第87話 魔道具科を存続させよう!
「コホン。え…えーっと、ではあらためて。レイン君、そしてクロウ君、我が魔道具学科へようこそ来てくださいましたです。せ…先生とても嬉しいのです!一生懸命がんばりますので、みんなで素敵な魔道具を作って行きましょう!…なのです!フンス!」
パチパチパチパチ。
恐らく人前で話すことがあまり得意ではないのだろう。
顔を赤くしたパトリシア先生が、それでも一生懸命掛けてくれた歓迎の言葉に、俺とクロウも笑顔と拍手で応える。
かなり広い魔道具科の教場に俺たち3人だけがいる、という事実は些か寂しくはあるが、まあそこはそれ。
今は置いておくとしようか。
「えっと、ではまずクロウ君」
「はい」
教場のすみっこに置かれた簡易の長机と椅子。
俺の隣で長い足を組んで座っていたクロウは、先生の問いかけに軽く微笑みながら、小さく右手を上げた。
「クロウ君は、どうしてあまり人気のない魔道具科を受講してくれたのです?レイン君はともかくとして、君のようないかにもな美少年は、こんな地味な学科は似つかわしくなさそうなのですが?」
おーい。
そりゃどういう意味だ。
「ふっ…そうですね。単純に面白そうだったのと…あと、演習場を破壊するほどのレインフォード君が、一体どんな魔道具を作り出すのか…そして次は何を破壊するのか、それらに興味が尽きなかったのです」
クロウが片目だけを開き、細い人差し指を艶かしく動かしながら、俺の方に視線を送ってくる。
ちっ…何をやっても絵になるな、イケメンさんは!
いい物を開発して儲かっても、分前はやらんからな!
この世界で特許は取れないのか、特許は!?
「ひっ…!…ははは破壊ですか!?…ここは私が唯一安らげる場所なのです… !教場は壊さないでほしいのです…!」
冷汗をかきながら涙目で震え、教場の端の方までサッと逃げ出したパトリシア先生。
こらクロウ!
お前が変なこと言うから、めちゃくちゃ引かれてるやん!
「こ…壊しません、壊しませんから、先生!ちょっと、クロウ君…!?人聞きの悪いことを言わないでもらいたい。あ…あれは偶発的に起こってしまった悲しい事故じゃあないか。僕はここで一生懸命魔道具の勉強をして将来の役に立てるんだからね?…あとさ、別にそんなにかしこまらなくてもいいからさ。レインでいいよ」
俺は机に両肘をついた手の上に顎をのせつつ、ジト目でクロウを見る。
そんな俺の行動を見透かしていたかのように、じっとこっちを見つめていたクロウ。
「あははは!悪い悪い。ちょっと冗談が過ぎたようだね、謝るよ。じゃあレイン、俺のこともちゃんとクロウと呼んでくれよ?君がエドガー・キングスソードとばかり仲良くしてるもんだからさ、ちょっと意地悪してみたかったのさ。…あぁ!もちろん、ルナレイアにもその辺ちゃんと言い聞かせておくから、問題ないよ…?」
にこりと笑って大きな目をキュッと閉じ、俺にウィンクを送ってくるクロウ。
(…!)
な…何赤くなってんだ俺。
まだ新たな道に目覚めるつもりはないので、勘弁してくれ。
あ…ああ…あと別に俺、ルナなんとかさんなんて、こ…ここ怖くなんかないんだからね!ブルブル…。
「…と…ところでパトリシア先生。授業をしていただく前に、ちょっと聞いておきたいことがあるんですけど…」
俺はパトリシア先生に質問する。
もちろん内容は、学科の存続について、だ。
「はわわわ!?なっ…なんですか?教場に壊していい部分なんてないのですよ!?わ…わわ…私だって…、たとえこの身は蹂躙されても、こっ…心は決して壊させないのですから…!?」
何の話だ!?
何で涙目なんだ!?
クロウの悪ふざけですっかり先生が怯えちゃってるじゃないか…!
お前ぇ…クスクス笑ってる場合じゃあないぞ?
「いえ、あのっ。そんなつもりは毛頭ありませんからね、はい。いやぁ、僕が聞きたかったのは、この魔道具科があとちょっとで
「えっ?」
「えっ?」
キョトンとした表情で俺を見るパトリシア先生。
俺も先生のそんな意外な反応に、つい聞き返す。
あれれ…?
「魔道具科がなくなる?ぷっ…うふふ…あははははは!!レイン君たら冗談が上手いのです!そんな筈はないのです!せっかく新入生が受講しに来てくれたのに、ここが無くなってしまったら、魔道具の素晴らしさを何も教えられないですよ?」
俺の疑問を一笑に付したパトリシア先生。
隠そうとしたり、嘘をついているような顔ではない。
やはりガセだったのか…?
「そう…ですか。いや、間違いならいいんですけど…。けど、こないだ確かにサイモン教授なんかにそう言われたんですよ…?クロウも聞いたよな?」
「ああ。確かに魔道具科が無くなるという説明は受けたな。あのいかにも生真面目そうなサイモン教授が、そんなつまらない嘘をつくとは思えないし…。パトリシア先生の所には、何か通達文書なり口頭での連絡なりは届いていないんですか?」
「えっ…。連絡…連絡?…あっ!!?ふ…2人とも、ちょっと待っててほしいのです!」
しばらく下を向いて考え込んでいたパトリシア先生は、突然何かを思い出したかのように、1人で隣の部屋の方へと駆け込んでいった。
その刹那。
ガシャコーン!!
ドンガラガッシャーン!!
「きゃー!!?」
明らかに尋常じゃない類の音が鳴り響き、間髪入れずパトリシア先生の悲鳴が響き渡る。
(これは整理整頓が一切できてない人間が発するパターンの音だな…。そっとしておこう…)
そこから何度か、何かが崩れる音や悲鳴が響いた後、さらに髪の毛がボサボサになり、埃まみれのパトリシア先生が俺たちの前に戻ってきた。
「ケホケホ…。れ…連絡ってこれなのですかねぇ…?最近見かけた文書なら、これしか思い当たらないのです…」
先生はそう呟きながら、既に開封された1通の封書を俺とクロウに差し出した。
(ひえ…汚ぇな、封書が埃まみれじゃねえか!ほ…本当にこれが最近来たやつなんか…!?)
「…これですか?と僕たちに聞かれても困りますが…」
俺とクロウは、お互いに顔を見合わせながら、パトリシア先生からボロボロの封書を受け取った。
その封書は、確かに王都魔法学校の校章が封蝋に用いられた形跡があり、宛名は“魔道具学科長パトリシア殿”となっている。
ちなみに差出人は…学校長か。
うん、嫌な予感しかしないな!
「フッ!うわぁ…ちょっ!?ケホケホッ…!も…もはや
封書の埃を吹いたり払ったりしながらパトリシア先生に尋ねるクロウ。
渋い顔をしながら、中から取り出した数枚の羊皮紙から顔を背け、親指と人差し指でつまむといういかにも汚いものを持つ仕草が、ちょっと面白い。
(…にししし…。たまにはイケメンも汚れるべし…!)
「え…えっと。確か一度は目を通したはずなのですけど…。その…ちょっと字が小さくてよく読めなくて、また今度確認すればいいかなと思って、そのまま放置していたような気がする…のです…」
パトリシア先生は右手を握り、それを軽く頭に当てて、ペロリと舌を出す。
…埃まみれで黄ばんだ白衣を着た女性がテヘペロしても、可愛くもなんともありませんからね?
「はぁ。じゃあ俺が代わりに読みますね?…ええっと、なになに…“魔道具学科長パトリシア・シャーウッド殿 日頃は生徒たちへの教育にご尽力いただき、厚く御礼申し上げる。さて当校においては、我が国の輝かしい未来を担うこととなる多くの優秀な生徒たちに対し、魔法に関する洗練された知識・磨き抜かれた技術など、真に高度かつ崇高な教育を行う責任と義務を有しており、また、各学科教員においても、雨の日も風の日も、たとえ天の矢が母なる大地を撃ち抜こうとも常日頃から自己研鑽を怠ることなく……っておいおい、前置きがどれだけ続くんだよ…。まだまだあるぞ…?」
ため息をつき、早々に読むのを中断して絶句するクロウ。
「さ…さすが長話に定評のある学校長…。文書も回りくどく、長いな…」
「…字も小さくて…よく見えないのです…」
そう言いながら、パトリシア先生は目を細めたり、ゴシゴシ擦ったりして羊皮紙を見る。
(ん…?先生、もしかして…)
「ふむ…」
どうでもいい部分を飛ばしているのだろう。
何枚かの羊皮紙をショートカットし、黙々と内容を読み進めるクロウ。
「成程ね」
しばらくして全て読み終えたのか、クロウは羊皮紙から視線を外した。
「お。ど…どうだった?なんて書いてあったんだ?」
「うむ…結論から言うと、やはりこのままでは間もなく魔道具学科は無くなってしまうようだね…。加えてパトリシア先生の処遇…つまり…その…
「かっ…かっかっかっ…解雇なのですーーーーーっ!!?」
ふらふら…ペタン。
腰を抜かしてその場にへたり込んでしまったパトリシア先生。
「うっ…嘘!嘘です!嘘です嘘です嘘なのですぅ!見せてください…!うんうん…うんうん…って…うわぁ〜ん!字が小さいし、涙が溢れてきて全然読めないのですよ〜!!え〜ん!!」
クロウから羊皮紙をぶんどったパトリシア先生だったが、間もなくその場に泣き崩れ、突っ伏してしまった。
投げ出された数枚の羊皮紙が俺の足元に舞い落ちる。
(…やれやれ…とんでもないことになったなぁ…)
俺は足下の羊皮紙を拾い上げ、ササッと内容に目を走らせる。
…にしてもやっぱり前置き長!
「しくしく…私の居場所が…しくしく…無くなっちゃうのですぅ…ここから放り出されたら私…ヒック…もう帰る所なんて…ヒック…何処にもないのですうぅぅ…」
「パトリシア先生…」
クロウがうずくまって泣き続けるパトリシア先生にそっと寄り添う。
むぅ…泣きたいのはこっちも一緒なんだが…。
このままでは俺の明るい未来にも暗雲が…んん?
俺は読み進めるうち、そこに書かれている内容にハッとして、クロウの方を振り返る。
「クロウ、これ…」
俺は羊皮紙に書かれた文章を指し、クロウに見せた。
クロウもそんな俺を見て深く頷く。
「ああ、レインも気が付いたか?ふふふ、これなら上手くすれば魔道具科を存続することができるかもしれないな…」
クロウは、パトリシア先生の背中に優しく手を添えながら、俺の目を真っ直ぐに見据えニヤリと笑った。
「ヒック…ヒック…えっ…?」
その途端、パトリシア先生が勢いよく顔を上げた。
「ほっ…本当なのです!?わ…私…まだ!まだここにいられるのです!?ねぇ、ねぇ!!?」
鬼のような形相で飛びついてきたパトリシア先生の勢いそのままに、思い切り胸ぐらを掴まれ、襟首を締め上げられる俺…。
ぐえええ…!?
ちょっ…凄い力なんですけどぉ…!?
「…るしぃっ!……くっ……る……」
先生!魔道具科を存続する方法がここに書かれていますよ!3人で頑張りましょう、やっほー!…というたったそれだけの短い言葉を発することができない俺。
徐々に目の前の視界が白く染まり、意識が遠のいてゆく。
なんで…?
なんで…真横にいたクロウじゃ…ないの…さ。
イケメン…死す…べ……ガクッ…。
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