第161話 以心伝心

 玄関先に兄弟がズラリと並んでお見送りをしてくれている。ゲームに白熱しすぎてつかみ合いのケンカになったから全員スーツがヨレッヨレなんだけど。俺もあちこち引っかかれて痛てえ。


「これからも統基と仲良くしてやってね、比嘉さん」


「俺とも仲良くしてね、叶ー」


「黙れ、孝寿! ほら、早く帰ろーぜ、叶。門限過ぎちゃうよ」


「あ、うん。おじゃましました! 晩ごはんまでいただいちゃって、すっかり長居しちゃってすみません」


「また一緒に食べようね! 気を付けてねー」


「お姉ちゃん、また来てねー」


 叶が笑顔で手を振り、慶斗が開けてくれるドアから会釈しながら出た。バタンとドアが閉まると、あはは、と声に出して笑いながら叶が俺の顔を見る。


「すみませんねえ、うちの兄弟が騒がしくって」


「いえいえー。すっごく、楽しかった!」


「え、そう? マジで? 引いてない?」


「全然引いてないよ。兄弟がたくさんいるとにぎやかでいいわね」


 そういえば、男どもがゲームに熱くなってる時に珍しく叶も大きな声で声援を送ったり、はしゃいでハイタッチしたり楽しそうにしてたな。普段は堂々と落ち着いた雰囲気をまとう叶がテンション高くキャッキャしてるのはレアだ。いいもん見せてもらった。


「大人のくせに大人げないヤツばっかだからな。廉も言ってたけど、叶が良かったらまた来てよ」


「うん! 私もまたみんなと遊びたい」


 あー、良かった。大きな難問、兄貴たちすらあっさりクリアするとは、叶、あなどれん!


 もうすっかり夜なのに、自転車をこぎ始めると汗ばんでくる。あちー。


「やっぱりホストって美形ぞろいなのね。あんなにイケメンに囲まれたことなんてないからどうしたらいいのか分からなかったわ。孝寿さんなんてもう、女優さんみたいにキレイな顔してるんだもの」


 それ唯一ホストじゃねーヤツなんだわ。


「惚れたとか言うんじゃねーだろーな」


「また勝手な想像してにらまないでよ。顔はすごくキレイだけど、何考えてるのか分からないって言うか、ミステリアスすぎるわ」


「分かんなくていいよ、あいつの考えてることなんて」


「亮河さんもすごいわね。すごく頼れる大人って感じ。みんなにすごく優しいし気配りもすごいし、すごくすごいわ」


 お前の語彙力のなさもすげーよ。すごいしか言葉知らねえのか。


「惚れたとか言うんじゃねーだろーな」


「だから、にらまないでよ。お子さん5人もいるいいパパさんなところも含めてすごいなって感じだから惚れないわよ。らんぜちゃんもすごくいい子だったし、あーこのお父さんなら納得ーって感じ」


 らんぜが今日の話聞いたら私も呼んでよって騒ぐんだろーな。目に浮かぶわ。


 笑顔の叶と兄弟たちの話をする日が来るなんて思ってもみなかった。隠すことしか考えてなかったもんな。俺ほんと、叶の純粋さなめてた。


 叶はまるで、偏見なんか持たない。ホストである兄、じゃなく、俺の兄としてそのまんまあの兄貴たちを受け入れてくれている。

 ホストって仕事に偏見を持っていたのは、俺の方だったのかもしれない。


 叶の家の前まで着いて、自転車を降り、スタンドを立てる。


「今日はありがとうな。遅くなって悪い」


「ううん、こちらこそ。お兄さんたちにもありがとうございましたって伝えておいてね」


「分かった。明日海行く予定だったけど、疲れてない? 週末にでもズラす?」


「大丈夫! このテンション上がったまんまの方が走れそう!」


 ほんと、テンション上がってんな。かわいい。


「電車で行って海で泳ぎたい気もするけどね、俺は」


「統基が危ないから海には入らないようにしようって言ったんじゃない」


 そうなんだよな。今年は泳ごうと思って調べてみると、らんらんビーチは浅瀬でも急に深くなるらしいから叶を放すには不安すぎる。だってコイツ泳げねーんだもん。


「遠浅の海調べとくよ。充里たちも誘って、みんなで海で騒ごうぜ!」


「うん! 愛良にも声かけとくね」


 曽羽の水着姿か。そいつは楽しみだ。水着を着たら叶よりも目立つであろうボディの持ち主だからな。あかねもうっせーからわざわざ誘って遊びたくねえけど、海だけは誘うか。絶対、叶や曽羽に張り合って気合いの入った水着を選んでくるだろう。


「何考えてるのよ」


「え」


 自転車の横で腕組みして立っている叶が、俺の思考を読んでいるかのように険しい顔でネコのように鋭い目を俺に向けている。


「楽しい夏休みになりそうだなーって」


「ふーん」


 うん、コレ観察・研究の成果が出ちゃって俺が想像してたもんがバレとるな。


「でも、俺が一番見たいのはお前の水着姿だよ」


「うれしくないわよ!」


「間違えた。俺の目に見えてんのはいつでもお前だけだよ」


「もー、ほんっとに口から生まれて来たような人ね。適当なことばっかり言う」


「すねてんの? 俺お前のすねてる顔も好きだよ。かわいい」


 真っ赤になって絶句してしまった。あー、マジかわいい。今日は朝から緊張してて叶の顔見てもチューしたいと思う余裕すらなかったな。


 そっと叶を抱きしめると、叶も両腕を俺の背中へと回してくれる。なんだかんだ言っても、叶は俺を受け入れてくれる安心感に満たされて幸せな気持ちになる。


「叶」


 名前を呼ぶと、真っ赤な顔を上げて目を閉じる。もはや、以心伝心――


 パッと玄関ポーチの電気が点いて、ドタドタと靴を履いているような音が聞こえる。焦って叶の体から離れたのと叶の家のドアが開いたのが同時だった。あっぶねー。


「叶ちゃん! 遅いから心配してたのよ」


「ご心配おかけしてすみません、叶ママ。無事に叶ちゃんをお届けにあがりました!」


「ありがとう。入谷くんの家に行くって聞いてたから、大丈夫だろうとは思ってたんだけどねえ」


 だけどねえ、がなまってる。叶ママは超局所的ななまりが取れねえな。


 おやすみなさいー、と叶ママと叶が家に入るのを見届けて自転車にまたがる。あー、今日チューしてねえ。


 まーいっか、明日がある! 自転車で片道3時間、周りにいるのは二度と会わねーような知らんヤツばっかだから、人目も気にせず浜辺でチューしよ。

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