第102話 はじめてのともだち

 超高温の炎と、大量の水流とがぶつかり合って発生した熱を帯びた蒸気が全て晴れた頃、俺と対峙していたセオドアは、静かに口を開いた。


「…貴方様はプラウドロード辺境伯家がご長男、レインフォード・プラウドロード子爵とお見受けします。突然のことに驚いたとはいえ、先程の無礼な振る舞い、お詫びいたします」


「ええ、おっしゃるとおり、僕はレインフォードと申します。加えて今春から魔法学校ここの1年生として入学しましたので、あなたのかわいい後輩ということにもなりますのでよろしくお願いしますね、セオドア先輩!!あ、敬語なんて結構ですよ?そもそもこの学校では“身分の差に囚われない平等な教育”がモットーでしょう?」


「…成程、了解した。それではに問おう。何故私の前に立ち、我が魔法を打ち消した上で、愚弟への制裁の邪魔をした?」


 クリントンは突然の展開についていけず、目を白黒させながら、俺とセオドアを交互に見やる。

 が、それとは対照的にセオドアは、やはり感情のこもらない冷たい目でそう言い放った。


 氷結魔法を行使しているわけでもないのに、その視線は、周囲の木々を凍り付かせてしまうんじゃあないか?と錯覚する程の迫力を持っている。


「いえいえ、セオドア先輩。そんな大層な理由はありませんよ。貴重な昼休みに、ちょこっと変わった先生から呼び出しを受けましてね。よた話を聞かされているうちに昼休みが終わっちゃったんで、急いで授業へ向かっている途中、たまたま通りがかっただけなんですよ」


「…、か。まあよかろう。では何故私の邪魔をした。…隠れて覗き見をしていたことは不問にするとしても、そこな愚弟への制裁に独断で割って入ったことについては、適切な説明がほしいところだな」


「えっ…?」


 クリントンが声を上げ、驚いた様子で俺を見る。


「覗き見なんて…これまた人聞きの悪い。それだって大した理由なんてありませんよ。だってそうでしょ?目の前で友達が怪我をしそうになっていれば、誰だって止めませんか?」


「…と…友……達…」


 後ろにいるクリントンのかすかなつぶやきが、俺の耳へと届く。


「ふっ…友達と来たか…。それを友達とする価値などありはしないと思うがな。まあ近い将来、我がアルバトロス家とは無関係になる人間だ、私にとっては興味も関心もないことよ…」


「え〜、ほんとにそうですかぁ?その割にはさっき、使が出た時、眼の色を変えて怒ってたような気がするんですけどぉ?」


 俺はにやにやしながら、胸の前に小さく両手の人差し指を持ってくると、そのままちょんちょんとセオドアの方を指す。

 ゲッツ!…的な?


「…余計な詮索は無用だ…!君が興味本位で覗き見していたことについては、早急に忘れた方が身のためだと忠告しておこう。君とて爵位を持つ貴族ならばわかるはずだ。…縁もゆかりもない他の家門のために自身が火傷をするのは、本意ではないだろう?」


 クールだったセオドアは、やはりその話題になると途端に険しい表情となり、怒りを露わにした。


(…やっぱりな…。アルバトロス家のいざこざの肝はそこにあるか…)


「さぁて、どうでしょうかね。僕の故郷には、興味本位で他家の事情の覗き見を繰り返した結果、事件を解決に導いちゃうという、とある家政婦さんの言い伝えもありましてね。…それに言ったはずですよ」


「…むっ!?」


 俺は対峙するセオドアを見据えながら、身体の中で、急速に無属性魔力を練り込んでゆく。


「クリントンは僕の友達だと。あと人員不足の魔道具科の大切な雑用がか……仲間ですしね。人んの問題なんて僕だってまるで興味はありません。ありませんが、友達が困っているのなら話は別…」


 俺はさらに身体の中で魔力を練り込んだ。


 ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ…!!


「…友達つれ助けんのに、理由なんているかよ…!」


 超高密度の無属性魔力が可視化・具現化され、俺の身体を幾重にも淡い光が覆った。


「…ぐっ…!この魔力…!?君は、一体…!」


 身の危険を感じたのか、咄嗟に後ろに飛び退き、俺と距離を取ったセオドア。

 その場にしばらくしゃがんだまま、怒りとも悲しみとも違う、何か複雑な感情のこもったような目でしばらく俺を見つめていたが、やがて一息つくと、最初の冷たい目に戻り、スッと立ち上がった。

 同時に、俺も身体に纏っていた魔力を解除する。


「…まあいい。それを友と呼ぶのならば勝手にしろ、私には関係のないことだ。今の私には他家と争っている暇などありはせんしな」


 セオドアは、今度は座り込んだままのクリントンに視線を移した。


「クリントン、今一度チャンスをやろう。己が立場を弁え、早々に身の振り方を考えよ。所詮魔法の力を失った貴様に、アルバトロスの人間として生きていく道は無いのだからな」


「…っ!」


 容赦ないセオドアの言葉に、座り込んだまま、がっくりとうなだれるクリントン。


(…この兄ちゃん、さっきから執拗にクリントンを追い出そうとするな…。そんなに邪魔なのか…?)


 そこで俺は、タイミングを見計らって右手の人差し指を上げ、セオドアに1つの提案を持ちかける。


「…まあまあ。ではこうしませんか?セオドア先輩」


「…?」


 冷たい瞳だけをチラリと横へスライドさせ、俺の方へと視線を向けたセオドア。


「さっき話してませんでしたか?夏の一大イベント、クラス別対抗戦!ほら、せっかくの大舞台ですし、多くの観客が見守る中、因縁の兄と弟が雌雄を決する!…という盛り上がること請け合いの素敵なプランの提案ですが、いかがです?」


「何だと…?」


「レッ…レインフォード、貴様!?」


 兄と弟からほぼ同時に、疑惑と困惑の視線が浴びせかけられる。


「そのままの意味さ、クリントン。セオドア先輩も、まさか?」


 俺はにこにこしながら、立てていた人差し指をそのままセオドアへ向ける。

 もう一回、ちっちゃくゲッツ!…的な?


「ふっ…それで挑発したつもりか?…笑わせるな。何故私が逃げる必要がある?」


 セオドアは、やれやれと言わんばかりに大きくため息をつき、そっと目を閉じると右手を額に当てがいながら、ゆっくりと首を左右に振った。


「さあてそれはどうでしょうか。僕ちょっと小耳に挟んだんですよ。…クリントンは少年時代、アルバトロス領内では右に出る者無しの、誰よりも優れた魔法使いだったと」


「「…!」」


 またもや、ほぼ同じタイミングで大きく目を見開いたセオドアとクリントン。

 さすがは兄弟、お前らほんとは仲良しなの?


「…それとも先輩、他に何かクリントンと闘いたくない理由でも…」


「…黙れ!!」


 …キーッ!

 …バサバサバサ…!


 セオドアの怒号に、付近の木の枝に止まっていた小鳥たちが一斉に飛び立った。

 なかなかに気合いの入った声。

 笑ったままだが、俺も一瞬肩がビクッ!てなってしまい、ちょっと恥ずかしい。


「…いいだろう、君の挑発に乗ってやろうじゃないか。ふっ…しかしまあ、クリントンごときに私の相手が務まるとは思えんし、そもそも選手に選ばれることすら叶わんだろうがな」


「それに関してはご心配なく。


「何…?君が…?」


「…えぇっ!?」


 クリントンは再び素っ頓狂な驚きの声を上げた。

 だが俺は気にしない。


「お任せください、セオドア先輩。それに…」


「それに…?」


 俺は再びにやりと笑う。


「これは、…」


 ザザザ…。

 ザザザザザザ…。


 ぶつかり合う鋭い視線と視線。

 不意に舞い降りる沈黙と静寂。

 無機質な木々のざわめきが、やけに耳につく。


 だが、一瞬とも永遠とも思えるような沈黙を破ったのは、やはりセオドアだった。

 これまでで最も冷たい目で、何事もなかったかのように小さくつぶやく。


「…君の意図するところが何なのか、私にはわかりかねるが…。よかろう、そこまで言うなら挑んでくるがいいさ」


「ご承知いただき、ありがとうございます。この不肖レインフォード、精一杯頑張らせていただきます!」


「ふっ…。クリントンよ…」


「…っ!?」


 セオドアは再びクリントンの方を向くと、静かに言う。


「向かって来るからには、私は絶対に容赦はせん。そこの生意気な後輩に、せいぜい鍛えてもらうんだな…」


「…は…はい…!」


 そう言い放つと、軽やかにローブを翻し、セオドアは静かに去っていった。

 後ろ姿にも風格を感じるのは、やはり3年生の貫禄といったところか。


(ふう…。偶然見かけたとは言え、これでクリントン解呪計画の第一段階は何とか達成か…。セオドアがうまく乗ってきてくれて助かったぜ…。しかしあいつ、もしかすると…)


「お…おい!レインフォード!?貴様にちょっと話がある!!な…何が何だかわからないうちに、勝手にどんどん話を進めおって…!」


 俺はクリントンの唐突な叫び声と、勢いよく胸ぐらを掴まれたことで思考を止め、ふと我に返る。


「うぉお!?い…いたのかクリントン?」


 俺は身をのけぞらせ、大袈裟に驚いたフリをする。


 やっと立ち上がったかコイツ。

 セオドアがいるいないで全然態度が違うじゃねえか。

 昔関西出張中に見た、“551の蓬莱がある時〜、無い時〜”のコマーシャルみたいな奴だな。


「さっきからずっとおっただろうが!それより貴様レインフォード!一体どういうつもりだ、クラス別対抗戦やら、私を鍛えるやら…!!私はそんなこと、頼んだ憶えは…」


「頼んだ憶えもない余計なこと、だったか?」


「…!」


 俺は胸ぐらを強く掴むクリントンの両手首を、自分の両手で軽く握った。


「クリントン、君は入学したての頃、“優秀な成績を残せばクラス別対抗戦に出られるのか?”って、テティス先生に聞いてたろ?」


「…うっ!…そっ…それは…」


「それにさ。君は今でも、事あるごとに色んなことに立候補してるじゃないか。その多くは失敗に終わっているかもしれないけど、君のその前向きな姿勢、全てはクラス別対抗戦とやらに選手として選ばれるためだったんじゃあないのかい?」


「…ぐっ…ぐぬぬぬ…!」


 これまでひた隠しにしてきたことを見抜かれたとでも思ったのか、クリントンの顔がみるみる紅潮してゆく。


「き…貴様に…、貴様などに何がわかるというのだ!私に寄るな!構うな!!わっ…私から離れ…!」


 クリントンは、さらに俺の胸ぐらを強く握り、全力で俺を押し除けようと力を込めた。

 ーその刹那。


 ギュン…!!


 クリントンの丸い身体が、大きく宙を舞う。

 俺は、思い切り押してくるクリントンの力を逆に利用して軽く引っ張り、いわゆる背負い投げの体勢をとったのだ。


「……っ!!」


 声にならないクリントンの叫びが、頭越しに聞こえる。

 このまま背中から思い切り地面に叩きつけたなら、や○らちゃんやテレシ○ワもびっくりの、超綺麗な1本勝ちではなかろうか。

 …だが、それは今回の目的じゃあない。


「よっと」


 フワリ…。


 こてん…。


「!?」


 俺は、クリントンの背中が地面に叩きつけられようとするその瞬間、軽く背中を持ち上げ、そのままふかふかのベッドの上に赤ん坊を寝かせるかのように、クリントンの身体を地面に横たえた。


 一瞬何が起こったのか理解できていない様子のクリントンだったが、やがて我に返ると、しばらく大の字の姿勢のまま、高い木々の枝の間から覗く青空を、ぼーっと眺めていた。


 しばらくそうした後、クリントンは静かに口を開いた。

 俺もその隣にゆっくりとあぐらをかく。


「…いつもいつも敵わんな…、貴様には」


「あぁ」


「いや、貴様だけではない。私はこの学校の誰にも勝てん…唯の一人にもだ。…正真正銘、最弱の魔法使いだ」


「あぁ」


「レインフォードよ…。貴様は我が兄に対し、そんな最弱の魔法使いを鍛えると、そう言ったな…?」


「あぁ、言ったよ」


「私は選手になれるのか…?…ロクに魔法も使えなくなった私が……私があの兄に…勝てるのか?」


「いや、勝てないさ」


「…やはりか…。ふっ…ふふっ…それはそうだ、わかっていたとも。私はこれまでも、そしてこれからも最弱の…」


「バーカ。勝てないのは君じゃあないよ、クリントン。勝てないのは、君以外の全員さ」


「…?」


「僕が君を鍛えれば、誰も君には勝てやしない。約束するよ、クリントン・アルバトロス。最強の魔法使いの爆誕さ」


「…そ…そうか…爆誕…か。…ひっ…ひぐっ…ひっく…」


「…」


「…さっき…ひぐっ…ひっく…、貴様が言った、友達という言葉…ひぐっ…う…嬉し…かったぞ…ひぐっ…」


「クリントン…。君だって、自分の学科を諦めてまで魔道具科に入り、僕を助けてくれたじゃあないか」


「…ひぐっ…。ばっ…馬鹿者…あれは…貴様に騙されて、嵌められたのだろうが…」


「なはははっ!そうだったな!まあ大丈夫だって、泥舟に乗ったつもりで僕を信じてくれよ!」


「…ふ…不安以外の何ものでもないな…!?さすがはレインフォード…!」


 俺はたちは、ふと顔を見合わせる。


「「ぷっ!」」


「「あーっはっはっはっはっはっはっはっ!!」」


「なに泣いてんだよ、クリントン!?あっはっはっはっはっ!」


「黙れ!ぷっ…くくっ…あっはっはっはっ!貴様はいつもいつも、わけのわからん巨大魔力で、突飛な行動ばかりとりおって!あとさっき雑用係とか言おうとしてただろう!?バレているからな!!」


 俺はその場に座り込んだまま、クリントンは大の字に寝そべったまま。

 何故か俺たちは腹の底から思いっ切り笑った。


 ゴーン…ゴーン!

 ゴーン…ゴーン!


 気が付けば、授業の終了を告げる鐘の音が響き渡っている。


 あ〜あ…サイモン教授の魔術理論の講義、完全に飛ばしちゃったぜぇ…。

 こりゃあ反省文の2枚や3枚じゃあ済まんな…。

 けどまあいっか、俺一人じゃあないし!(笑)


 俺はクリントンと同じく、空を見上げた。

 木々の間から見える青空はどこまでも澄んでおり、やわらかな風が、優しく俺たちの頬をくすぐって通り過ぎてゆく。


 ー追伸。

 この後サイモン教授にめちゃくちゃ怒られた(涙)

 …あと内緒だが、セオドアもめっちゃ怒られたらしい(笑)

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