第139話 別れを惜しむよりも笑おう

 正門の前でまた2年1組の生徒たちが固まってしゃべっていると、


「早く解散しろっての!」


 とまた高梨がやって来た。


「よし、帰るかー。明日は36人、力を合わせてがんばりましょー」


 充里の掛け声で、みんな、おー! と声をそろえて拳を挙げる。


「まあ、がんばるのは35人やけどな」


 楽しそうに拳を振り上げていた叶が固まってしまった。みんなも叶を見ている。このエセ関西人! いらんことを!


「がんばるのは36人だよ。叶もせっまい飛行機の席で長時間のフライトをがんばるんだから。エコノミー症候群に負けんなよ」


「え? 何それ?」


 ほんと何も調べてないんだな、コイツ。引越し慣れてるとは言え、すげーな。


「3年のクラス替えもまともにされないといいね」


 髪の色と同じ虹色綿菓子のようなフワフワとした声と笑顔で曽羽が言う。


「高梨のことだからめんどくせーっつってやんねーだろ、どーせ」


「俺もう担任したくねーんだけど。仕事がえらい増えるんだよ」


「あおたんでいいよ、あおたんで」


「高梨副担任に降格な」


 みんなが笑う中で、叶も笑っている。そうそう、笑って別れよーじゃないか。たった1年だ。1年後には、叶はここに戻って来るんだから。


「比嘉さん、元気でねー」


「がんばってねー」


「また来年ー」


 門を出て、方向が別れるクラスメートたちが口々に叶に声をかける。友達が少ない叶は返す言葉に困るみたいで、笑って手を振って返している。


 しばらく歩くと、仲野と行村とも別れる角に着く。


「比嘉さん! 戻って来るの待ってるから!」


「ありがとう、仲野」


 珍しく叶が仲野相手に笑顔を見せる。ゴリラが大口開けて喜んでる。


「比嘉さん! 見た?! 今、比嘉さんがニコッて! 見た?! 入谷!」


「見た見た。友姫も見たよな」


「見た。結局比嘉さんがいいんだ。じゃあね、比嘉さん。元気でね。また来年」


「うん、ありがとう」


 友姫が仲野に冷たい視線を投げてひとりで歩きだす。


「え?! あ! 待って、友姫!」


 仲野が友姫を追いかけようとしながらも叶の顔を見ている。


「比嘉さん!」


「早く追いかけた方がいいんじゃねーのー」


 行村に言われてもなお、


「え、そうなのか? あの、比嘉さん! 待ってるから!」


 まだ叶を見ている。しつけえ。そして女に慣れてなさすぎる。そうなのか? じゃねーんだよ。間もなくフラれるな、マザゴリ。


「分かったわよ」


 いつも通り素っ気ない返しをされると、それはそれでうれしそうだ。キモい。はよ友姫を追いかけて去れ、変態。


「ブルックリンのダンボってとこでさ、日曜日にフリーマーケットやってんだって。おしゃれスポットらしいよ」


「へー、そうなんだ。ありがとう、行ってみるわね」


 こういうところがマザゴリと違って行村がモテる理由かね。叶もうれしそうに笑って手を振った。


 仲野、行村とも別れ、残るは俺と叶、充里、曽羽、佐伯、あかねだ。


「入谷の彼女ポジはうちが守っといたるから、安心してなー、比嘉さん」


「え? どういう意味?」


「だって、比嘉さんがおらんなったら入谷またモテるやろうからさー。うちを彼女ってことにしとけば他の女から遠ざけられるって訳や。礼はええで、うちと比嘉さんの仲やん」


 あかねのヤツ、何をめちゃくちゃな理屈で恩を売ってんだ!


「え? モテる?」


「モテねーから、安心しろ! 俺が叶一筋なのはもう学校中に知れ渡ってるから!」


「だって、遠距離なんか寂しいに決まってるやん。告ればコロッといってまうやろって狙ってくる女が絶対おるで。だから、うちを彼女ポジに置いておけば安心やろ」


「え? コロッと?」


「いかねーから! 黙れ、1号!」


 そんな女がもしもマジで現れたら、1年の初めみたいに気ぃ遣って断らずにこっぴどくフッていいよな? 遠距離の彼女がいるのを分かってて寂しさにつけこもうとする女なんかロクなヤツじゃねえ。


「俺が浮気しねーように見張っててあげるよ、比嘉さん! まー、心配しなくても入谷は硬派な魅惑の男だから大丈夫だろ。どんなかわいい子に告られても落ちなかったのを俺らは見てるから安心しなよ」


 ナイスだ! 佐伯!


 俺はその話を叶にしたことはねえ。そんな話をこんな場面で初耳なら、かなり安心してもらえるだろう。


「え……そうなの? 統基」


「言っただろ、俺の初恋をお前に捧ぐ」


「チャラいんだよね」


 と言いつつも、安心したように笑った。


 またねー、とごく軽く桜三中出身のふたりが角を曲がって行く。まあ、別れを惜しむよりこれくらいあっさりの方が寂しさを感じなくていいかもな。


「充里、また曽羽んち?」


「うん、最近俺も曽羽ちゃんちで晩メシ食わせてもらってんの」


「すげーな、完全に親公認だな」


「俺んちにも曽羽ちゃん何度か泊まりに来てるしな」


「充里の家って会社やってるんでしょ?」


「充里の家の1階が会社で2階と3階で暮らしてるの」


 俺、充里、叶、曽羽。


 1年の入学式で出会ってから、ずっとこの4人でつるんできたよなあ。まさか、卒業前に欠員が出るなんて、思ってもいなかった。

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