第7話
足を止めたのは、和風建築の一戸建て。結構大きくて我が家に比べると部屋数も多く、子供のときはかくれんぼや鬼ごっこをして遊んだのを思い出した。
「雛形んち、めっちゃ久しぶり」
「どぞどぞ」
からから、と扉を開けて、先に雛形が上がる。
「タオルと着替え、持ってくるから、ちょっと待ってて」
「うん。ありがとう」
ニコっと笑ってご機嫌なターンを決めると、スカートがふわっと膨らんだ。ばっとスカートを押さえ、俺を振り返る。
さっと目をそらし、何でもないふりをしておく。
「……」
スリッパを穿いた雛形は、廊下の奥へと消えていった。
たぶん、見えた。うん、たぶん。
雛形のパンチラ程度で動揺する俺じゃないんだ。その程度で……。いやいや、幼馴染で付き合い長い俺をナメんなって話。
あんなの、昔から何度も見たし、幼稚園のときとか、パンチラしまくりだったんだ。
……白。
今日のは、知ってるのと違ってたけど。
「別に、あんなの全然嬉しくも……」
「隆之介、さっきから何言ってるの?」
不思議そうな顔で、雛形が俺を覗いていた。
「ぬぉわ!? い、いつの間に」
「今日のは知ってるのと違ってたって、ぼそって言ったあたりから」
口に出てたのかよ。気をつけよう……。
「何が違ってたの?」
「……い、家、久しぶりだから、その、知っているのと微妙に違うような気がするなーって」
「変わってないけど」
「ま、毎日見てると違いがわからないんだって、きっと」
そうかな、と首をかしげて、周囲を見回した。
どうにか誤魔化せたようだ。
持ってきたタオルを渡され、濡れた腕や肩を拭いていく。
すると、お客さん用らしきスリッパを出してぼそっと言った。
「制服……乾燥機に入れるから、終わるまで部屋上がって?」
「じゃあそうさせてもらうよ」
パンイチで人んちの玄関にいるわけにはいかないしな。
「こっち」
「知ってるよ」
先を歩く雛形についていく。古い階段は歩くと軋んだような音を上げた。
久しぶりの雛形家は、俺の知っているそれとほとんど変わっていない。
二階に上がってすぐのところに雛形の部屋があり、中に通された。
シンプルな部屋で、ベッドと勉強机、カラーボックスがいくつかあった。その周囲には写真立てに丁寧に入れられた写真の他、スナップ写真が数枚壁に画びょうで刺してある。
「あんまり、見ないで。恥ずかしい……」
「あ、悪い」
雛形が出ていくと、すぐに戻ってきて扉越しに服を渡された。
「こ、これ、お父さんのスウェットだけど……他に、服、なかったから」
受け取って着替えると、腕だけ部屋に入っている雛形に、制服を渡した。
「待ってて」
そう言って下へおりていった。
小学生のとき以来の部屋は、なんだか妙にそわそわした。
記憶にある部屋よりも、何だかいいにおいがする。
ノックされると、こそっと隙間を開けた雛形が、こっちを覗き見る。
「いい?」
「いいも何も、自分の部屋だろ」
「そうだけど」
入ってきた雛形が、俺の隣に座る。着替えたからこそわかる。雛形だって、結構濡れているんだ。
黒髪は普段より増しで光沢を放っていた。頬に髪のひと房がくっついている。
濡れた部分のブレザーは、そうでない部分と比べ色が違って見えた。
その下の湿ったブラウスが胸元に貼りついているのが見え、思わず視線を正面に戻す。
……変にエロさを感じるのは俺だけか?
「雛形も着替えたほうがいい」
「そうする」
その場で上着を脱ぎはじめ、また俺はそっぽを向く。
静かな衣擦れの音がする。ぱさり、と上着を置いた。
緊張しているのがバレないように、俺は話題を探した。
「……内之倉さん、杉内に何の話をしたか聞いた?」
「ううん。教えてくれなさそうな感じだから、聞いてない」
上着を脱いだだけで着替えは終わった。部屋から追い出されないのも納得だ。
髪の毛をくくりはじめた雛形は、ポニーテールもよく似合った。
「隆之介……見過ぎ」
「あ、悪い。つい」
くすっと雛形が笑う。ブラウスが濡れているせいで、下のインナーがうっすらと浮かんでいた。早く上になんか着てくれ。目のやり場に困る。
「部活は、いつもこうだから」
そ、そうか、と言うのが、やっとだった。
何を話していいのか、まったくわからん。学校や休憩時間でも、困ったことはないのに。
「親切だと思ってるんだろうけど……こういうの、あんまよくないと思うぞ」
「え?」
「親切でも、男を家に呼んだり、部屋に上げたり……」
「ダメ?」
純粋そうな顔で首をかしげる。
「ダメっていうか」
男子イコール俺だと雛形は思っている節がある。
ここできちんと言っておかねえと。
「こんな状況になったら、変なことをするやつだっているんだぞ」
「変なこと? 久しぶりに入った幼馴染の部屋のにおいをスンスン嗅ぐこと?」
「か、嗅いでねえわ!」
いや、ほんのちょっと嗅いだけど。
おほん、と俺はわざとらしい咳払いをして話を戻す。
「雛形の親切を勘違いするやつだっているかもしれないから、あんまホイホイ家にあげるようなことは――」
「大丈夫。隆之介にしかしない」
信用や信頼や安心感。
そういうものが、俺たちの間にはある。
だって、俺たちは幼馴染。
こんなことは、お互い何度もしてきた。
でも、雛形はわかってねえ。
俺たちはあの頃とは違うってことを。
「男は、好きじゃなくてもセックスくらいできるんだぞ」
濁したら伝わらないと思って、はっきりと口にした。
華奢な両方の肩を掴むと、雛形はあっさり仰向けに倒れた。
ちょっとビビらせ過ぎちまったかもしれない。若干後悔して目を逸らしていると、押し倒される形になった雛形は、じっと俺を見つめていた。
「……隆之介は、違う」
「みんながそうだって思わないでくれ」
たとえば、モテる先輩の話。その友達の話。またその友達が言っていた話。
俺は全然そんなの知らないから、遠い世界の出来事に感じるけど、女関係だらしないやつは、下半身もだらしない。
「雛形の好きなやつだって、きっと――」
あれ。俺何言ってんだ。
ネガキャンするつもりなんてなかったのに。
色んな男からの告白を断っている雛形が選んだ男だ。きっとすげーモテるんだろうな。
二の句が継げず、俺は上からどくと、雛形の手を引いて起こした。
「俺も、変な気分になることだってあるんだ。気ぃつけろよな……」
気ぃつけろよなって何だ。それは俺のほうだろうに。
「私に、注意、してくれたんだよね。……ありがとう」
よしよし、と頭を撫でられた。
何でこうなってんだ。
「そうだけど」
「隆之介以外にはしない。約束する」
「いや、俺だけっていうか、好きなやつだけなら、いいとは思うんだけど……」
考えるように、雛形は視線を宙にやって曖昧にうなずいた。
「隆之介なら、変な気を起こしても、大丈夫」
「あのなぁ」
何を言い出すかと思えば。
脱力して、俺はがっくりとうなだれた。
男心とはなんぞやというのを、雛形にはもう少し時間をかけて説明していく必要がありそうだ。
雛形にとって俺は、攻略不可能な異性のお助けキャラってところなんだろう。
「まいいか」
ため息交じりに言うと、くちん、と隣で雛形がくしゃみをした。
「着替えねーから体冷えてんじゃねえか」
「着替える。出てって」
へいへい、と俺は立ち上がり、部屋を出ていく。
……雛形は変な気を起こして大丈夫って言ったけど、俺がそんなことをできないだろうって思ったからこその発言なんだろうか。それとも、実はビッチとか――いや、それはないか。
昔はもっと何を考えているのかわかったのに、最近はまるでわからねえ。
※お知らせ※
本作がスニーカー文庫様より書籍化いたします。
タイトルは同じままで、31日発売です。
書籍版もよろしくお願いします。
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