第29話 価値ある星

 ――研究発表が終わり、しばらくして論文審査の結果が出た。


 一同はアンリエルの部屋に集合し、真ん中に机を置いて囲んでいた。机の上には食堂から接収してきたチーズやパンが所狭しと並べられている。やがて部屋の入り口に立っていたベルチェスタが、葡萄酒の入ったグラスを手に高々と掲げ、他、五人の注目を集める。


「えー、それでは……。グレイスの『一つ星』獲得と、アンリエルの及第点突破を祝して……乾杯!!」

『乾杯!!』

 狭い部屋に乾杯の唱和が響く。


「まあ、この程度で及第点を超えられるとわかれば楽勝です。前期は落第、後期は及第、と上手く調整して、長くアカデメイアに居座るとしましょうかね」

「そんなことやって、ころっと放校処分になってもあたしゃ知らないよ……」

 アンリエルは葡萄酒に口をつけながら、自慢にならないことを得意気に話していた。冗談なのか、本気でそう思っているのか、アンリエルの真意は怪しいものだ。他人事であるはずのベルチェスタの方がやきもきしている。


 そんな二人の傍らでは、顔色を怪しげに赤く染めたエミリエンヌが、酒に酔ってしまったかのように愚痴をこぼしていた。

「わたくし、納得がいきませんわ! どうして、わたくしよりもグレイスが上の順位ですの? 論文の出来栄えは明らかにわたくしの方が高水準でしてよ?」

 実際、論文審査の点数評価ではエミリエンヌの方がずっと高得点だ。しかし、順位評価で言えば星なしのエミリエンヌより、星一つのグレイスが上になる。


「『マンドラゴールの薬効と毒性について』の研究発表は独創性があったからな。他と比較しても目立っていた。妥当な評価だろう」

 意外にもグレイスの発表を褒めたのはシュヴァリエだった。そして、シュヴァリエは何か物言いたげな表情でグレイスを見つめる。視線に気が付いたグレイスは小首を傾げた。

「…………。お前は、薬剤師でも目指しているのか? 何を目標に研究している?」


 以前にも全く同じ問いかけをされたことがあった。その時は、何も答えられなかった。改めて問われ、何か答えなければ、と必死に自分の思いを言葉にしようと試みるが、相変わらず自分の目的や将来が具体的に見えていないグレイスは答えを口に出せなかった。


 返答に窮するグレイスに、シュヴァリエが苦笑する。

「……お前の場合は、別に今すぐ答えを出す必要はないのかもな」

 呆れたというよりは、納得した様子でシュヴァリエは一人話を続ける。


「自由が許す限り、可能性を限定するな。何をするのかではなく、何でもやってみろ。そして、どこまでやれるのか試してみればいい、このアカデメイアで。……努力を惜しまなければ、お前はきっと良い研究者になれる」

 シュヴァリエの思わぬ激励の言葉に、グレイスは顔を赤くした。気恥ずかしさを誤魔化すように葡萄酒を一息で飲み干す。顔が赤くなったのは葡萄酒の所為だ、ということにしてしまった。


 そんな照れ隠しをしているグレイスをよそに、シュヴァリエは先程から葡萄酒を何杯も飲みながら、顔色一つ変えずに平静なままでいる。エミリエンヌはこの態度が気に入らないのか、酔いと熱を帯びて危ない輝きを放つ瞳に、敵意まで込めた視線を向け、シュヴァリエに噛みつく。


「……随分と余裕ですわね、シュヴァリエは。さすが『二つ星』は違いますわ。一つの研究で生物学と化学、両方の分野で星を頂いたのですもの。それはもう満足でしょう!?」

 だが、当のシュヴァリエの反応はいつも通り冷めたものだ。

「一度に二つも星を取ったからといって、結局は半期分しか課程を縮められないんだ。あまり価値はない」

「まあ、なんて言いぐさ! 胸がむかつきますわ……今の台詞!!」

 きいぃ~、と胸を掻き毟って地を踏みならすエミリエンヌ。「まあまあ抑えて……」と気の抜けた笑顔で宥めているシャンポリオンは手堅く星一つであった。


 ……そうして、試験終了の祝宴会は昼から夜まで続き、エミリエンヌが吐き気を催して部屋を出て行くまで終わることはなかった。

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