第117話 プラトニックなお付き合い
修学旅行3日目、帰りのバスが高速のサービスエリアで停まる。別にそうしようって言ってた訳でもないんだけど、俺らの班と叶の班が一緒にショッピングコーナーに入る。
「……なあ、もしかして、マザゴリと友姫って付き合いだしたりしてねえよな?」
仲野の腕にまとわりつく友姫を見て、行村に尋ねる。
「昨日の肝試し、あれ佐伯のためってのは口実で友姫が仲野を落とすために持ちかけた話らしいぜ」
「は?! 友姫がマザゴリを好きだったってこと?」
「そ。昨夜吉永に聞いた。一途に比嘉さんを追いかけてる姿を見て惚れたんだと」
俺の隣を歩く叶と目が合う。あの姿のどこに惚れる要素が?
「まー、仲野の方は友姫なんか何とも思ってねーよって言ってたけど、どう見てもまんざらではねーよな、あの顔」
行村が仲野を指差して笑っている。デレッデレじゃねーか。何をモテ男みたいなことを言ってやがんだ。ゴリラのくせに。
「見事ゴリップル誕生って訳か」
「ゴリップル?」
「あ! 待って! 考えさせて! ゴリラ……プル? アップル?」
充里がゴリップルをクイズにしだした。そして安定のゴリラに到達するまでの早さよ。
「ゴリラアップルって何だよ」
津田がツッコんだ。お、ナイスヒントなんじゃね?
「分かった! ゴリラカップルだ!」
おおー、行村はなかなか鋭いようだな。
「ピンポーン」
「あはは! ゴリラカップル! まさにゴリップルだわ」
「お似合いだよねー」
「まさかマザゴリまで彼女できるなんて! なんで俺だけ何も進展なしなんだよー! 実来ー!」
「うるさい! もう佐伯ヤダー」
進展なしどころか後退してんじゃねーか。
土産はすでに買ってるけど、郷土品が目につくと興味を引かれる。なんとなく土産物コーナーを見ていると、ビニールでできたツキノワグマのぬいぐるみのような物があった。
足の下にコロコロが付いていて、首輪につながれているひもを引くと犬の散歩のように進ませることができる。
「お、それ廉が赤ちゃんの時にお気に入りだったおもちゃにそっくりだな」
「充里、人の弟のことまでよく覚えてんな」
「廉って?」
「俺の弟。懐かしいな、これ。廉が歩くようになった頃に、親父が張り切って俺と廉を動物園に連れて行ってくれたんだよ。そこの土産物屋にあったのとそっくりだわ、これ」
「へえ、そうなんだ。何か思い出でもあるの?」
ふっ、そうだな、ほろ苦い思い出が……。
「廉が一目で気に入ったもんだから親父が買ってやって、リビングで1日中散歩させたりそりゃもー大事にしててさ。でも、俺……廉をクマに取られたような気がして、我慢できなくなって廉が風呂に連れてかれてる隙にボッコボコに蹴ったり殴ったりしてただのゴミにしちゃったんだよなあ……」
「ひどいお兄ちゃんね」
叶が失望の眼差しで俺を見る。あの時は、純粋に廉をひとり占めしたかったんだよ。
「ね。廉その時はめっちゃ泣いたけど、翌日にはすっかり忘れたみたいだったから、俺も今の今まで忘れてたわ。これも土産に買ってくか」
まあ、小6になった廉が喜ぶとは思えねえけどな。確実に覚えてねえだろうし。
夕方4時ごろ、バスが学校に着き、帰校式とか言って校長たちの長い話を聞いて解散となる。
「今日はまっすぐ帰る? 疲れただろ」
「そうね。パパとママが休み取って待ってるし」
「休み取ってるの? さすがに過保護すぎるだろ」
「あ、休みって言っても午後から半日だけよ」
「十分、過保護だよ」
すげーな。1分1秒でも早く叶の顔が見たいんだろーな。そう聞いちゃあ、寄り道していくのも悪い気がしてしまう。
修学旅行中は別行動も多かったから、俺もまだ一緒にいたいけど、しょうがねーな。
「じゃあ、また明日。ちゅっ」
ふざけ半分で投げキッスを投げる。笑った叶が、
「また明日」
とほっぺにチューしてきた。え!
「これくらいなら、どう?」
これくらいとか言いながら、思いっきり顔真っ赤なんだけど。何コイツ超かわいい! 心臓が急速に早鐘を打つ。
「なんか、これはこれで来る! ピュア感がヤバい!」
「ほっぺでもダメかあ」
ガッカリしたように、首をかしげながら下を向く。俺のためにできるラインを探ってくれてんのか……あ、なんか、ドキドキとはまた違うキュンとする。
俺も叶の気持ちに応えたい。逃げてばっかじゃダメだな。俺言ってたじゃん、まだ中身小学生だった叶に。慣れだって。
「ありがとう、叶」
俺も思い切って叶のほっぺにチューをする。笑い合って、手を振って叶が家に入るのを見届けて歩き出した。
すでにやってんのに、何このプラトニックなお付き合い。
あー、でもダメだ。ほっぺにチューだけでもこんなにも鼓動が速くなるなんて、口にチューなんてマジで一生できないんじゃねーの……。
家の門を入り、玄関ドアへと歩く。おお、久しぶりの我が家よ!
「ただいまー」
「おかえり! お兄ちゃん!」
奥から廉が走って来る。満面の笑顔だ。かわいいな、おい!
「おかえりなさい」
と母さんもやって来る。
「あ、帰ってたんだ」
「ええ、私たちもさっき帰って来たの。銀二は店をチェックしに行ってていないけど」
「店のことは兄貴たちに任せたんじゃねーのかよ」
「あ! このクマ!」
俺が抱えていたツキノワグマのおもちゃに廉が気付いた。
「廉にお土産。これさ、ひも引っ張ったら」
「お散歩できるやつでしょ! 懐かしい! お兄ちゃん、ありがとう! 覚えてくれてたんだ!」
懐かしい? へ? 廉、覚えてんの?
「へー、懐かしいわねえ。あなたがぐちゃぐちゃにしたヤツね」
「そこには触れないでください、お母様。大変反省しております」
「ふふっ。罪滅ぼしに買って来たの?」
「いや、廉が覚えてないだろうから罪滅ぼしになると思ってなかったんだけど」
うれしそうに廉がツキノワグマを散歩させている。あのころはクマと大差ない身長で襲われてるようにも見えたもんだったのに、大きくなったなあ、廉。
廉が喜んでくれて良かった。デカくて正直帰り道でジャマだったけど、買ってきたかいがあるってもんだ。
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