第84話 食材も広告塔も、やはり旬が一番
「ふふふ…この間は世話になったな。お礼に野菜の値段をこれまでの倍に値上げすることが決定したぞ!」
「「「…」」」
一瞬、この世全ての物理法則が完全に停止し、凄まじい勢いで膨張を続けているとエライ人たちが言っていた宇宙空間ですら、その動きを停止したのではなかろうか。
あの騒動から数日経ったある日の夕食後、まもなく日も暮れようかという時、俺はココやシナモンダディ
一連の経緯が気になるのか、エドガーも付いてきてくれたのだが、シロは満腹丸で早々に爆睡し、シルヴィアはちょっと野暮用で外出中。
そんな俺たちの前に突如立ちはだかったのは、あの日、文字通り胸が熱くなるような熱湯コマーシャルを披露してくれた、名前もよく知らないチープ先輩だった。
食堂入口ドアに斜め45度くらいの角度でもたれかかりながら、右手で髪をかき上げつつ、ひねりの効いた腰に左手を添えて不敵に笑うその姿は、もはや立派なジョ○ョ立ちだ。
その存在すらほぼ忘れかけていた俺たちだったが、事前に予想された行動をまるで監視カメラでも見ていたかのようになぞってきたチープ先輩の行動力と、精一杯インパクトを与えようと、一生懸命考えてきたのであろう立ち姿はある意味凄まじく、あたかも時間が止まってしまったかのような錯覚に陥ったのは言うまでもない。
「あ、それでですね、特別メニューに関しては、やっぱり狙いは女子たちですね。これはきっと流行りますよ」
「レインさんたら!乙女のことをすごくわかってる!私ならこんな甘いもの、きっと毎日食べちゃいます!そして体重に悩むのです…」
「うーむ、成程…。このように甘くとろけるような料理の手法があるとは…。しかしそれにつけても、プラウドロード領の野菜はここまで味が段違いなのか…。私はこれ程美味い野菜を食べたことがないぞ…?」
だが断る!…と、チープ先輩にわざわざお伝えするまでもなく、俺たちは何事もなかったように打ち合わせに戻った。
うんうん、あれはきっと学校の妖精さんだ。
見ちゃいけないやつだな、目を合わさないようにしておこう。
「ぅおーーーーーーっい!!俺を無視するんじゃない、貴様ら!!忘れたのか…!?俺はチープ子爵家の…」
「誰や、ワーワー言うとんのは!あんたか?お兄ちゃん。チープでもスープでもなんでもええんやけど、うちら今ちょ〜っと大事な話しとるからな、ごめんやけど向こう行っといてくれへんか?…ほら、この飴ちゃんやるから、な?ちょっと向こう行っとき」
騒ぐチープ先輩の言葉を遠慮なく遮り、厨房の方からズイッと顔を出しておもむろに飴を差し出す1人の女性。
黒色のツヤツヤした長い髪をポニーテールに束ね、スタイルのいい身体に着用した動きやすそうな軽装からは、長い手足を惜しげもなくさらしている。
(コイツもなぁ…。黙ってさえいればわりと綺麗な女性だと思うんだけど…。…でも胸の方は…ぅおっと、これは地雷だな)
そう。
その女性とは、潰れかけたお店を見事に建て直し、王都でも有数の大規模商家へと急成長を遂げたエチゼンヤ商会の支配…もとい、代表者。
ユリ・エチゼンヤその人だ。
「レイン君、せっかく久々にうちと会うたっちゅうのに、なんかえらい失礼なこと考えてへん…?」
ひえ…。
一応笑顔だけど、目が全然笑ってませんがな…。
身体の横で手を広げ、首を2〜3回横に振って知らんぷりをする俺。
ナニイッテルカワカラナイヨー。
「…だっ…誰だお前は!?それに…あっ…ああ…飴…!?向こうへ行け…!!?」
可愛らしい包み紙で包装された小さな飴を、右手にちょこんと乗せたまま凍りついていたチープ先輩。
だが程なくして我に返ると、プルプルと身体を震わせ、見る見るうちに凛々しいお顔が真っ赤に染まる。
「お…俺を何だと…。馬鹿にしやがって!!こんなモンいるかー!!」
だがチープ先輩が右手の飴を床に投げつけようとした、その瞬間の出来事だった。
ズッドーーーーン!!
「しぎゃああああああ!?」
食堂の外から、轟音とともに激しい衝撃波が同心円状に駆け抜けた。
その衝撃波に、もはや様式美の如く華麗に吹っ飛ばされ、食堂の端から端までを
あれ程激しくお顔で床掃除をするなんて、さすがは先輩…。
その尊い精神に、自然と敬礼の姿勢をとってしまいそうだぜ。
「おぉ!そうこうしとるうちに帰ってきたんとちゃうか!」
ユリの声を合図に、白目をむいたチープ先輩を放ったらかしにして食堂の外に出る俺たち。
「ぐははははっ!すまんすまん!!ちょっと勢いが付き過ぎてしもうたわ。我は
『…グルルル…ルルル…』
幅5~6メートル程度の浅いクレーターのようにへこんでしまった場所で、カラカラと笑いながら立つシルヴィア。
そしてその横にはというと、疲れ切ってしまったのか、へたり込んで苦しそうな声を上げる
「うむ!お前もすまんかったのう。しかし流石は我が眷属、なかなかによう飛んでくれたな、誇るがよいぞ?」
そう言いながらシルヴィアは、ついさっきまで乗っていたのであろうワイバーンの頭や喉を、よしよしと撫で回す。
『キュ!?…キュイーン!キュイーーーン!!』
シルヴィアの労いに、もの凄い勢いで犬のように腹を上に向け、涙を流しながらこれ以上ない程可愛い声で鳴くワイバーン。
竜の中の竜たるエンシェントドラゴンのお褒めの言葉に、感無量なのだろうか。
(し…しかし、小さな少女の横で泣いて喜ぶワイバーン…か。こりゃあまりにも異様な光景だな…)
「お…俺の知っているワイバーンとは違う種類…なのかな?…ワイバーンとは獰猛かつ好戦的で、凶暴を絵に描いたようなドラゴンではなかったか…?俺の記憶では目撃情報があれば、騎士団の精鋭やランクの高い冒険者等が討伐隊を組む程なんだが…?」
「…でもなんだか可愛いね、お父さん!」
顔を引きつらせるエドガーをよそに、意外にすんなり目の前の状況に順応するココ。
「…う…うむ…。まあ可愛いという表現が適切かどうかはさておき…。ユリ殿、今後このワイバーンを使ってうちに食材を輸送してもらえるという話は本当なのか?ええっと、なんだったか…その…」
「にししし…、
…違う、箒に乗った魔法を使う女の子のお届け便とは断じて違うぞ。
あくまで魔獣の宅配便だからね?
わかるね…?
「いや…、しかしこのように驚くべき規模と方法で食材を卸してもらえるばかりか、調理スタッフの派遣、さらにはそれらの料金をすべて含めてこれまでの半値でいいというのは…。私でなくとも、何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうのだが…?」
シナモンは腕を組み、少々考え込む。
そりゃそうだ。
成程それだけの好条件が揃えば、俺だって逆に怪しむだろうな。
けどあえて隠す必要もないだろう。
シナモンダディは信用できる人だ。
俺はにやりと笑って言う。
「…ふふふ…そのとおりですよ、シナモンさん。
「そやな、本音と建前っちゅうやっちゃな」
俺の言葉に、阿吽の呼吸で合いの手を入れたユリが、目を閉じながら何度も頷く。
「はははっ。それを隠そうともせんとはな!その態度は、寧ろ逆に信用に値するな。それで?うちのような小さな食堂を抱き込んで、一体どのような悪だくみがあるんだろうか?」
「そうですね…。色々と考えてはいますが…僕が考える最も大きな利点…、それはズバリ!“宣伝効果”でしょう!!」
俺は二カッと笑うと、人差し指を力強く立てる。
いつも学級委員のま○お君ではないが、やはり俺がこだわる点はそこなのだ。
そんな俺の言葉に目を丸くしながらも、すぐに意見を返してきたのは意外にも小さなココだった。
「宣伝効果…って、ここは学校内のただの食堂ですよ?ここで大々的に宣伝したって、ものすごく限定的なのではありませんか?」
ココはまだ小さいのに色々なことに気が付くし、しかもその指摘はなかなかに的を得ている。
ちょっと専門的な勉強をすれば、立派な経営者としての手腕もすぐに身に付くのではなかろうか。
「…とまあ、普通はそない思うやろ?それがちゃうねんよ~。まぁまずは、このポスター見てみてくれへん?ビビる思うでぇ〜」
チッチッチッと人差し指を振りながら、ユリはくるりと丸められた一枚の羊皮紙を開いて見せる。
そこに描かれた内容に、一同は絶句した。
「「「こ…これは…!?」」」
羊皮紙に描かれていたのは1人の男性だった。
緻密かつ美麗に、そして写実的に描かれたその男性は、グレイトバリア王国の英雄にして、知らぬ者など無い超絶人気者。
王国民であれば老若男女を問わず、誰もが目を奪われるであろうその優雅な姿は、まるで実際にそこにいるかのように錯覚してしまう程だ。
そう、もうお分かりだろう。
羊皮紙に描かれていた人物、それは王国屈指の騎士であり、誰もが羨む男の中の男。
ヴィンセント・グレイトウォールその人だったのだ。
もちろん、ただヴィンセントの絵が描かれているわけじゃあないんだよ、むふふふ…?
元々スラムに居た絵の得意な人間に俺が描かせたのは、エルフ村製のシルクのガウンを着用しながら、一見風呂上りのような濡れた髪をかき上げつつ、さらに悪戯っぽい笑顔で(本人が大好きな)トマートを齧ったバストアップの立ち姿。
胸の部分を大き目に開き、鍛え抜かれた筋肉を見せつけるセクシーさがポイントだ。
さらにさらに、ポスターの上下には、“確かな味、それはエチゼンヤ。~心からの「おおきに」をあなたに~”などというちょっとよく分からないキャッチコピーが、これ見よがしに踊っていた。
「…こ…この人は、いや…このお方はもしや…ヴィンセント卿ではないのか…!?あ…あのお方を、このように宣伝広告として使ってもいいのか…!?王国騎士団の英雄だぞ!?きょ…許可は、許可は得ているのか!?これは大問題だぞ!?」
ポスターを目にした途端、エドガーが俺の肩を勢いよく掴み、前に後ろにぐわんぐわんと揺すってくる。
な…なんだお前、ヴィニー君のファンなんか?
「だ…大丈夫だよ。本人はめちゃノリノリなんだからああああああ…」
揺れる、身体が揺れるううううう。
「ノリノリ…だと…!?レ…レインお前…、ヴィンセント卿と知り合いなのか!?俺は…俺はなぁ!剣と魔法の双方を極めた騎士の中の騎士であるあの方を目標として、日々の鍛錬に励んでいるんだぞ!!?」
「ちょ…ちょっと、エド。お…落ち着け、落ち着けつて。昔ちょっと色々あってさ、俺もユリもヴィニー…ああいや、ヴィンセント卿とは仲良しこよしなんだよ。そ…そん時からエチゼンヤ商会は、グレイトウォール家のお抱え商人になっているし、ヴィンセント卿に関しても、自分の姿ならいつてもどこでも好きなだけ使ってくれていいって言ってくれてるんだよ」
「…むむむむむ…。だ…だからといって、王国の英雄を私的な宣伝に使うなど…むむむぅ…」
痛…いたたたた…!?
両肩が痛いぃ!!?
エ…エドガーの奴、いっちょ噛みのにわかファンどころか…ヴィンセントに超心酔の本物じゃんか!?
たしかに見た目はかっこいいし、剣と魔法どっちもござれで、最近は“もはやなんでも王子”なんて呼ばれてる奴だし、憧れる気持ちもわからんでもないが…。
でも実はあれでけっこうボーっとしてるし、異様なトマートフリークだし、…あと最初ちょっと性格悪かったんだぜ?(笑)
「…オ…オーケー、エド。今度会ったらあのポスターに“親愛なるエドガー君へ、ヴィンセント・グレイトウォールより”って書いてもらって1枚融通するからさ。だ…だからそろそろ、弾けて混ざる寸前の俺の両肩を解放してくれやしないか…?」
「…!!…か…家宝にする…」
エドガーは小さくそう呟き、ユリが持っていたポスターを恭しく借り受けると、恋する乙女のようにじーっと見つめていた。
た…頼むからまだ使っていない新品のポスターに口づけとかやめてくれよ?
「な…成程…。ヴィンセント卿とはまた考えたものだな…?しかしそれでもこのような小さな食堂に掲示する意味などあるのか?」
それでもシナモンダディは、納得がいっていない様子。
顎に手を当てながら、離れた所でポスターをぎゅっと抱き締めたエドガーの方を冷静に見ている。
だがそんな疑問を払拭するかのように、ユリが得意顔で説明した。
「もちろん、王都にもこの手のポスターは貼らしてもろとるで。ヴィンセント様はどこでも大人気やからな。けどなぁ、やっぱり王都に来る人っちゅうのはどないしても限られてしまうんよ。常に国中を移動しとる行商人ならまだしも、地方の貴族なんかは急用とか王様からの呼び出しでもない限り、あんまり領地から遠く離れた王都に足を運ぶ機会はあらへんやろ?だからこそ…」
「あっ!わかった!この魔法学校なら、国中から人が集まって来てるんだ!それこそ国の端から端まで、才能を見出された人たちが集まって来てる…!」
ココは俺たちの仕掛けるカラクリに気が付いたのか、ポン!と手を叩いた。
「ふふふ…、いい所に気が付いたね、ココ。…そして集まって来ているのは、一般の学生だけでなく…」
「うむ…。各方面に影響力のある有力貴族のご子息ご令嬢も多く在籍している、という訳か。…これで合点がいったぞ。そういう見方をすれば、ここでヴィンセント卿を用いて大々的に宣伝することによって、エチゼンヤ商会を通じ、プラウドロード産の食材の美味さが広く国内に認知されるというわけだな」
「そや!ついでに魔獣の宅配便の宣伝にもなるし、一石二鳥っちゅうわけやねん!!それを考えたら、卸値を多少値引きすることなんか、痛くも痒くもあらへん!」
ユリは腰に両手を添え、ふんぞり返って高笑い。
目が金貨マークになっているところを見ると、これから先の収益と、商売の裾野の広がりを既に見通しているのだろう。
いやぁ、しかし今回に関しては、あそこに寝てるチープ先輩が早々にやらかしてくれたお陰で助かったぜ。
野菜のうまいまずいはともかく、シナモンダディの取引先がめちゃめちゃ義理固い優しいおじいちゃんとかだったら、さすがに販売ルートをぶんどるわけにはいかなかったからなぁ。
けどこれで、にししし…、広報活動の礎は完成したぜ…イエイ!!
…ごめんね、チープ先輩。
自業自得ってことで、許してね!
「明日には調理スタッフも到着するで!既存のメニューは新鮮な食材をつこて盛り上げつつ、極めつけは聖女すら堕天使に早変わりの甘々スイーツ作戦や!!さらにそれが評判になったら、またどんどん新しい需要が…。うは…うっはっはっはっ!もうこれ笑いが止まらんで〜!?いや〜、清廉潔白かつ真面目に一生懸命頑張っとったら、神様は見てくれるとるねんな〜!にへへへ…」
にやにやしながら視点が定まらず、どこか遠くにトリップされているユリの意識は、きっと惑星カネモーケ辺りを彷徨っているのだろう…。
シルヴィアやココを含めた全員がドン引いているのはご愛嬌だ。
だが、俺も突っ込むのはやめとこう。
銭ゲバ守銭奴で、お金のために悪魔に魂を売る時すら値段交渉を持ちかけかねない彼女だが、その商才とチャレンジ精神、そして何より儲け話に対する嗅覚の凄まじさは称賛に値するからな!
…ということで、シナモンダディ。
これから死ぬ程忙しくなるだろうけど、コンゴトモヨロシク…!
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