人魚姫とかき氷 2


 依頼人と思わしき女性が、話し続ける間にも、斜めに傾ぐテーブルに置かれたかき氷が溶けて小さな丸く青い水溜りを作った。


「この海の家、私のおばあちゃんの民宿がやってて、夏の間はここを任されてんのよね。ホラ、忙しい時期でしょ? それにその、よく分かんない事務所に行くのもキモチワルイから、ちょっとこっちまで来て貰ったってわけなんだよねー。あ、かき氷食べて。どうぞどうぞ」


 僕と糸が、かき氷を手に取るのを待って再び話始めた依頼人は、でも良かったと言って笑う。

「だってどんな人が来るか、分からないじゃない? ネットで見つけた『不思議な話聞きます』なんて、連絡してはみたけど、なんか考えてみたら嘘っぽいし。私、もしかしてやっちゃった? とか思ったわけ。行ったら帰って来れないとかじゃ怖すぎるから、来て貰ったのよ。で、人がいっぱいいる所で様子見てたの。ヤバそうだったらスルーしちゃおうと思って。そしたらセーラー服着た美人な女子高生と、そのお兄さんデショ? なんかホッとしちゃったんで、お詫びにかき氷をどうぞ〜ってわけなんだわ」


 長い。

 その上色々と言いたいことはあったが、とりあえず冷たいかき氷で誤魔化されることにした僕と糸であった。

 ……何しろ真夏の浜辺は暑すぎる。


「じゃ、悪いけどもう少し待ってて? 応援呼んだからその子が来たら、おばあちゃんの民宿に行こうか。ここは暑いからね。あ、食べ終わったらゴミはあそこ、よろしくね〜」

 

 その間も黙々と冷たい氷を口に運んでいた糸だったが、手と腰を振りながら店へと戻る彼女の後ろ姿を見送っていた僕が向き直るや否や真顔で舌を突き出して見せたのは、青く染まったその様を見せようとしたからに違いない。と、思うことにする。

 まあ、やや熱心に見送り過ぎた感はあるが、アレだ、砂に足を取られて転んだりしても大変だから、ね。

 糸の見事に青く染まった舌を見ながら、僕も同じように糸に向かって舌を出した。



「いやぁ暑かったよね〜。ま、ま、ぐっと飲んでよ。麦茶だけど……おばあちゃんが煮出したのは美味しいんだー」何が違うのかなぁと言いつつ依頼人も美味しそうに喉を鳴らして飲み干すと、ぷっはぁ〜と、息を吐く。


 海水浴場から坂を少し登った所にあるこの民宿に着いた僕たちが通された部屋は、二階にある窓から海が見える六畳の客間だった。

 床の間には小さな白い冷蔵庫があるくらいで、掛け軸も絵もテレビもない殺風景なその部屋だったが、窓からの景色は素晴らしい。

 畳の上に座卓がありそこに茶櫃が置かれていたが、後から部屋に来た依頼人は冷えた麦茶を載せた盆を運んでくると、僕と糸の前にグラスを並べて自身もどっかりと座る。

 基本的に薄着な人なんだな、と冷房クーラーのよく効いた部屋でタンクトップ一枚にショートパンツを穿き畳の上に胡座を組む目の前の依頼人を見ながら、麦茶をご馳走になる。

 うん。ホントに美味しい。

 何気なく三人揃って窓の外に目をやる。


「昔はクーラーなんて要らないくらいだったのに、なんだか年々暑くなるみたい。こうして見ていると窓を開けたくなるでしょう? 夕方近くなれば海風が吹いて涼しくなるんだけど、まだ今は……あ、そうだ。そういえば、まだ名前も言ってなかったよね? 改めまして、生井沢なまいざわ瑠璃るりです。あ、名刺、どうもスミマセン」


 僕が渡した名刺を受け取ると、ちらりとそこに目を落として、また上げた。

 そのやや上目遣いのまま、瑠璃は「北村さん……で、良いんだよね? 独身? 彼女さんもいなそう……いくつ? あ、もちろん歳ね」と聞く。

 もしかして依頼内容と何か関係があるのだろうか。首を傾げる僕が素直に歳を言うと、瑠璃は両手を口元にやって大袈裟に驚いた顔をした。


「やだッそうなの?! ね、ね、これってちょっとした出会いじゃない? 私、今のところ二十九なんだけど歳上とかどんな感じ? 三つくらいなら私的には全然、構わないんだけど?」

 そんなに驚いて見せる仕草の理由も分からないが、どんな感じと言われても……。ぐいぐいと座卓の上へ両手を付き、身を乗り出してくる瑠璃の胸元に思わず視線が泳いでしまいそうになるのを、ぐっと堪えた。


「……二十九歳でしたら、間もなく三十になるのでしょう? だとしたら歳の差は四つだと思います」


 丁寧な口調による糸の冷静なる意見ツッコミが、部屋の温度を少し下げたように感じるのは、気のせいだろうか。


「あらあら? ふーん。やっぱブラコン?」


 僕と糸の二人に向かって、交互に瑠璃が上から下へと値踏みするような視線が痛い。

 その前に、そもそも大きな誤解をしている瑠璃に向かって、糸は妹ではないと僕が口を開きかけたその時、部屋の襖が開いて一人の腰の曲がった老婆が真っ赤な西瓜を載せたガラスの皿と取り皿を持って現れた。


「あ、お祖母ちゃん……ありがとう」


 にこにこと笑って、頷きながら座卓に西瓜を載せた皿を置くと、瑠璃に向かって少しだけ顔を顰めて見せる。


「……はぁい。ごめんなさーい。でも、お祖母ちゃんだって、好みのタイプのくせに〜」

 あははと、声を出さずに口元に手を当てて大きく笑う瑠璃の祖母は、そのままちらりと僕と糸を見て、ごめんねと言うように手を上げて部屋を出て行ってしまった。


「ま、ここはお祖母ちゃんに免じて引き下がるけど、いつでも気が向いたら言ってね? ……さ、良かったらスイカもどうぞ」


 銘々皿とひと口に食べやすいように、切られた西瓜の載った器を瑠璃が勧めながら、続けて言う。「気付いたかもしれないけど、お祖母ちゃんは口が聞けないんだ。で、この話は私が北村ふしぎ探偵事務所に聞いて欲しい話と関係してくるんだけど……」


 どこから話をしたら良いかな……。

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