第105話 妹ポジは互いにWin-Win

 終わるのが遅いで有名な吹奏楽部の掃除まで終わってから話してるもんだから、すっかり外は暗くなって来ている。


「帰るか。遅い時間にわりーな」


「ていうか入谷先輩、部活終わるの待ってたんですか? 今日先生来なかったから声かけてくれれば良かったのに」


「謝りに来といて部活の邪魔するとか、ふざけんなって話じゃね?」


「あはは! 言われてみればそうかも。待ってなさい! って感じかも」


 1階まで降りて、嵯峨根さんが気付いた。


「鍵! 音楽室の鍵締めてない!」


「嵯峨根さん、友達に鍵渡してたじゃん」


「やだもぅー、また階段上って職員室に鍵取りに行って音楽室の鍵締めて来なきゃ」


「だるー。いーんじゃね? 締めなくても」


「ダメですよ! 音楽室に泥棒でも入ったらどうするんですか! 楽器って高いんだから」


「しゃあねーなー」


 あー、また4階まで階段上るのか。だっり。


「誰に言えば鍵もらえんの? 俺締めて来てやるから先に帰れよ」


「え? いいですよ、入谷先輩こそ先に帰ってくれていいですから」


「男の俺の方が体力あるんだから大人しく任せとけ。誰に鍵もらえばいいの?」


「今日は高梨先生ですけど、吹奏楽部じゃないのにもらえるのかな?」


「高梨かよ。高梨ならもらえる。じゃー、またな!」


「あっ……」


 嵯峨根さんが何か言ってるけど、瞬発力に頼って勢いよく階段を駆け上がる。


 案の定、高梨は理由を聞くこともなくあっさり鍵を渡してくれる。部外者にでも渡しかねねえな。


 瞬発力しかねえ俺は4階まで着く頃にはヘロヘロなんだけど。


 音楽室と念のため音楽準備室もちゃんと施錠されてるか確認して、今度は階段を下りる。鍵を返して1階まで下りると、まだ嵯峨根さんがいた。


「え? 待ってたの? もう暗いから先に帰れっつったのに」


 冷たいようだけど、嵯峨根さんを家まで送り届ける気なんかねーぞ。


「入谷先輩に言い忘れたことがあって。ひとつだけ、お願い聞いてもらえませんか?」


 えー、めんどくさいお願いなら断ろ。


「何?」


美心みみって呼んでもらえませんか? 私、嵯峨根って苗字好きじゃないんです。なんか男っぽいって言うか、強そうな印象ありません?」


「あー、たしかに嵯峨根ってよりは美心っぽいな、嵯峨根さんって。OK、りょーかい。帰るか、美心」


「キャー! はい!」


「キャーって何なんだ。言っとくけど俺、名前呼び捨てしてる女友達も多いからね? 勘違いすんなよ」


「分かってますよー」


 なぜか俺の靴箱へと美心がついて来る。上靴から履き替えて、流れで1年生の靴箱について行く。


「名前は親からの最初のプレゼントなのに、なんでミミなの? ご両親、難聴でも患ってんの?」


「この子の耳がよく聞こえますように、って、どこの親がそんな由来で名付けるんですか! 美しい心と書いて美心なんです」


 おお、ノリツッコミまでやってのけるとはレベルたけーな。何のレベルかは分からんが。


「心でミは強引過ぎねー? キラキラしてねー?」


「そんなことないですー。光宙と書いてピカチュウ、姫星と書いてキティくらいでやっとキラキラなんですー」


「それ、すげーな!」


「知りません? 結構有名どころだと思うんですけど。黄熊と書いてプウとか」


「何それ! じゃあ、赤猫と書いてジバニャンじゃん」


「そうそう! そして無能執事と書いてウィスパーです」


「それウィスパーディスってるだけじゃん」


 なんか、廉が好きな妖怪ウォッチの話してるせいか、ここまでちっせー女の子と並んで歩いてると廉と歩いてるような感覚になってくる。


「俺、弟しかいねーからさ、妹いたらこんな感じなんかな」


「あ! 私もお姉ちゃんしかいないんですよ! ずっとお兄ちゃんが欲しかったから、入谷先輩のことお兄ちゃんって呼んでもいいですか?!」


 美心がキラキラした笑顔で見上げてくる。


 お兄ちゃん?!


 なんて、心躍るくすぐったい響きなんだ。廉に毎日お兄ちゃんって呼ばれてるのに、女の子に呼ばれると全然違う!


「しょ……しょーがねえなあ、美心はー。まあ、お前がどうしてもってんなら、呼んでもいいけど」


「きーまり! ねー、お兄ちゃん」


 笑いながら俺の顔を覗き込んでくる。いいねー、嬉し恥ずかしいニュー感覚だわ。


「じゃーな、美心。気を付けて帰れよ」


「はーい! お兄ちゃんも!」


「お、おう」


 なんか……お兄ちゃんって呼ばれると、3割増でかわいく見えてくるな……。


 美心と校門前で別れて、あ、叶が気にしてるかもしれないから連絡入れとこう、とメッセージを送った。


 すぐ近くで、ペコンと通知音が聞こえる。


 ……え?


 もしかして……あ、と送ってみると、またペコンと聞こえた。


 いるな、あいつ!


 周りをキョロキョロ見回すと、慌てた様子で街灯のついた電柱の陰に身を隠す人影が見えた。ツカツカとまっすぐ歩く。


「おい。まだストーカーしてんのか、お前」


「かなり久しぶりだから、腕が鈍ったみたいね」


 叶が制服を着てカバンも持ったままで立っている。


「家に帰ってねえの? ずっと俺の後をつけてたの?」


「えーと……」


「そうなんだな。なんでそんなこと……」


 そんなに美心のことを心配してたのか? かなり気にはしてたもんな。だがしかし、それにしてはえらく動揺してるしバツが悪そうに目がスイスイ泳いでいる。


 ……コイツ、まさか美心を心配って言うよりも……


「お前、俺が二股かけんじゃねーかとか思ってつけてたんじゃねーだろうな」


「えっ……ソンナことはないワよ」


「嘘つくのも苦手なんだな」


「だって、嘘はついちゃいけませんってママにもパパにも言われてきたから」


「それは過保護じゃねーわ、しつけだわ。何をくだらないこと考えてこんなに暗くなるまでウロウロしてんだよ、お前は」


 しょうがない。俺の家の方へ歩いてたけど、叶の家へと軌道修正だ。


「だって、統基が嵯峨根さんと付き合うって言い出したり私には家に帰れって帰らせようとしたりするから」


「言い出してねえ。はしょり過ぎだろーが」


 全然事実と違うんだけど。どうなってんの、叶の頭の中って。


「全部見てたの?」


「うん、見てた」


「じゃあ、よく分かったな。俺が二股かける気なんか一切ないことも、美心はもうただの妹ポジションなことも」


「うん、そうね」


「疑ってごめんなさいは?」


「……ごめんなさい」


 全く、申し訳なさそうに両手を合わせて上目遣いで見上げてきやがって、最強にかわいいな。気は済んだし、素直に謝ったから許してやるとするか。


「なんで疑うかねー。俺ほど信用できる彼氏そうそういねーと思うんだけどな」


「だって、統基最近全然……」


「全然?」


 全然? 全然って何だ?


 叶を見ると、真っ赤になって口ごもっている。


「なんで照れてんの?」


「照れてない!」


「全然、何?」


「全然……」


 叶がまっすぐな目で見つめてくる。ドキドキしてきて、受け止めきれなくなって目をそらす。


「あ、あー……ママ晩メシ作り終わって待ってるぞ、これ」


 叶の家から魚を焼いてるようないい匂いがしてる。


「あ、ほんとだ」


「早く帰ってやれよ。心配してんじゃねーの? こんな遅くなって」


「……してるかも」


「嘘つけねーくせに心配かけてんじゃねーよ」


「そうね……送ってくれてありがとう、統基」


「送らせてくれて、ありがとー!」


 ふざけて言ったら、叶も笑った。手を振って、叶が家に入るのを見届けて自宅へと歩き出す。


 あー、ヤバかった。


 どうにも叶を抱きしめたくなってしまった。よく堪えた、俺! がんばった、俺! あんなに目ぇ見られたんじゃ、思いっきり抱きしめちゃうとこだわ。

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