第83話 美味しいお野菜、ございますよ?

 ズズズ…。

 コト。


「ふぁ~、やっぱり食後は熱いお茶が一番ですよね~。ほのかに立ち昇るこの香ばしい茶葉の香りが、1日中酷使した身体の隅々にまで行き渡るようですなぁ…」


「…俺と同じピカピカの一年生のくせに、何故か疲れきった労働者のような言い回しだな…?…いや、しかしすまない。特に何もしていない俺までお茶をご馳走になってしまってな」


 あの騒ぎの後、俺は既に誰もいなくなった食堂において、エドガーやうさ耳親子とともにテーブルを囲み、そこで熱いお茶を飲んでいた。

 

 うさ耳親子から振る舞われたお茶は、うちの実家が販売元のエルフ茶葉とまではいかないものの、なかなかにいい香りのするお茶っ葉だった。

 食堂の飲料水をまかなっていた水属性の魔石が魔力切れということで、お湯だけは俺が用意させてもらっている。

 

 先刻は悲しい使い方をした熱湯だが、今回は皆を心身ともにホカホカにすることに一役買っていると思いたいところだ。


『スー、スー…』


「ん…もう食えん、ムニャムニャ。…もひとつおかわり…グーグー」


 あれからたらふく夕食のおかわりを貪ったシロやシルヴィアは、満腹になった途端眠くなってきたのか、そのまま眠ってしまった。

 床で爆睡するシロと、それを抱き枕のような扱いにして覆いかぶさって気持ちよさそうに眠るシルヴィア。

 またぞろ美味しい物に囲まれた夢でも見ているのだろう。

 シロのモフモフが気持ち良いのは理解できるが、食ってすぐ寝るとローグカウみたいに美味しそうになっちゃうぞ?


「…あの、レインさん。さっきは危ないところを助けていただき、ありがとうございました。でも本当にびっくりしました。私なんて、いつレインさんが魔法を行使されたのかすら全くわかりませんでした」


 俺の向かいに座る今回被害者となったうさ耳少女、ココと名乗った兎人族の少女は、丁寧におじぎをした。


「そんな、気にしないでください。たまたま近くにいただけですよ。こちらこそシロたちにたくさんのご馳走まで頂いてしまってすみませんでした。それに…」


「それに…?」


 ココは首を傾げて俺を見る。


「まあ多分僕なんかが手を貸さずとも、きっとあの先輩は誰かにぶっ飛ばされていたんじゃあないでしょうか?…ねぇ、マスター?」


「…シナモンだ。…気が付いていたのか?」


 ムッキムキのうさ耳ダディはシナモンと名乗り、カップになみなみと注がれた熱いお茶を一気に飲み干した。

 

 シナモンの肉体がかなり大きいため、まるで大人が赤ちゃん用のプラスチックカップで飲み物を飲んでいるように見えるのが少し可笑しい。


「いやいや気付くもなにも、身体を強化して飛びかかる寸前だったじゃあないですか。もし僕が止めに入らなかったらあのダチョウ…じゃなかった、チープ先輩は、熱湯ダイブ程度じゃ済まず、下手をすればもっと大きな怪我をしていたかもしれませんよ?…シナモンさん、実はかなり強いでしょう?以前は冒険者か何かでもされてたんですか?」


「…ふっ、遠い昔の話だがな…。そんなことより面目なかった。まさか彼が娘に固いパンプーキンを投げつけるなどとは思わず、つい反応が遅れてしまった。一歩間違えれば大切な娘に、…そして彼自身にも、一生消えないような深い傷を負わせてしまうところだった…」


 ポカンとした顔をしているココの隣で、シナモンの耳がしゅんと垂れる。

 

 いやん、その耳…超可愛い…。

 ぅおっと、鎮まり給え我がライトハンド…。

 さ…さすがにここでダディの耳をモフるのはいかんだろう、絵面的にもきついし。

 鎮まり給え…。


「まあまあ、レインもシナモンさんも。結果として誰も怪我をしなかったんだからいいじゃないか。しかし残念ながら、貴族の風上にも置けないようなああいう奴腹が、この魔法学校にも少数混じっているということだな」


 分かったような顔で目を閉じ、ちびちびと熱いお茶を啜るエドガー。

 猫舌か?


「はぁ…あのなぁ。君もだよ、エド?のはいいとして、チープ先輩を消し炭にでもするつもりだったのか?」


「ぶふっ!は…ははは…。バ…バレていたか?…いや、しかし俺は彼を焼き殺すつもりなんてもちろんなかったぞ?…ただ…ちょっと王国貴族としての誇りと矜持をわかってほしかったというか…騎士道を志す者として、理不尽な暴力が許せなかったというか…ブツブツ…」


 図星を突かれてテーブルの上に盛大に吹き出したお茶を、細やかな刺繍が施されたハンカチで丁寧に拭き取るエドガー。

 

 こんな姿じゃあハンカチ王子とは呼べないな。

 先般演習場で見せた火の魔法は、その突出した威力に感心したものだが、もしかして魔力の制御が苦手なだけなのかもしれない…。


 あの時。

 チープ先輩がパンプーキンをココに投げつけようとした時、俺はシナモンダディとエドガーから、湧き上がる強力な魔力を感じた。


 エドガーは初っ端しょっぱなからかなり頭にきていたようで、いつブチ切れて暴発するかわかったもんじゃなかったし、シナモンダディについても、娘さんを護ろうとして丸太みたいにぶっとい腕をぶん回す寸前だった。

 ことの発端や行為の善し悪しはさておいて、いずれも一歩間違えれば大惨事に発展したかもしれなかったので、そうなる前に、俺が双方の間に割って入ったというわけだ。


「ま、正直言ってそうなっても、僕自身は咎めるつもりは一切ありませんけどね?あの人が怪我をしようが再起不能になろうが、自業自得ですし?僕も実家に妹がいるんですけどね、仮にこの世で一番可愛くて大切なうちの妹に同じことされてたら、きっと速攻で生まれてきたことを後悔させてやりますしね!リーチ、一発、悪即斬DEATHよ!…ま、今回は、あんな先輩に関わった結果、エドやシナモンさんが心に傷を負う必要はない、と思ったまでですよ」


 そう言って再びお茶を啜る俺。


「あ、そんなことよりココさん。魔力の切れた水の魔石はまだ交換できてないんですよね?」


「え…ええ、そうなんです。多分まだキャロラインさんがお忙しいんだと思います。魔石は魔法学校の消耗品として使わせていただけるので助かってはいるんですが、いざ交換となると書類上の手続きが必要みたいで。今日は何か授業中にハプニングがあって施設が壊されたとかで、バタバタしているらしくって…」


 キャロラインさんとは、たしか寮内外の清掃や備品交換などを行っている用務員のおばさんだったはず。

 俺の行いが、関係各所にまで迷惑を掛けていたとは…。

 ちょっとエドガー君、お返しとばかりに白い目でこちらをチラ見するのはやめろください。


「ゴッホゴホッ!…そ、そうですか、それは大変だ。と…とんでもない奴がいるもんですね。でしたら折角なんで、その魔石、ちょっと僕に見せていただけませんか?」


「え…ええ。ちょっと待っててくださいね」


 ココは、利用者が極少量の魔力を流すことで飲料水を供給してくれる機材の方へと歩いてゆく。

 前世で例えるなら、よく会社の食堂などで見かけるコップを置いてスイッチを押せば、自動でお水が出てくる機械のようなものか。


「…おい、仮に君が水の魔石を持っていたとしても、さすがにそれは貰えないぞ。娘を助けてもらった上にそんなことまでしてもらうわけにはいかないしな。…それに遅くとも明日中には、魔石の交換手続きは終わるはずだ」


 シナモンダディは、そう言って俺を制止する。


 いや、俺も魔石を持っているわけじゃあない。

 …ないんだが、そもそも魔石交換の手続きが遅れている原因は、俺が演習場の壁や結界までもぶち抜いてしまったからだと思われるんです(涙)


「はいレインさん。これが魔力切れを起こした魔石です。けど、こんな物どうするんですか?魔力が無くなった魔石なんて、もう何の役にも立たないと思うんですけど…」


 そう言ってココは俺に魔石を手渡す。

 受け取った魔石を見ると、元々は水属性の青い色をしていたのであろう魔石からは既に輝きが失われ、ドス黒い青さに様変わりしてしまっていた。


「いや、せっかくなんでしましょう。混ぜればゴミ、分ければ資源ではありませんが、せっかくの魔石がもったいないじゃあないですか。これだって元々は生きていた魔獣から得られた物でしょうし、できれば無駄にしたくありません。明日の朝も美味しいお水が飲みたいですしね!」


「りさ…いくる…?」


 俺の言葉に、頭に“?”マークを浮かべる面々。

 だが俺は気にせず、魔石を右手にしっかりと握りながらイメージを描きつつ、急速に魔力を練り込んでゆく。


(そうだなぁ…。美味しい水ってのは当然だけど、これから毎日のように利用する場所だし、せっかくだから、少しだけ光の魔力も混ぜとくか。シルヴィアもガブガブ飲むしな。ま、多少さっきみたいなアホがいたとしても、大半は普通の学生たちだろうし、気付かない程度のほんのちょっとだけでも疲れを癒す効果があれば、みんなの為にもなるだろう。…というのは建前で、ほとんどが罪滅ぼしの自己満足なんだけどね…ごめんね(涙))


 キィ—————…ン!


「…えっ!」


「こ…これは…!!」


「なんという濃密な魔力…!」


 俺は練り込んだ魔力を右手に集中させる。

 

 静まり返った食堂内に響く甲高い音。

 壁や天井、そして床の細部に至るまでが、あたかも輝くサファイアで覆われたかのように、美しい青一色に染まる。

 そして。


「はい、終わりましたよ。これでまた水が出るはずです!」


 俺は、水属性とちょっとだけ光属性を合成した魔力を流し込んだ魔石をココに手渡した。


「…き…綺麗…。まるで宝石みたい…」


 ココはうっとりとした表情で再び輝きを取り戻した魔石をじっと見つめている。


 当初ドス黒い青色だった魔石は、純度の高い宝石のように、美しく透き通った青さをたたえた、光り輝く魔石へと変貌を遂げていた。


「す…凄まじいな…レインの力は…」


「私も…ある程度人生経験は豊富だと自負しているが、こ…こんな奇跡を目の当たりにしたのは初めてだ…。ココ、その魔石から水は出るのか?」


「あっ…、そうだね。えっと少しだけ魔力を流して……、うわっ!?すっ…すごい勢いで水が出るよ!!お父さん、入れ物入れ物!!」


 慌ててカップを用意するシナモンダディ。

 

 折角なので、俺自身も自分の魔力を注入した魔石から出た水を試飲してみよっと。

 まずくはないと思うんだが…。


「えっ…ちょっ…、美味しい!この水すごく美味しい!?」


「私もこんなにうまい水は生まれてこの方飲んだ試しがないぞ…!?」


 かつて口にしたことが無いようなあまりの水の美味しさに、驚き戸惑ううさ耳親子。

 エドガーも同じような反応で目を白黒させながら水を飲んでいる。


 ホッ…、よかった…。

 もしもココから、なんか変な臭いがするしヌメヌメしてて美味しくない!なんて言われてたら、かなりショックだったものな…。


「それに何だか、心なしか疲れが取れるような気がする水だ…。うーむ、やはり君の力はすごいなレイン。父上から聞かされてはいたが、いざ目の前で見るとあまりの衝撃で、俺も熱湯ダイブをしたくなる程だよ」


「そう?じゃあすぐにでも用意しようか?」


「…冗談だ、勘弁してくれ。まあ何故かついつい一度はやってみたくなってしまう衝動には駆られるが…。いや、そんなことよりもレイン。これはあまりおいそれと人前でやっていいことではないぞ?絶対に悪用しようとする輩が出てくるし、世の中の魔石に対する需要と供給のバランスも崩しかねん…。シナモンさんたちも、どうかこのことは口外しないでおいてもらえないだろうか。…あまりこの学校で口にしたくはない口上になるが、これは一生徒としてではなく、王国四貴族たるキングスソード家のお願いだと理解してほしい」


「え…お兄さん…キングスソードって、…あのキングスソード公爵家の…?」


「…成程、承知した。このシナモン、娘のココとともに兎人族の誇りにかけて、このことは墓まで持っていくと約束しよう。…もっとも誰かに話しても、まともに信じてもらえるような話でもないとは思うがな…」


「はははっ!確かに違いないな!」


 カラカラと笑うエドガーと、まだ狐につままれたような顔をして、俺と魔石とを交互に見比べるシナモンダディとココ。


 エドガーの物言いはちょっと大袈裟過ぎる気もしないでもないが…。

 しかしまあ、俺のために言ってくれているんだし、気を付けるとしようか。

 …あまりやり過ぎないようには…ね。


「それはそうと、レイン。あいつのことはどうするのだ?」


「えっ?あいつって?」


「もちろん、我らが愛すべきチープ子爵家の先輩だよ。お前にコテンパンにやられ、少々早い入浴をしていたが、あの手の貴族はやられっぱなしで大人しくしているような輩ではないぞ?」


 エドガーは眉をひそめながらそう話し、ココとシナモンダディの方を見る。

 ココは何かに気が付いたのか、一瞬ハッとした顔をすると、青い顔をしてうつむいてしまった。


「うーむ…」


 シナモンダディはチラリとココの方を見ると、腕を組んで目を閉じ、考え込む。


「あぁ、チープ先輩のことなら心配いらないよ?ああいう人間のやりそうなことは、大体予想できるからね。ま、2〜3日もすればシナモンさんに“ふふふ、この間は世話になったな。お礼に野菜の値段をこれまでの倍に値上げすることが決定したぞ”なんてことを言ってくるだろうね」


「うむ、それが妥当な線だろうな。レインに対しては家柄でも個人の爵位でも太刀打ちできん。となればその矛先を当然弱い者へと向けるだろうからな。…全く、分かりやす過ぎて逆に清々しい程だな…!」


 エドガーは吐き捨てるようにそう言うと、右手の拳でドン!と机を叩く。

 シナモンダディは目を閉じたまま動かないが、ココは狼狽した様子で、青い顔をしたままだ。


「お…お野菜の値段が上がってしまえば、この食堂は経営できなくなってしまいます…。お父さんは、学生さんはあまりお金を持っていないだろうから…と、かなりギリギリのお金しか貰ってませんし…。ど…どうしたら…」


 不安そうにシナモンダディに目をやるココ。

 俺はそんな彼らの話を聞きながら、おもむろにテーブルに両肘を付けて手を組み、碇〇ンドウスタイルを取る。

 …なんかこのポーズを取ると、不思議とどんなことでも乗り越えられそうな自信が湧いてくるんだよな(笑)


「むっふっふっふ…。心配には及びませんよ。…ところでシナモンさん1つ質問なんですが、食堂の経営や食材の仕入れに等に関しても、全て消耗品の請求みたく学校側と協議が必要なんですか?」


「…?いや、そんなことはない。うちの食堂はあくまでこの魔法学校で商売をしているだけであって、食材の仕入れや経営方針などはこちらの裁量の範疇だ。魔石などの消耗品に関しても使用した分は全て記録していて、設備費として1年の終わりに精算する仕組みだからな。…しかし恥ずかしながら見ての通り、従業員は私と娘の2人しかおらず、仕入れの手間などを考えると、取引先の選択肢はほぼ無いに等しいがな…」


「…特にお野菜は天候にも左右されるし、安定して買おうとするなら、少し値段が高くても、領地で大規模農業を行っているチープ子爵家にどうしても頼らないといけないんです…。王都中央街道を馬車で走れば、あそこからこの学校までは2日もあれば到着しますし…」


 すっかり元気を失くしてしまったココは、冷たくなってしまったお茶のカップを見つめながら、力なくそう説明する。


 おそらくだが、親子2人だけで、人手も少ないこの食堂は、それでも学生さんのために…と考え、ギリギリのしんどい経営を続けてきたのだろう。

 野菜をはじめとする食材の購入に関しても、なかなか遠出ができない足元を見られた価格設定に耐え忍んできたに違いない。


「オッケー、分かりました。それなら万事解決ですね。食材が入札だった場合など、複数のパターンも考えましたが、今の話だと最も単純な方法でいけますよ」


 俺は“二ヤリ”と口角を歪める。


「「「…」」」


「いや実はですね、うちの領地でもけっこう美味しいお野菜を作ってましてね…?さらにそれに関して、最近鳴り物入りで始めた新規事業がございましてですね…にしししし」


 なんか少し悪役みたいな感じの“二ヤリ”だったけど、決してそうではない。

 俺はあくまで“みんなが幸せになれる方策~WINWIN作戦~”を考えていただけだからね!

 …だから君たち、特にココちゃん?

 俺の笑顔に身体をのけぞらせてまで引くのはやめてくれるかな?

 心はガラスだぞ?

 

 さて、将来のためにしっかり商売するとしようかな!

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