第44話 ちょっとこれ硬すぎやしませんか?

 ゴォオオオオ!!

 ゴォオオオオオオオオ!!


 繰り返し、繰り返し青白く燃え上がる炎。

 その高熱に、ガラテア工房内部の暑さも一段と増してゆく。


 俺は何度も火の魔法を行使しながら、右手に把持したとある結晶・・・・・の精製に腐心していた。

 だが…。


「はぁ…はぁ…。むむぅ…困った…。全く溶ける気配がないぞ、これ…」


 額の汗を拭う俺。

 固唾を飲んでその様子を見守るガラテアやシャーレイたちも汗まみれだ。


「これが…オリハルコン…」


 俺は手の中で白銀に輝く、オリハルコンと呼ばれる、超硬度をほこる希少金属の結晶を見つめていた。


 ※※


「工房が消えてなくなる…とは?それは一体どういうことですか?」


 こんな大きな工房が消えてなくなるだって?

 おいおい…これからお仕事をお願いしたいんですけど!って時に、こりゃなんかの冗談か?


「言葉通りの意味なのです、レイン様。この工房は本日の夕刻をもって接収され、ピケット侯爵のものとなってしまいます。鍛治設備等もじきに壊され、新しい建物に生まれ変わるでしょう…」


 ガラテアは大きくキセルを吸うと、ゆっくりと煙を吐きながら、諦めたように言った。


(ちっ…またピケットかよ…)


 王都に来て以降、…いや正確には着くちょっと前からか?

 ことある毎にピケットやラプトンの名前を聞き、その都度、もれなく面倒事に見舞われてきた俺。

 今回もどうせ碌なことじゃあないはずだよ…はぁ。


「少し前に、ピケット侯爵と懇意にしているラプトン商会の人間がこの工房にやって来ました…。もしかすると、エチゼンヤ商会のお嬢さんから、大方の事情はお聞きかもしれませんが…」


「ラプトン商会の傘下に入れ…さもなくば、多大な不利益を被るぞ…?という話ですか?」


 俺はため息をつきながらそう言った。

 世の中しょうもないことを言う奴らがいるもんだ。


「ええ、左様でございます。しかしながら我々も自分たちの鍛冶仕事に誇りを持っておりますため、そのような申し出には聞く耳を持っておりませんでした。…ところが…」


 ガラテアは衣服の内ポケットから、丸められた1通の書状を取り出した。

 んん…この家紋は見たことあるぞ…?


「ええ、レイン様。お察しのとおり、この書状はピケット侯爵から届いた物にございます」


 ガラテアは書状を俺に提示する。

 記載された内容を要約するとこうだ。


『ガラテア工房殿 当モートン侯爵家の至宝たるオリハルコン結晶の使用を許可する故、当該結晶を精製の上、短剣を製作せよ 期日は2週間とし、一切の猶予は認めない なお本件依頼を果たせぬ場合、当家の名の下、貴工房を接収する ~ピケット・オーブリー・モートン~』


 …?

 俺はこの書状の内容に絶句した。


「な…なんですか、この勝手極まりない内容は…。字も汚いし…最後の署名は子供が書いたものですか?」


 書状というよりは依頼書なのだが、上から目線で記された文書はもとより、依頼を完遂できない場合は工房を接収するとか…全く意味がわからん。

 ご丁寧に汚ねぇ字で署名までしやがって。


「これ程馬鹿な話がありますか?こんなチンケな紙切れ、知らんぷりしていればいいのでは?もしくはこの横暴さ加減を誰かに陳情するとか…」


 そのあまりに身勝手な内容に、つい感情的になる俺。

 だが、そんな俺とは対照的に、工房の面々の反応は落ち着いたものだった。

 …落ち着いた、というよりも、寧ろそれは諦観に近いものだったのかもしれないが。


「ニャハハ…それができれば苦労はニャイのですけれどねぇ…。侯爵の位を持ったお貴族様の言葉ニャ…誰も逆らうことができないのが、世の常ですニャア…」


 ガラテアの隣でシャーレイが肩を落とし、耳やしっぽを垂らしながらそう呟いた。

 さすがの俺も、今はモフりたいという欲求は起きない。


 な…なんだそりゃ…。

 貴族ってのは、なんでも自分の思い通りなのか?

 王都の貴族ってのは全員こうなのか?

 少なくともうちのマッチョ父がこのような考え方でなくて助かったというところか…。


「…しかし、この書状の示す通りだとすると、ここは…」


 俺のこめかみを一筋の汗が伝う。


「そうなりますね…。先程申しましたとおり、オリハルコンを用いた短剣製作の期限は今日の夕刻です…。もちろん、そんな作業など全く行ってはおりませんが…」


 ガラテアは再び大きく煙を吐く。

 その目はどこか遠くを見つめているようだ。


「行っていない、というよりも行うことができない・・・・・・・・・と言った方が正確でしょうか…」


「…と言いますと?」


 ただ単にピケットが気に入らないから、ということではないらしい。

 何かしら事情があるのか…?


「レイン様は、オリハルコンという金属はご存知でしょうか?」


「…すみません、勉強不足で…」


 確かなにかしらの素材になるような金属だったかとは思うんだが…。

 俺は頭を掻きながら言った。


「オリハルコンとは、別名”神々の忘れ物”などと呼ばれる程、希少価値のある金属のことを言います。…そしてそれ以上に有名なのは、異常なまでの硬さ…そのあまりの硬さ故、オリハルコンの製法は神代より失われて久しいのです」


 ガラテアの言葉は、重く静まり返った工房内にとけていく。


「いやそれって…、そもそも不可能ってことじゃないですか…。じゃあピケット侯爵は最初から…」


「えぇ。この工房を潰すことが目的なのでしょう…。オリハルコンを用いた武具は、いわゆる聖剣や聖槍などと呼ばれ、ほんの僅かな数、伝説とともに神代から現代に伝わっている物を残すのみですので…」


「な…なんのためにここを潰すんです?この工房を閉鎖してまで一体何を造るというんですか?」


 俺は理解が追いつかない。

 ガラテアの言葉に混乱するばかりだが…。


「これはあくまで噂なのですが…。なんでも大規模な奴隷の収容所を造ろうとしているという話を聞いたことがあります。ですが…詳しいことは何もわかりません…」


 トンッっとキセルの灰を灰皿に落としたガラテア。

 だがその視線は灰を落とした後も下を向いたままだ。


「奴隷…?ピケット侯爵は奴隷商かなんかを営んでいるのですか?」


「いえ、そのような話は…。ただ以前からピケット侯爵は懇意のラプトン商会を通じ、各地から多くの奴隷を集めているという話を聞いたことはありますが、それに関しても詳しいことは…」


「うーん…。奴隷…ですかぁ」


(そのためにこの工房を潰す…?これから奴隷商として活動を始める…??うーん、ちょっと話が見えんなぁ。けどこの工房が潰れれば、少なからずピケット自身にも影響があるだろうに…。そこを差し引いても、なにかメリットがあるのか…?)


 あー、わからん!

 もうちょっとで頭の中で何かがつながりそうな気がするんだが…。

 誰か名探偵コ〇ンでも連れて来てくれないかな!

 

(まあいずれにしても、そんな私的な理由でここを潰されるのは非常に迷惑な話だ。これから仕事をお願いしようってところだし。…ワッツの思い出の場所でもあるだろうしな…)


 俺は1つ大きな深呼吸をして、ガラテアに向き直った。


「ガラテアさん。ユリさんが言ってました。ここはつまはじきにされたエチゼンヤ商会に手を差し伸べたり、王都の人々の暮らしや冒険者として暮らす方たちのために、なくてはならない工房だと」


 俺は工房内を見渡す。

 様々な武器や防具の他、鍋や包丁など生活必需品を作っている様子が見て取れる。

 たくさん購入して、イザベルたちに渡してもいいかもしれない。


「あと…ガラテアさんは怒るかもしれませんが、僕の大切な友人であるワッツの思い出の場所でもあるでしょう…?それはワッツがあなたと同じキセルを今も大切に使っていることからもよくわかります…」


「……」


 ガラテアは自身の持っているキセルへと目をやった。

 その目は優しい。

 ワッツとの経緯に関しても、何か悲しい行き違いがあるのではなかろうか。


「もちろん部外者の僕などにはわからない色んな理由があったのだと思います。けれど今は、それは一旦棚上げしておきませんか?…とにかく僕は、この工房を私利私欲のために潰そうなんていう考えには納得できません。こんな話、ササッと片付けちゃいましょう?うちの仕事もこれからお願いしたいところですしね」


 俺はウィンクしながら、ペロっと舌を出した。

 俺だって若干私利私欲に走っている面があるからね!


「はっはっは…。それができれば痛快なのですが…。しかしレイン様…、約束の期日は本日の夕刻。もうあまり時間もありませんし…、ましてやオリハルコンなどという金属を精製できる者など、もはやこの世に存在しないのです…」


「…僕に試させてもらえませんか?そのオリハルコンの精製」


 俺は親指を立てて自分に向け、自信満々にガラテアにそう告げた。


「えっと…。今何と…?」


「オリハルコンは、必ず僕がなんとかして見せますよ!!」

 

 俺は超爽やかな笑顔を、ガラテアやシャーレイに向けたのだった。


 ※※


 …とは言ったものの…えーん、ごめんなさい…。


 俺の手の中にあるオリハルコン…。

 全力で火の魔法をぶちかましてるのに、1ミリたりとも溶ける気配がないんですぅ…。

 少し前、親指を立てて自信満々にオリハルコン溶かす宣言した俺を、タイムマシーンに乗ってぶん殴りに行きたい…。

 最近色々上手くいっていたから調子に乗ってしまった!

 うわーん、恥ずかしい!!


「す…凄まじい炎ニャ…。青い炎なんて初めて見たニャ…。普通の鉄とか銅なんて、煙みたいに消えちゃうんじゃニャいですか…?」


「うむ…。レイン様のような凄まじい魔法使いは、私ですらこれまでに見たことがない。…しかしそれにつけても驚くべきはオリハルコン…。あの超高熱をもってしてもただの一片も欠けることがないとは…」


 工房内の全員が作業の手を止め、俺に注目している。

 そりゃそうだ。

 これが成功すれば、工房が存続できるのだから。

 だが…。


(くっそ…もう魔力が尽きかけだ…。いや、もう一回…もう一回だ。俺が諦めてどうするよ……って、あれ…目の前がちょっと暗く…?)


 やっべ、マジで魔力切れ…?

 ちょっと視界が…。


「あっ、あぶニャイ!?」


 シャーレイはそう叫ぶと、咄嗟に地面を蹴った。


 …ガッシャーン…!!


「シャ…シャーレイ!?大丈夫か!?」


 ガラテアや他の職人たちが俺とシャーレイの所に駆け寄ってくる。


 しまった…フラッとしてそのまま倒れてしまった。

 どうやら近くに積んであった資材に突っ込んでしまったらしい。

 

 しかしこの時、俺が怪我をすることはなかった。

 なぜなら…。


「うーん…いててて…。あっ!シャ…シャーレイさん!?」


「ニャハハハ…。だ…大丈夫ですかニャ?レイン様?」


 猫耳の女獣人シャーレイ。

 どうやら資材の山にぶっ込んだ俺を、倒壊する鉱石などから庇ってくれたらしい。


「け…怪我をしているじゃないですか!なんで…なんで僕なんかのために…」


 どうやらシャーレイは俺を庇った拍子に足首を捻挫してしまったようだ。

 俺は困惑した表情でシャーレイを見る。


「いやいや…。レイン様こそ、ワッツさんのことや仕事の依頼があるとは言え、別に親しくもないうちの工房のために必死になってくださっているニャ。無礼を働いた親方のことも許してもらいましたし、これぐらいお安い御用ですニャ…いちちちち…ニャハハ…」


 涙目で自らの足首をさすりながらそう言ったシャーレイ。

 なんてことだ…。

 不甲斐ない俺のために…。


「す…すみません…。今すぐ回復を…!」


 俺は右手にオリハルコンを持っていることも忘れ、すぐに左手をかざし、シャーレイに光の治癒魔法を行使する。


 パァアアア…!


 白く優しい光がシャーレイを包む。

 工房内がどよめいた。


「おぉ…?まさか…レイン様は火の魔法だけでなく、光の魔法も…?」


「あぁ…。私の脚が痛くなくなって…治っていくニャ…!」


 ふぅ…軽い捻挫でよかった。

 これで大丈夫だろう。

 よし、もう一回気合を入れて…。

 俺がそう思ったその時の出来事だった。


 グニャリ…。


 ん?

 な…なんだ?

 右手に変な感触が…。


「あ…。あぁ…。見てくださいシャーレイ…!右手のオリハルコンが…」


「…!?ほんのちょっとだけ、へこんでる…ニャ…」


 再び大きくどよめく工房内。

 

 ほんの少し。

 何故かほんの少しだけ、俺の右手の中にあるオリハルコンの結晶の形が変わっていたのだ。


(なんでだ…?俺はシャーレイを治療していただけで…。んん…?治癒…治癒魔法は光の魔力…。そ…そうか!わかった…わかったぞ!!)


 ガシッ!


 俺は両手でシャーレイの両肩をぐっと掴んだ。


「ニャ!?レイン様!!?ど…どうしましたニャ!?」


 突然のことに顔を真っ赤にするシャーレイ。


「シャーレイさん!わかったんです、オリハルコンの精製方法が!!僕を…僕を一番大きな炉の所まで案内してくださいませんか!?」


「は…はいですニャ…。一番大きな炉ですね?こっちですニャ!」


 俺はシャーレイに連れられ、ガラテア工房の中心部に位置する、工房内で最も大きな炉の前に立った。


「ここへこうして…でいいのかな?」


 俺は職人たちに教えてもらいながら、炉の中へオリハルコンの結晶を投入する。

 同時に身体の中に、火と光の魔力を全力で練り込むとともに、全ての魔力を右手に集中させ、混ぜ合わせはじめた。


(イメージはシロの炎…。あぁっと…うちのシロじゃなく、白の炎…。邪気を払い、闇を焼き尽くす、正しく真っ白な炎だ…。ピケットだかロケットだか知らんけど…、お前のつまんねぇ野望なんて、宇宙の果てで燃え尽きちまえ!!)


「いきますよ、みなさん…!ガラテア工房みんなの力で、ピケット侯爵の思惑なんて炉にくべちゃいましょう!!」


 そう叫んだ俺は、炉の中に火と光の魔力を混ぜ合わせた炎を発現させた。


 ガカッ!!


 巨大な炉の中から、瞬時に強烈な白い光が溢れ出し、工房の隅々まで照らし出す。


「お…おぉ…これは…!?白い炎…!!?」


「き…綺麗だニャ…」


 工房内の全員がその輝きに目を奪われる。

 そして。


「お…親方…あれを!!」


 シャーレイがそう叫ぶ。


「う…うむ…。まさかこんな日が来るとは夢にも思わなかった…。神代以降…誰も成し得なかったオリハルコンの精製…それが今ここで…我がガラテア工房で…」


 ガラテアの目には涙が浮かんでいた。


 それはおそらく、工房の存続に関する光明が開かれたからではない。

 1人の鍛冶職人として…そして鍛冶に己の人生の全てを捧げてきた1人のドワーフとして。

 今はただ全てを忘れ、伝説の金属オリハルコンの精製を食い入るように見つめている。


 一際大きな炉の中では、白く輝く炎が、まるでオリハルコンを慈しむかのように、いつまでも揺蕩っているのだった。

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