一角獣とホワイトシチュー 9


 「……すみません」


 申し訳なさそうに首を竦めた依頼人の恩田氏が頭を下げているのは、以前待ち合わせに使ったと同じファミレスの席だった。


 何を謝っているのかと言えば、恩田氏は鏡に映る自身は今まで通りに見えるのに、僕に於いてはそれは違うという事象についてその原因をもたらしたのは例の手鏡と思われる事について、である。


「では恩田さんは手鏡を覗き込んだ後も、自身の姿を普段通りに鏡で見ることが出来るんですね?」


「……ハイ。おかげさまで特に、何も……変わりなく」


 耳の縁を赤く染めた恩田氏が向かい合う僕たちに上目遣いで答えるのを、苦々しい表情で見ているのは宗田くんだった。


「そうですよね……最初にお会いした時も手鏡が変だというお話でしたものね。絹糸のようなものが視えるようになった以外では恩田さんの普段の生活で変わったことはない……でしたら、シキさんとの違いは何なんでしょうね?」

 糸が可愛らしく小首を傾げる。


 宗田くんも糸も、中途半端に知ってしまった手鏡のことを知りたいとついてきたのは良いが「うーわ〜。そんなこと言ってさ、今ちょっとホッとしてんね? あー、アレか。つい比べちゃう人なんだ? 自分よりヤバい人がいると知ったら安心するタイプ?」などと聞こえよがしに口にしたりする宗田くんの脇腹を小突く僕の身にもなって欲しい。


「オレ、間違ったこと言ってねーし」

 口を尖らせた宗田くんを無視し、預かっていた手鏡を鞄の中から取り出してテーブルの上に置く。布越しにこつん、と硬い感触が手に跳ね返る。


「恩田さんが、この手鏡について分かったことを教えて貰えますか?」


 僕たちが見つめる中、乾いた唇を何度か舌で湿らせた恩田氏は、ゆっくりとその口を開いて話し始めた。

 

「……この手鏡は、私の曽祖父にあたる人の持ち物のようです。いえ……おそらく本来の持ち主は、彼の婚約者なのではないかと……蔵の中を引っ繰り返すようにして見つけた古い手紙と、それを挟んでいた彼の日記に、この手鏡のことが書いてある箇所がありまして……」


 


 ―― 私の曽祖父……清一郎というのですが、彼もまたその時代の人らしく親の決めた女性と婚姻の約束をしておりました。ご存知のように、現在とは違って結婚とは家と家の結びつきを重視する親が決めた相手と添うことが一般的でした。

 清一郎の相手となる女性とは幼馴染だったらしく、残されている手紙を読むと幼い頃には交流もあったようです。

 二人が年頃になったことで、両家の間に婚姻の話が持ち上がりました。手鏡はその頃に清一郎がその女性に贈ったものと思われます。


 そうです。

 鏡は割れるものです。

 忌み言葉にもなることから関係が壊れる、仲が悪くなるといわれることもあって、贈り物としては相応しい物ではありません。


 しかし、そのことを充分に承知しておりながらも清一郎が手鏡を贈ったのには、二人が幼馴染として幼い頃から親しんできたこと、お互いに想い合う気持ちが強かったことから簡単に壊れてしまうような関係ではないと固く信じていたからでしょう。

 手紙にも、日記にも、そのようなことが書いてありました。

 さらに相手の女性がとても美しい人だったということもまた、清一郎が手鏡を贈りたいと思った要因であることが、日記や手紙からも、また残されている少ない写真からも分かります。



 しかしながらその婚姻は、果たされることはありませんでした。

 

 相手の女性が姿を消してしまったからです。




 

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