしれないから、転移の魔法陣の【印】を置くところを見つけたいな」
『そうか。戻ってくることを考えたら、転移が楽だな』
「うん」
襲ってきた角兎を倒しつつ、ブランと会話を続ける。この辺りは角兎が多いようだ。
『お前は魔法を詠唱するのに、なんで転移は魔法陣なんだ?』
「それ、聞いちゃう?」
アルは少し気が進まないながら、説明することにした。
「人間の魔法ってね、そもそもが魔法陣だったんだよ。詠唱はその魔法陣を簡略化して言語化したものでね」
『ほう。人間は不便だな』
「まあ、魔物と比べたらね。普通に考えると魔法陣より詠唱のほうが便利なんだけど、詠唱って簡略化してる分、出力が安定しないんだよね」
『へぇ』
「ブランが聞いてきたのに興味なくない?」
『いいから説明しろ』
「……はぁ。結論を言うと、転移の魔法を詠唱化してしまうと、出力が安定しなくて【印】を置いててもどこに転移するか分からないってこと。僕の場合は転移の魔法陣を瞬時に脳裏に浮かべられるよう訓練したから、危険を冒してまで詠唱にする必要がないの」
『なるほど』
「魔道具も一緒だよ?定められた効果を常に一定に保って作動させるために魔法陣が刻んであるの」
『そうか』
「……ねぇ、聞いてた?」
『我はちょっと感心しておるぞ。そんなに森蛇斬りながら平然とするお前に』
いつの間にかアルの周りには森蛇の死んだ山ができていた。角兎の次は森蛇かと思ったのは憶えているが、いつの間にこんなに斬ったのだろう。
「この剣、森蛇くらいじゃ斬った感覚あんまりしなくて実感なかったけど、ちょっとやりすぎた気がする」
『森蛇食い放題だな』
「これギルドで解体してもらって肉を引き取ったら、解体費用で収支マイナスじゃない?」
『アルが解体すればいいだろう?』
「……他人事だと思って。解体用の魔法考えようかな」
平然とするブランにガックリと疲労を感じながら、森蛇をポイポイとアイテムバッグに放り込む。アイテムバッグの増産を先にすべきだろうか。
『拠点を作って魔法を考えたらどうだ?』
「拠点?」
『ああ。【印】を置くには安全な場所が必要だろう?我がいた森では、お前が今持ってる結界の魔道具と我の見張りのお陰で【印】は無事だったが、ここは魔の森だぞ?【印】を置くなら、魔の森以外に置くか、今のものより強力な結界が必要だ』
「……たまにはちゃんとしたこと言うね」
『たまにはではない!我は常に色々考えているのだ!』
久しぶりにブランに感心した。とても真っ当な発言である。
「はいはい。……ブランが言ったことをするとなると、拠点はあまり人が来ないもうちょっと奥かな」
『迷いの魔法を魔道具にすればいいんじゃないか?』
「……迷いの魔法ってよく知ってたね。あれを魔道具にね~。まあ、無理ではないかな」
『では、拠点に良さそうな所を探すぞ』
「うん」
でも、まずはこっちに向かってきている鳥を狩ろう。
「お?ここいいんじゃない?」
『ふむ。湖の近くか。水を利用できるし魚も取れるな。きっと魚型の魔物も狩れるぞ?』
「食べることばっかりだね、ブランは」
鳥型の魔物を剣でさっさと狩った後に見つけたのは大きな湖だった。透明度が高く、至るところに魚影やなにやら大型の生き物の姿も見られる。陸地に攻撃してくる様子はない。
あまりここは冒険者の旨味がないのか、その痕跡が見当たらなかった。ほどほどに町に近くて、迷いの魔法の魔道具を置いても迷惑はかけなさそうだ。
「よし、じゃあ小屋作ろう」
『がんばれ』
「……まあ、ブランはできないんだけどさ、ちょっと今イラッとした」
木が密集したところから適度に木を間伐してきて、魔法で乾燥させる。炭になってしまわないかちょっと緊張した。
その木の一部は剣で切って板状にした。これは小屋の床にするのだ。
時々魔物が邪魔してくるが、流石にブランが片付けてくれる。時々丸焼きにして食べているようだが気にしないことにしよう。渡したハーブスパイスは使いきってもまだたくさん残っているから大丈夫。
小屋の設置場所の地面を
ちゃんと玄関口を開けてドアを取り付ける。窓がないと中が暗いので窓部分を切り取り板戸をつけた。
「完成!」
『早かったな。だが、結界の魔道具を作らんと今日の夜は寝れんぞ』
ブランは今日町に帰るつもりはないらしい。アルも森の中の方が気持ちがいいのでそれで構わないのだが、寝ず番は嫌だ。
「ブランが見張っててくれたら僕は寝れるけど」
『我が眠れないではないか!さっさと魔道具を作れ!』
「はーい」
冗談で言ったらプリプリ怒られてしまった。
素直に魔法陣を刻むための魔軽銀プレートと専用のペンとインクを取り出し、作ったばかりの小屋の床に広げる。そして、魔軽銀プレートをペンでガリガリ削りながら結界魔法陣を刻んだ。基本の結界魔法陣は、その強度や結界で弾くものの種類などを設定する空白部分があり、そこをアルなりに考えたもので埋めていく。
結界魔法陣を刻んだ魔軽銀プレートを魔軽銀製の箱に入れた。この魔軽銀製の箱は様々な魔道具で使えるため、たくさんアイテムバッグにしまっておいたものだ。結界効果のオンオフを示す魔法陣部分と箱にあるスイッチ部分を魔軽銀線で繋ぐ。
作動のための魔力源部分には窪みを作り、これまで狩ってきた魔物の魔石の中から最も質の高いのを選んではめた。
「完成したよ。これで効果の高い結界になってるはず。雨や雪を防いで、高ランクの魔物でも弾く。魔法の攻撃も防ぐように作ったよ」
『ほお、お前の魔道具作りの能力は見事だな』
「褒めてもアンジュジャムクッキーしかでないよ?」
『くれ!』
褒められて嬉しくなったので、作り置きクッキーにアンジュジャムをのせて渡した。尻尾を振って上機嫌にクッキーを味わうブランをよそに、アルは小屋の中央に結界魔道具を設置する。円球の結界だから、なるべく中央に設置した方が安全なのだ。
スイッチをオンにして外を確認すると、しっかりと結界が作動していた。ちなみに魔道具にブランの魔力を登録させているから、ブランは出入り自由である。
『力に溢れた結界だな。ドラゴンでもやってこない限り大丈夫だろう』
「不吉な前置きいれないでよ」
『そうか?褒めたんだがな』
結界はブランの目から見ても良い出来だったようだ。これで今日は安心して眠れる。
『だが、この結界は魔力を相当食うのではないか?』
「そうだね。だから暫くは高ランクの魔物を狩って魔石を確保しよう。今つけてる魔石に僕が魔力を補充してもいいけど、留守中に結界が切れてもいけないからね」
『ついでに旨い肉も手に入るな』
「……解体の魔法の開発も必要か。あと、もう一個ぐらいアイテムバッグが欲しい。この小屋を認識不可にする迷いの魔道具も必要だし。……忙しいな」
だが、アルは魔道具作りは嫌いじゃなく、熱中しすぎてしまうくらいだ。その忙しさは苦じゃないなと笑みを浮かべた。
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