第103話 あざとかわいい後輩の本当のキャラ
どーすりゃ良かったんだよ。もー、分かんねえ。
嵯峨根さんが泣きながら教室を出て行ったものだから、俺はまんまと悪者だよ。
でも、俺は自分が間違ったことを言ったとは思えない。
正直に言っただけだ。俺は叶に嘘はつかないと決めている。叶がいたから、正直に言っただけだ。
あんなに小さくてかわいい嵯峨根さんが泣いたら、理性がぶっ壊れて余計に泣かせちゃうのは目に見えてた。だから、泣かれたらめんどくさいなって用心してたのに、あーあ、叶の前でやっちまったよ。
「私は少し嵯峨根さんの気持ちが分かる気がするの。中学時代から統基のことが好きで、でも言えなくて、ずっと好きなまま伝えられなかったんでしょう」
今日はバイトだ。ひろしまで叶と歩いて行く。
「なんで叶が嵯峨根さんをかばうの? 俺に嵯峨根さんと付き合ってほしいの?」
俺も叶の対象への思いの年月を感じた時にかなりのショックを受けた。でも俺は、叶を諦めたくないと思ったのに。
叶は俺よりも嵯峨根さんを優先したいのかよ?
「嵯峨根さんと付き合ってほしいなんて思ってないよ!」
「じゃあ、なんで俺を説得しようとするようなこと言うんだよ!」
「んー……ぶり返したくないけど、私も対象を追いかけて来た時間をムダにしたくないと思ってたから、気持ちは分かるの。嵯峨根さんは頭いいのに統基がいるからこんなド底辺な高校に来たんでしょう。統基のために人生を大きく変えてしまったことを、統基を好きになったことを後悔したくないんじゃないかなあって」
叶がストーカーしてた時期のことか。マジで時間のムダだけど、おかげで俺は叶と出会えた。全然ムダなんかじゃない。
……そうか、そうだ。北風と太陽だ。
俺はビュービュー嵯峨根さんに冷たくするばかりだったから、うまくいかなかったんだ。
叶が対象を追いかけてた時間はムダじゃなく俺と出会うための時間だったんだって思い込ませたのと同じく、嵯峨根さんが俺を好きだった時間もムダなんかじゃないって納得させることが必要なんだ。
よし、太陽作戦に変更だ。
「叶、俺学校に戻るわ。ケリ付けてくる」
「え……私も行く!」
「叶は帰ってて。俺、お前がいると嘘つけねえから」
「え、嵯峨根さんに嘘つくってこと?」
「嘘も方便って言うからねー」
「え、方言?」
「ほんま言葉知りまへんな。じゃーな!」
叶に手を振って踵を返し、走りながらスマホを取り出す。
「充里、悪い! バイト代わって! 俺とんでもねえ急用できちゃって」
新しいバイトさんが入ったから、期間限定の充里はお役ごめんだけど一応俺のロッカーに充里のエプロンも取ってある。昨日といい、今日といい、助かる!
学校に戻り1年生の靴箱を探す。さがね、と書かれた靴箱を人目もはばからず開ける。ひらがなで良かった。
よし、まだ学校にいる!
1年生の教室に行ってみると、嵯峨根さんの姿は見当たらない。もう部活に行っちゃってるか。
音楽室に行ってみる。広い音楽室の奥に嵯峨根さんの姿が見えた。おー、いたいた。
小さい体なのに、椅子に座って大きめの楽器を足に乗せて吹いている。タツノオトシゴみたいな形した、金ピカの楽器だ。
同じ楽器の生徒と輪になって4人で練習してるっぽい。隣の男子生徒が冗談でも言ったのか、笑いながらデコピンしてる。
男子生徒が反撃の構えを見せると、ファイティングポーズを返す。かかってこんかいとか言ってんだろな。てか、両手離して楽器は大丈夫なのか? あ、よく見るとベルトを肩にかけて楽器と繋がってるのか。
ん? 何を言ったんだろ? 男女3人が爆笑してる。嵯峨根さんが両手を羽ばたかせて奇妙な踊りを踊ると、更に腹を抱えて笑っている。
結愛が嵯峨根さんに近付いて、苦笑しながら楽器を指差して注意をしてるみたいだ。
嵯峨根さんがビシッと敬礼のポーズをすると、3人はまた笑っている。
敬礼以外、まるで嵯峨根さんのイメージにねえんだけど。
え、嵯峨根さんってあんなキャラだったの?
小さくてかわいい自分をよく分かってるあざとい女だとばかり思ってた。あんな、冗談言って周りを笑わせたり踊ったりするなんて想像つかなかったわ。
……俺の前では、精一杯かわいい女を演じてたのか。
あの驚異の情報網で俺のドS心を的確に突く女でも調べ上げてたのかもしれない。後ろめたいことのある俺には脅威を感じて疑心暗鬼になってしまう程に的確だったもんな。
たしかにさっきの嵯峨根さんだと、おもろい女友達だとしか思えねえわ。
素の自分を隠して、俺好みの女になろうとしてたんだろうか……。
俺は嵯峨根さんに何を言った。あんな陽気な女の子を泣かせた上に暴言吐いといて、全く心苦しさを感じなかったなんて、ひどいヤツだな、俺って……。
あの涙の方が演技だと決めつけてた。
俺のためにしてきたことを全否定されて、本当に溢れた涙だったんだ。
ごめん、嵯峨根さん。俺今、心から謝りたい。太陽作戦なんてナシだ。ちゃんと、嵯峨根さんと向き合って話をしよう。
もう練習始まってるのを邪魔する訳にはいかない。終わるまで待つか。
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