第33話 私にとって都合よくする世界

「なぁ、魔王討伐って、こんな楽でいい訳?」


 馬車にゆられながらタナカが聞いてきた。召喚されてから、城で魔法の使い方を教わり、教皇に奉納された剣を渡された。ゴテゴテした飾がついていてとても、実用的ではないのに魔法の通りがとても良いからと持たされた。実際、剣に魔法を乗せるとゲームのようなエフェクトが出て、回りにいた魔物が一瞬で倒せたから、ゴテゴテした、飾りは必要らしかった。


「まだ魔王も生まれたばかり、配下もいない今が倒すべきチャンスなのです」


 ミリアは内心焦っていた。

 召喚の儀式が成功して、勇者である(一応)タナカと共に過ごしているのに、全くタナカはミリアに興味を示さないのだ。それどころかちゃんと元の世界に帰れるのかを毎日確認してくる始末だ。優等生らしく真面目に取り組んでくれるから、教皇たちは安心しているようだが、そもそも魔王なんて居ない。どうやって、結末を迎えようか悩むミリアを他所に、勇者であるタナカは(一応)剣に魔法を乗せて魔王を倒すという必殺技を覚えてしまった。

 そんなわけで、魔王を倒すなら巨大な存在になる前がいい。なんてことになり、こうしてミリアと勇者タナカは馬車に乗り黒き山へと向かっているのであった。ご丁寧に近隣諸国から討伐に向かうための馬車が献上された。勇者のためにあつらえられたマント付きの衣装は動きやすくそれでいて気品のあるデザインだった。もちろん、聖女ミリアにも素晴らしい衣装が献上された。白く美しいまるでウエディングドレスのようなつくりで、ウエストラインからヒップにかけてが恐ろしいほど強調されたデザインだった。それを見て何かを察したタナカは、馬車ではあえて隣には座らず、やたらと目線は窓の外を向いていた。


(男子高校生には刺激が強いかもしれないけれど、コルセット無しでこの体型が維持できるのも高い魔力のおかげなのよね)


 ミリアは改めて自分の服装を見てみるが、長いこと白い聖女の衣装を着てきたから、別段なんとも思わなかった。ただ前世の記憶にある白い衣装は花嫁衣装という概念だけは何となくあるぐらいで、この体のラインが強調された衣装がおかしなものだとは思ってなどいなかった。


「この世界は」


 唐突にタナカが、口を開いた。


「なんでしょう」


 聖女らしく落ち着きのある声でミリアは返事をした。


「なんだって女の人はそんなに体のラインを強調する服を着てるんだ?」


 タナカの素朴な疑問だった。貴族だけかと思っていたら、城にいる侍女たちも体のラインがハッキリと分かる服を着てアレコレ用事をしているし、街中に出れば小さな子どもも体にピッタリな服を着ていた。


「え?」


 突然の問にミリアは困惑した。それが普通だとして生きてきたから、今更なんで?と聞かれても、答えようがない。


「露出狂とまでは言わないけど、子どもも大人も、それこそ年寄りも体にピッタリとした服しか着てないよな女の人は。逆に男はイカついやたらと布の多いこんな制服みたいな服ばっかりだ」


 どうやらタナカは着させられた勇者の服が気に入らなかったようだ。確かに鎧なんか着たら動けないけれど、マントやら何やらの装飾が着いた服は重たくて動きづらい。


「それは、女性は動きやすさを重視しているので、体にそったデザインの服を着ているのです。それに女性らしさを求められますから体のラインを強調するのはごく自然なことなのです。反対に男性は力仕事などしますから、体を守るために厚い布地の服を着ているのです。教皇様や神官たちは神に祈りを捧げるための魔力を押さえつけるためにたくさんの布地の服で押さえつけているのですよ」


 ミリアは貴族の娘として生きてきた頃の記憶を手繰り寄せて説明をした。そもそも貴族女性は自分の美しさを強調するために服を選んでいる。おまけに肌の露出は当たり前で、女らしさの象徴である胸と尻は見せて当たり前だったりした。男たちは美しい女性を隣に立たせるのがステータスだったりするから、唯一神である神に仕える聖女であるミリアは美しさも要求されていた。つまり、高い魔力で美しさを保持しているのだ。


「へぇ、この服にそんな効果があったんだ」


 タナカは、しげしげと自分の服を見つめていた。つけられた飾りには一つ一つ意味があり、旅の安全やタナカの身の守りだったりの祈りが込められている。もちろん、ヒラヒラしたマントは魔法対策で、ある程度の攻撃魔法は跳ね返せる仕組みの魔法陣が刺繍されていた。


「ええ、その、わたくしの服のレースも魔方陣の効果がありますのよ」


 そう言ってミリアは胸もとのレースをタナカに見せたが、すぐさま顔を背けられてしまった。そんなタナカの態度が初々しいと思い、ミリアは少なからず上機嫌になっていた。

 そうして2人っきりで黒き山を目差し、道中疲れることも無く、街の人々に盛大に祝福を受け、勇者タナカと聖女ミリアを乗せた馬車は黒き山の麓へとたどり着いた。


「近づきすぎて山の大きさが分からないな」


 森に入るまでは黒き山の全貌が見えていたが、近づきすぎて今では壁にしか見えなかった。しかも、森に入ったせいなのか、黒き山に近づきすぎたせいなのか、晴れた昼間なのになんだか薄暗い。いかにもラスボス手前です。っていう雰囲気に包まれていた。


「魔王は山のてっぺんに城があるわけ?」


 遠くから見て黒き山の全貌はよく見えていたし、周りに飛んでいるのが鳥ではなくドラゴンなのも縮尺のおかしさで修正されて理解した。だがしかし、山頂付近に城らしき建造物は全く見えなかったのだ。


「黒き山自体が魔王の城なのです」


 ミリアはとっさに嘘をついた。日本人として生きていた時の記憶で、確か最初のころのRPGでは、ラスボスは城を持っておらず洞窟の奥深くに隠れ住んでいた気がした。横スクロールのゲームでは敵の城の仲もダンジョンになっていて、攻略しながらボス部屋に進んでいったと記憶している。地下にマグマがあったりして、降れるとダメージがあったような記憶がある。


「じゃあ、どっかに入り口があるんだ」


 タナカにそんなことを言われてしまい、入り口を探すために馬車で黒き山のふもとを確認する羽目になってしまった。その間もミリアは色々考えたが、何一ついい策が思いつかない。焦るミリアをよそに、御者がぽっかりと空いた穴を見つけてしまった。


「たいしてでかくないな」


 穴の前に立ち、タナカは首を傾げた。馬は入れるが、馬車が入れそうにない。馬車を残していくのはいささか不安である。


「魔よけの護符が施された馬車ですから、魔物に襲われる心配はありませんわ」


 ミリアはそう言って、タナカに洞窟の中に進むよう促した。


「わかった。じゃあ、行くか」


 そう言ってタナカはミリアを連れて洞窟の中に入っていったのだった。

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