第54話 イケメンの決断
どうしても緊張をごまかすことができなかった。いつもより早く目が覚めて、いつもより早く準備が終わったまま、鏡の前で嘆息した。
今日は母親も父親も仕事で家にいない。久しぶりに家に誰もいないからこそ、こんなことをしていた。
鏡に映っているのは、学校に行くには相応しくないような様相の自分の姿。一般論でいえば、普段の化粧している状態のほうが学校生活には相応しくないのだろうが、自分としてはあの素顔を隠している時のほうがしっくり来るのだった。
でも。
昨日のことを思い出す。きっかけは、昨日の帰りに美波に言われたことだった。
───学校で化粧をしているのは、まだ怖いからですか
何が怖いのか明確ではない少し抽象的な言葉ではあったものの、その言葉を言った時の美波の寂しそうな顔は、自分の考えを見つめ直すきっかけには十分だった。
別に怖いわけではない。惰性でここまで続けているだけで、美波が心配するようなことではない。そう思いつつもこうして鏡の前で渋っているのは、変化を嫌いすぎる自分の性格ゆえだろう。
自嘲の笑みを浮かべようとして、そらすら引きつっている自分の顔に呆れを感じつつに鏡から目をそらした。
もう朝は深まっていた。
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朝学校につくと、まだ教室には誰もいなかった。波留君すら来ていないを若干残念に思いつつ、意気消沈して席に着いた。
別にあたしは舞い上がっている訳じゃないと信じたい。あたしだけおかしくなってるなどとは信じたくない。美波ちゃんや光瑠ちゃんは、いつもと変わらずに落ち着いているのにあたしだけ舞い上がってるのは子供っぽいから。
自分の性格が変わってしまったと感じるようになったのはつい最近のことだ。波留君に、恋をしてから。あれからずっと夢見心地でいるような気がしてならない。
誰もいない教室は静かだ。あたしはこの空気があまり嫌いではなかった。前は自分がこんなことを思うだなんて想像すらできなかっただろうけれど。
───がらりと、教室の扉が開いた。
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教室の中には、もう既に涼香ちゃんがいた。なにもすることがなかったのか、机に突っ伏した姿勢のままこちらに視線を向けている。
「早いですね、涼香ちゃん」
「美波ちゃんも大概に早いけどね」
前からは考えられないような、優しくて朗らかで柔らかな笑みで涼香ちゃんが笑う。最近こんな風に、涼香ちゃんの笑顔はすごく綺麗だ。少し嫉妬を感じてしまうくらいには。
教室のなかは二人だけだ。少し前だったら気まずかったかもしれないけれど、今は涼香ちゃんと話すことは本当に楽しい。
「今日何か予定ありましたっけ?」
私の質問に、涼香ちゃんが首を横に振る。
「なんもないけど早く来ちゃうのは波留君の専売特許だったのにね」
「そうですね」
実際、波留さんよりも早く学校に来たのは初めてかもしれない。
「光瑠ちゃんも来るかな」
「きっと寝坊してますよ。涼香ちゃんのせいで眠る時間がなくなってきてるみたいですから」
「あたしのせいにしないでよ」
涼香ちゃんが笑いながら答える。少しぼかした言い方でも伝わったらしい。
涼香ちゃんはこの頃、光瑠ちゃんと私に対して春ノ夜さんの動画を頻繁に薦めてくる。何語素晴らしいのかを事細かに説明されて動画を見せられた挙げ句では、沼にはまらないわけがなかった。
「美波ちゃんはどうなの?」
「……最近肌の調子が悪い気がしますね」
「無事引きずり込めたみたいね」
より一層の笑顔になって、涼香ちゃんは嬉しそうに言った。
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緊張しながらも教室の扉の前に立つ。
朝の登校はそこまで酷くならなかった。少し回りからの視線は感じたものの、早めに出たお陰か学生はあまり見かけなかったのだ。
教室のなかには既に人がいるようだ。聞き慣れた声が二つで、他には誰にもいなさそうだからここまで緊張する必要はないのだが。素顔など何度も見られているのだから。
息を吸って、扉に手を掛けた。自分の素顔を曝すのはここまで怖いものだろうか。自分の場合は悩みは特殊かもしれないけれどもが。もし、受け入れられなかったら、今の環境が崩れてしまったら。
しかしそんな不安とは対照的に、胸を躍らせている自分もいた。
この一歩は、新しい自分を作る一歩だ。
扉を開けて、中に踏み出した。
ハイスペック隠れイケメンはひっそりと生きたい 二歳児 @annkoromottimoti
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