第18話 白銀の光
レイに連れられておすすめの武器屋に行った。道中魔の森産の果物等を見て、魔の森に行ったときは探してみようと心にとめておく。
「ここだぞ。冒険者中級レベルからのおすすめ店だ。質的にも値段的にもな」
「なるほど」
入ってみると種類で分けて剣が並べられている。全て実用的な剣だ。
「ラトル爺、客連れてきたぞ」
「ああ?レイ坊か。お前が客を連れてくるなんて珍しい。ここには初級者レベルの剣は置いてねぇぞ」
確かにここに並んでいる剣は凄腕の職人が1本ずつ丹精込めて作ったものだ。初級者が扱うには高すぎる。
「今日は冒険者初心者講習の日じゃねぇよ。こいつ、結構腕が立つんだけど見た目でナメられそうだろ。今日だけ案内してんだ」
「……なるほど。一見すると細っこい坊やだな。見た目に惑わされる冒険者がいるとは嘆かわしい」
ラトル爺はすぐにアルの実力が見た目通りではないと見抜いたようだ。
「アルです。Dランクの冒険者なんですけど、新しい剣が欲しくて」
「儂はラトルだ。ここに置いてある剣は全部俺が作ってる。お前が欲しいのは魔力を通す剣か?」
「はい。よく分かりましたね?」
「ふん。長いことこの仕事やってらそれくらい分かる。お前さん、魔力の保有量でかいだろ?それなら少なくとも魔銀製じゃなきゃな。折角の魔力を効率的に使うためにもな」
ラトル爺がカウンターの奥からいくつか箱を持ってきた。
「魔銀製とかは表に並べてねぇんだ」
「どれも良い剣ですね。切れ味が良さそうだし、魔力の通りも良さそうだ」
アルの前に並べられたのは3本の剣。2本は魔銀製で黒銀の光を鈍く放っている。もう1本は僅かに青みを帯びた白銀の剣だった。この白銀の剣は魔銀で作られているとは思えないくらい白く輝き、優美な細剣だった。
「ラトル爺、この白い奴は初めて見たな」
「そうだろうな。それはたまたま持ち込まれた変わった魔銀で作ってみたもんだ。普通の魔銀で作った剣より魔力の通りがいいんだが、何故か剣として重要な切れ味が悪くて、ずっとお蔵入りさ。ちゃんと研いでるんだけどな。魔力もちゃんと通るのによ」
「そんなもん、売りもんとして出すなよ」
「だからお前さんにも見せたこと無かっただろうが。今日はなんとなく日を浴びさせてやるかと倉庫から持ってきてたから、そのついでだ」
レイが鈍ら剣を出してくるラトルに呆れ、ラトルがそれに反論するのを聞きながら、アルは何故かその剣に惹かれて目を離せなかった。
『……これは精霊銀だな』
「精霊銀?」
ブランの言葉に首を傾げる。初めて聞いた言葉だった。
「精霊銀……、あ!これ、精霊銀だったのか?!」
ラトルが何故か慌てて、白銀の剣を手に取りじっと見つめる。
「精霊銀とはなんですか?」
「マギ国の精霊の森で産出される銀だ。精霊が住むと言われている森から産出された銀は剣には向かん。その剣自体が持ち主を選り好みしてしまうからと聞いたが、本当だったのか」
「なんでマギの珍しそうな銀がここに持ち込まれんだよ」
「はて、確か金が欲しいからと言われたんだがな」
「はあ?わざわざここに持ち込んでか」
「儂もその時はちょっと変わった魔銀としか思わんかったんだ。魔銀は土地ごとに多少性質が変わるからな。だから理由なんて知らん」
「……そうかよ」
ラトルの話を聞いて何事か考え込むレイ。マギとはアルの母の生国であり、現在帝国と戦争をしている国だ。魔法技術が有名である。
『アル、この剣を持ってみろ』
「え?あ、うん」
「どうした?」
「その剣、僕に持たせてくれませんか」
「試し振りか?これは珍しい精霊銀みたいだが、剣としては鈍らだぞ?」
「ええ、分かっています」
アルの申し出に怪訝そうな顔をするラトルだが、白銀の剣をカウンターに置いてアルに差し出してきた。レイが興味深そうにアルを見る。
シンプルな柄を握り持ち上げると、剣がアルの魔力を吸って一瞬輝いた。
「お?今光らなかったか?」
「そういう仕様じゃねぇのか?」
「そんなヘンテコな仕様つけた剣なんか作らねぇよ」
アルはその剣の軽さに驚く。まるで剣とアルが一体になったかのように、持っている負担を感じない。アルが抑えていても周囲に放ってしまう余剰魔力を白銀の剣が吸い尽くし、その剣の力に変えているのが分かった。
「試し斬りさせてもらえませんか」
「ああ?別にいいけどよ。斬れなくても硬いから傷ひとつつかねぇだろうし」
ラトルに案内されて、裏庭に置いてある丸太で試し斬りをすることになった。じっと見守るレイとラトルの前で剣を構える。
「はっ!」
『――お見事。流石だな、アル』
丸太はスッパリと斬られた。あまりに断面が滑らかすぎて、しばらく倒れることもなかった。数瞬の後、丸太の斬られた上部が転がり落ちる。鈍らとはとても言えない、最上級の切れ味だった。
「……す、スゲーな!どこが鈍らだよ!めっちゃ切れ味いいじゃねぇか」
「まさか、そんな……」
レイが興奮して叫び、ラトルが愕然とした表情を浮かべる。その目は剣だけでなく、アルを映して驚いていた。
「この剣……」
この剣はまるでアルのために作られたもののように感じる。ずっとアルの訪れを待っていたのだ。
「ラトルさん」
「……言わんでも分かっとる。それにするんだろ?」
ラトルが眩しいものを見るように細めた目でアルを見る。
「その剣はずっとお前さんを待っていたのかもな。言い伝え通りに持ち主を選り好みしてたわけだ。選ばれた人間にそれを売らないなんてこと、剣職人としてできるわけねぇ。大事にしとくれ」
「ありがとうございます」
「まあ、代金はちゃんと請求するぞ?持ち主を選ぶ剣がその持ち主を見つけた瞬間に立ち会えたんだ。剣職人としてこれ程光栄な瞬間はねぇ。多少おまけしてやるよ」
ニカリと笑ったラトルと共に店内に戻る。この剣にはまだ値付けをしていなかったようで、当時の精霊銀の買い取り額やその他の材料費、技術費などから値段を考えていた。
「ざっと、金貨15枚ってところか」
「……それ、ほぼ原価だけじゃありませんか?」
「いいんだよ。今日はいい酒が飲める」
「……ひでぇな。俺の時は魔銀の剣に金貨120枚だったろ」
「馬鹿言え。お前の剣はでかいんだよ。その分たくさん魔銀がいるんだ。正当な額だよ。……まあ、半分くらい技術費だけどな」
アルにしか聞こえないくらい小声で呟かれた言葉は聞かなかったことにした。魔銀の大剣としては妥当な金額だったから、ラトルがぼったくっているわけではない。
「では、金貨15枚で」
「おう。研ぎは基本的に要らねぇだろうが、整備したくなったらここに持ち込め。精霊銀を扱える奴はそんなにいねぇだろうからな」
「分かりました。ありがとうございます」
「全く気づかず扱って、できた剣を鈍ら扱いしていた奴ならここにいるけどな」
「うるせぇんだよ、お前。精霊銀なんて見たこと無かったんだからしかたねぇだろ」
言い合う2人を見つつ、アルはラトルが用意してくれていた鞘に白銀の剣を収める。そして腰元のベルトで吊るした。
『良い剣を手に入れたな』
「うん。ここに来て良かったよ」
『アル、そろそろ夜だぞ?宿に帰るぞ。飯だ飯!』
「……ちょっとは余韻ってものを味わわせてほしいな」
余韻なく飯の催促をするブランに少し脱力する。しかし、それと同時に浮わついた高揚感もなくなったので、冒険者としては良かったのかもしれない。
「レイさん、僕はもう宿に戻りますね」
「おう!なんか困ったことがあったら言えよ。俺は陽だまりの宿に泊まってるからよ」
「お前、まだあの宿が定宿なのか。もっといい宿に泊まれるだろうに」
「いいんだよ!俺があの宿好きなだけなんだから」
「あ、今日は酒に付き合え、お前の宿の食堂、宿泊者以外も使えたよな?俺あそこの自家製チーズで酒飲みてぇ」
「俺を巻き込むなよ、酒豪!明日仕事になんねぇだろ!」
「1日くらい休んだところで食うに困る訳じゃねぇだろ」
「そういう問題じゃねぇんだよ」
言い合う2人に別れを告げて、アルは宿へ帰った。
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