第106話 自己中女もお姉ちゃん呼びには弱い

「パーパー」


「おー統基、どうした?」


 俺に向かってまっすぐハイハイしてきた統基を抱き上げる。お、ずっしりとだいぶ重たくなってきやがったな、統基も。


 俺のうねりまくるくせ毛を統基が小さな手でわしゃわしゃにしてくる。


「あはは! やめなさいー、統基ー」


 自分だって、俺そっくりなクルクル髪のくせにー。優しく統基の髪をなでると、にっこり笑って俺の胸に抱きついてくる。


 あー、かわいい! たまらん!


 思わずギュッと統基を抱きしめると、


「ちょっと! そんな力込めないでよ! 力加減のできないゴリラ!」


 とママに叱られてしまった。


 ベッドの上でカッと目を見開く。


 ……なんっちゅー、夢を……


 スマホを手に取り時間を確認する。4時か……2時間しか眠れてねえ。2時間しか寝てねえのに、こんな夢ってあんまりじゃねーか?


 汗びっしょりなんだけど。


 てか、誰だよ。ママって誰だよ。ママは初登場だわ。俺の周りに本人に面と向かってゴリラと言い切るような荒くれた女はいねーぞ。


 また毎晩の赤ちゃんの夢が戻って来たー……。


 南紗のせいか、赤ちゃんがよりリアルだわ。ずっしりくる重さや、抱っこした時の柔らかさ、笑顔のたまらんかわいさ……。


 もう俺、どんな事実が分かったとしても心から俺の子供じゃなかったんだーとは思えない気がする。


 俺の子供でもいいような気も、してくる。


 いや、ダメだろ、それは。俺は子供を育てることなんてできないし、天音さんは日野さんと結婚すると決めている。誰の子供であれ、日野さんが子供の父親になるんだから。


 手に持ってるスマホで、「夢占い 赤ちゃん」と検索してみる。


 夢って意味があるって聞いたことがある。俺は別に赤ちゃんを気にしてる訳ではなくて、単に何かの暗示なだけかもしれない。


 赤ちゃんって普通、めでたくて幸せと平和の象徴じゃん? なんか俺、いいことが起こる暗示なだけかもしんない。


 あー、ほーら、やっぱり。


 赤ちゃんの夢は吉夢なんだよ。元気のいい男の子の赤ちゃんだった。よし、いいことしか書いてない。


 ……男性が赤ちゃんの夢を見た場合、父親になるプレッシャーを感じています……俺は父親にはならねえ。なるのは日野さんだ。俺はプレッシャーなんか感じてない。


 これは当てはまらないな、無視しよう。


 あ! これ、まさにだ! 自分が赤ちゃんになる夢!


 ひとりでは生きていけない赤ちゃんのように、自身のケアが必要な状態を表しています。心身ともに健康がむしばまれているサイン。病院に行きましょう。精神が不安定になっています。しっかりと睡眠をとり、身近な人、信用できる人に相談しましょう。話を聞いてもらうだけでも安心できるものですよ。


 ……話を聞いてもらえったって、誰に?!


 充里か?! 生まれた時からの付き合いで、小中高ずっと同じクラスで一緒に遊んできて、俺の人生で一番濃いのは親父よりも充里だろう。


 俺さー、付き合ってもねえ年上のお姉さんに子供できたかもしれなくて、毎晩夢に赤ちゃんが出てきて超かわいがってんの。まー、赤ちゃんって言っても見た目完全に俺だし統基って名前なんだけどね?


 って、それこそ精神病んでるヤバい奴だと思われるわ!


 いくら親友でも友達に話せる内容じゃねえ! だいたい、充里に相談なんてしてもムダだ。人生で悩んだことのないあいつが俺のために真剣に頭使うとは思えねえ!


 こんなモヤモヤを抱えたままでいるのは嫌だ。誰かにガツンと叱られて、1度徹底的に落ちれば乗り越えられるだろうか。


 兄貴達はダメだ。どいつもこいつも俺を叱ることなんかできない、いいかげんな奴らばっかだ。唯一ちゃんと俺を責めてくれたのは孝寿くらいだ。


 その孝寿も、反省しろって言うくらいで、やっぱり俺に甘い。


 同じ男のせいだろうか。


 だからって、こんな相談を女になんて絶対できない。叶には嫌わてしまうかもしれないし、曽羽なんか超論外だし、妹ポジにきた美心になんてとんでもない。


 花恋ママ……親父と廉と4人で家族としては十分打ち解けたとは言え、親子でもない姉弟でもない微妙な関係の母さんにできる話ではない。


 ん? 姉弟? ……いるじゃん! 超辛辣な言葉を吐いてくれそうな、地の果てまで蹴落としてくれそうな、ほとんど俺と無関係だからこそ話せそうな女!




 1本道のはるか遠くから歩いて来る人影に、なぜか目を奪われた。近付いてくると、やっぱり強烈な圧力を感じる。


 気付かれないうちに逃げたくなるけど、俺にはもう、この人くらいしか相談なんてできる相手はいないんだ。逃げちゃダメだ! 逃げちゃダメだ!


 ひるむな、向こうが気付く前にこっちから行くんだ! 意を決して、ミーナの前に立ちはだかる。


「またあんたか。ガキに用はない。帰れ帰れー」


 シッシッと邪険に扱われる。やっぱりこの人なら、きっとちゃんと俺を叱ってくれる!


「お願いだよ、話を聞いてくれるだけでいい! 話を聞いて、ガツンと俺を叱ってほしいんだ!」


「客と同じこと言うわね。高校生にしてドMに開花してるなんて将来有望じゃない」


「誰がドMだ! 俺はS傾向だ!」


「高校生にして変態なのは同じよ!」


「変態じゃねーわ!」


 って、違う違う、待て! 落ち着け! このままじゃ前回と同じく自己中に去られてしまう。


「俺、もうお姉ちゃんしか頼れる人がいないんだよ。お願いだから俺の話を聞いて、お姉ちゃん!」


 俺は美心にお兄ちゃんと呼ばれたらかなり心躍ったものだが、この自己中女はどうだろうか。美心と違ってもしかしたら本当に姉弟かもしれないんだし、ほっとけない気持ちになるだろ? いや、なって? 自己中だって同じ人間だろ?


 こんなんでも人間の形をしているからには、多少なりとも人間らしい感情も持ち合わせているはずなのに、ミーナは思いっきり俺をにらみつけたままだ。怖いよー、助けて、充里えもん!


「お姉ちゃんですって?」


 怒ってる! あれか、彼女の父親を思わずお父さんって呼んだら「お前なんぞにお父さんと呼ばれる筋合いはない!」ってキレられるみたいなやつ!


 しまった、裏目に出たか! この女には、お姉ちゃんと呼ばれたところで弟を愛でる気持ちなんて湧かないんだ!


「ちょっと、もう1回言ってみてよ」


「……え? お姉ちゃん」


「もう1回!」


 顔怖いままなんだけど、これ、もしかしてデレてねーか?


「お姉ちゃん! お願いだよ、お姉ちゃん! 俺の話を聞いてくれる? お姉ちゃん!」


 一気に距離を詰め、俺より背が高い上にヒールを履いてるミーナを上目遣いで見つめてお姉ちゃんを連呼してみる。


「しょーがないわね~。話くらいなら聞いてあげてもいいわ。こっちの階段下に来なさいよ」


 店へ上がる階段の下にあるスペースへとミーナが歩いて行く。階段下? 行ってみると、なるほど、店に上がっていく他の店員からは全く見えない死角だ。


「で? 何の話なの? 入谷の話なんでしょ?」


「入谷? あー、親父? うんにゃ、親父の話なんてする気ない」


「は? じゃーなんで、こないだは入谷だって売り込んでたのよ」


「身分を明かした方が話を聞いてもらえるかと思って」


 全く聞いてもらえなかった訳だけれども。

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