第37話 黒山羊さんたら世渡り上手?
『ブヒュー…ブヒュー…』
無様に転げ回った変態黒山羊は、その体から、まだ微かに煙を吹き上げながら、怨嗟の目を俺の方へと向け、低く恐ろしげな声を発した。
『こ…このガキィ…何をしやがったぁ!?』
お?
さっきの紳士ぶった態度は何処へやら。
ドス黒い本性がこんにちはしてきたのかな?
「何…と申されましても…。上からお水を掛けただけですよ?ほら、ドッキリとかでよくあるじゃないですか!突然上から水がザバァってやつ。まああれと同じと考えてもらえれば…」
『訳のわからんことを…!人間如きが崇高な悪魔たるこの俺様の体を何故傷つけられる…!?それを聞いているんだ!!』
息も絶え絶えに、苦しそうに立ち上がる変態黒山羊。
どうやら、相当効いたらしい。
「お宅、ご自分でおっしゃってましたよね?光の魔力に弱いとかなんとか。だからまあ、なんというか、水と光の魔力を合成した液体を(光魔力量、当社比2割増)掛けてみたんですぅ」
てへ。
俺はほっぺに指を当てて首を傾げ、かわいこぶりっこしてみた。
『魔力の合成…だと…?…ぬかせ!!そんな神業、虫以下の人間風情にできるはずないだろうがぁ!』
俺は肩をすくめ、ため息をつく。
そんなこと言われてもなぁ。
『…まあいい…。すぐに本当のことを喋りたくなるだろうさ…。闇の悪魔の恐怖の真髄、貴様らの眼に焼き付けるがいい!』
ん?
んん?
おぉ…なんか部屋が暗くなっていく?
『…ぎゃはははは!まずは貴様らを空間ごと真の闇で閉ざしてやろう…!!視覚や方向感覚、そして時間の感覚すら失い、いつどこから来るかわからない俺様の攻撃に、永遠にも似た恐怖を味わうがいい!!あぁ~…また興奮してきたぁ…!!』
変態黒山羊の目が紅く妖しく光ったかと思うと、あたかも黒い霧が部屋中に立ち込めるように視界が暗く、そして黒く閉ざされていく。
「うわ!なんかえらい暗なっていくで!」
「くっ…これは!?」
辺りを見回すユリとヴィンセント。
俺の視界も変態黒山羊の魔法のせいか、どんどん暗黒へと染められていく。
だが。
「えっと、明かり明かり…っと」
『ぐっひゃひゃひゃひゃひゃ!俺様の作り出す闇はただ暗いだけじゃねぇ、光すら吸収しちまうんだ!!多少お前が光の魔法を使えたところで…、…って…うぐぁぁ!!?な…なんだ、こ…この光は…!?ぎゃあああああああ!!?』
パァアアアアアア!
今度は強烈な白色の光が部屋中を染め上げ、一瞬で黒い霧のようなものがかき消されていく。
俺は部屋の天井の中心部分に、明るく輝く光の魔力玉を作り出し、そこから部屋中を照らした。
ジュウ!
『ぎぃやああああああ!!?』
またもや変態黒山羊から白い煙があがる。
お前煙突かなんかなのか?
煙ばっかり吹いて。
『ひ…光!!この光を止めてくれえぇぇ!!熱い!死ぬぅうう!!!お願いです、止めてください!!なんでもしますからぁ!!』
またまた床を転がりながらのた打ち回る変態黒山羊。
しばらくその様子を眺めつつ、俺は光を消す。
部屋の中は日光が差し込む、通常の昼下がりの明るさに戻った。
「なんでもするっていうのは、本当ですか?」
俺は床に伏したままの変態黒山羊に尋ねる。
『はい!はいい!なんでもしますぅ!ですので、どうか…どうか痛くしないでくださいぃ!!痛いのは嫌いなんですぅ…!!』
まだ体の至る所から煙を吹き出しながら、変態黒山羊は即座に土下座の姿勢を取った。
コイツ…、人には苦痛に身悶えするのどうのこうの言ってたわりに、自分は痛いのがそんなに嫌なのかよ…。
「…わかりました。ただし、変な真似をしたら、ただじゃあおきませんからね?」
『しませんしません!というかもう何もできません!!光の魔力でこの体は焼け焦げてボロボロなんですぅ。もう一生、細々と生きていくのだけで精一杯ですぅ!』
変態黒山羊は土下座の姿勢のまま、涙を流しながら何度も床に頭を擦り付けていた。
終いには、頭を床に伏せたまま、顔も上げなくなってしまった。
はぁ…。
「じゃあ改めて聞きますが、お宅はピケット侯爵の命令で、お爺さんを殺すつもりだったんですね?」
『そ…そうです…。その通りです』
変態黒山羊は床に頭を付けたまま答えた。
「ピケット侯爵の目的は?」
俺はゆっくりと変態黒山羊の方へ歩いていく。
『は…はい!爺さんをぶち殺した後、自分が財務のトップになるんだとかなんとか言ってました!!』
「他にお宅のことを知ってるのは?」
『はい!私はラプトン商会とかいう所の商人とも会ってます!…ピケットに多額の賄賂を渡して悪どい商売をしてるとかで、一緒に荒稼ぎするみたいなことを言ってました!!』
成程…、そういう事か。
要はピケット侯爵という人物は、自分が財務の権限を手中に収めたいがためにヴィンセントのお爺さんを殺し、加えてもともと後ろ暗い繋がりのあった商人と結託して、さらに悪銭を稼ぎましょうや!という話か…。
クソすぎるな…まったく…。
『なんでもこのピケットって奴ぁ、詳しくは知りませんが、かなり悪どい金の稼ぎ方をしてたそうで、そこの爺さんから散々責め立てられて、財産も随分と没収されたとか息巻いてましてね…。そりゃ念入りに苦しめて苦しめてぶっ殺せ!と言われたんですぅ』
うっ…。
振り向かなくとも、ヴィンセントの激しい怒りが伝わってくる。
「…他に何か知ってることはありませんか?」
俺は続けてそう聞いた。
だが今度は変態黒山羊は微動だにしない。
ん?
もしや、ついに気を失ってしまったか?
そう思った矢先。
『グフ…グフフフフ…』
突如、変態黒山羊が不気味に笑い始めた。
「あの…何か面白いことでもありましたか?」
はぁ…。
どうせこの次の展開は…。
『グフフ…面白いことですか?あるんですよねぇ…これが。そして最後に大切なことをお伝えしないといけません…』
「ほほう、なんでしょうか。興味深いですね」
俺がそう言い終わった瞬間。
変態黒山羊がバッ!と顔を上げたかと思うと、その両眼が再び紅く、妖しく光っていたのだ。
『生意気なクソガキをぶっ殺す準備ができたってことをなぁ!!』
はぁ…やっぱりか。
なんか今日コイツに会ってからため息ばっかりついてるな、俺…。
俺は勢いよく立ち上がった変態黒山羊を怪訝な顔で見るのだが、よく見るとまた興奮して口からよだれを撒き散らしている。
ひぃ、ばっちぃ…。
『これはなぁ…俺様のとっておきの術なのさぁ…。お前さぁ、俺様がジジイの中に入っていたこと、忘れてたんじゃねぇの!?ぎゃっはっはっはっはっはっ!!』
「はぁ…」
俺は大きくため息をついた。
だがまだまだ興奮した変態黒山羊のおしゃべりは止まらない。
それにしてもようしゃべるね、お前…。
『俺様はなぁ、対象の魔力量を読み取って自らの魔力と同調させ、体を液化させて中へ入れるのさ…!ちょっと準備に時間がかかる術なんでなぁ…、わざわざビビったフリをして、時間稼ぎにしゃべってたってわけなのさぁ…』
いや、本心からビビってたよね?
泣いてたじゃん…、お前。
「…ということは、さっきの話は全部嘘だったんですか?」
『嘘じゃねえさ、俺様が話したことは全部真実だぜ?これから地獄の苦痛に身悶えしながらおっちんで行く哀れなガキに対する、せめてもの温情さぁ!ぎゃはははははは!!』
変態黒山羊は嬉々としてそう叫んだ。
それはどうも、ご丁寧にありがとうございます…。
『ほらほらぁ…だんだん見えてきたぜぇお前の魔力…。この瞬間がたまらねぇ…。さぁお前の魔力に同調してお前の中に……って……えっ?…な…なんだこれ…』
1人でブツブツ言い出す変態黒山羊。
な、なんだよ、俺の魔力はなんか変なのか?
き…気になるじゃんか。
『ひ…ひぃぃぃぃぃ!!?…な…なんだこの魔力はぁ…!!?お…お前、ほんとに人間かよ!!?…バ…バババ…バケモンだぁ…!!』
変態黒山羊は、そのままペタンッと尻餅をついてしまった。
その目から紅い光は失われ、戦意を喪失してしまったのか、ガタガタとその身を震わせている。
(悪魔に化け物とか言われてもなぁ…)
カツ、カツ。
俺は変態黒山羊の方へ、一歩また一歩と進む。
『あ…あぁ…く…来るなぁ…バケモノ……』
尻餅をついたまま後ずさる変態黒山羊。
しかししばらく進むと部屋の壁に行き当たり、後がなくなった。
『ち…違います違います!!全部勘違いなんですぅ!!俺様…いや、卑しい私めは決して貴方様を殺そうなどとは思っておらず…!!つい…本当につい調子に乗って間違ったことを口走ってしまいましたんですぅ!!』
再び土下座の姿勢を取り、必死に釈明を重ねる変態黒山羊。
俺ちょっと頭が痛くなってきたよ。
「…もうそこまでいくと、逆に清々しいですね…」
『じゃ…じゃあ許してもらえますかね!?…こ…これからは心を入れ替えて真人間…ああいや、真悪魔になります!…で…ですので今日のところは何とぞ…何とぞ穏便に…!』
「はぁ…」
俺は腰に手を当て、また大きくため息をついた。
今日1番の、とびっきり大きなため息だ。
「もう何も言いません…」
俺は身体の中で急速に魔力を練り込みながら、ゆっくりと右手を上げ、掌を変態黒山羊へ向ける。
『あぁ…ああァァァ……』
その全身から汗を吹き出し、一層ガタガタと震える変態黒山羊。
「というか…哀れすぎて、もう何も言えません…」
(イメージは光の炎…。ある意味哀れな仔羊、まあ山羊だけど…。それを浄化して焼き払う聖なる炎…)
そのイメージとともに、俺の右手に小さな炎が揺らめきはじめる。
普通の炎ではない。
聖なる光を宿した「真っ白な炎」だ。
『ひいィィィィィ!?…た…たすたすたす…たすけ…けけけけ…!!』
「今度は働き者の真面目な山羊さんに、生まれ変わってくださいね…」
そう言い終わった瞬間、俺は右手から白の炎を放射する。
『ぎぃやああああ!!……ああぁ…!……あ………』
叫び声を上げて間も無く、変態黒山羊は白の炎に灼かれ、この世から消滅した…。
白の炎は不思議と全く熱くもないし、床やその他の物を焼くこともなかった。
ただ灼き尽くされたのは、変態黒山羊のみ。
そしてそこに残されたのは、バスケットボールぐらいの大きさの、巨大な漆黒の魔石だった。
「あっ!しまった!」
変態黒山羊を消滅させた後、俺は大切なことに気付き、ヴィンセントとユリの方を振り返った。
「変態黒山羊の名前聞くの忘れてた!」
俺の慌てた様子に2人は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべるのだった…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます