第52話 イケメンとボーイッシュ

 最近、時々思うことがある。波留君は僕たち一般人とはどこか違う感覚で生きているのではないかと。


 ………時折不意打ちでほめたりしてくるのは心臓に悪いからやめてほしい。僕はどちらかというと言われることが少ないから『かわいい』っていう言葉には弱いんだよなめんな。


「………光瑠、なんで拗ねてる?」


「別に拗ねてないですー」


 自分だけ恥ずかしい思いをしているのが悔しくて拗ねてるなんてそんなことはない。本当に。


 今日は初めて僕と波留君二人だけで出かける日だ。僕は一人で勝手にデートだと思っている。だから気合を入れた服装で来たのだけれど、それを見た波留君が『かわいい』の一言。僕はそれで動揺して、十分程度まともに話せない有様だった。


 波留君の今日の服装は結構ラフで、緩めな紺色の長袖Tシャツにジーパンだった。髪はワックスで上げられていてイケメンモードの波留君だ。性格にまで影響されるのか、いつもよりも口調に制限がかかっていないように感じる。


「……今日は光瑠が行きたいところあるんだっけか?」


「そ!まだ教えないからついてからのお楽しみね」


 別にこれと言って特別な場所に連れて行くわけではない。ただ、少しでも波留君に楽しんでもらいたいと思ったからそうしているだけだ。


 僕だって、初デートに緊張しないわけじゃない。


 どちらかというと波留君にエスコートしてほしかったけど、たぶん波留君は僕と初デートだということをあまり認識してない。だからこれはただの自己満足。


「……波留君の服も、いつもより男っぽくてかっこいいよ」


 緊張で足取りがおろそかになりながらも、言葉を口からひねり出す。波留君は一瞬目を見開いて、そのあと優し気な笑みを浮かべた。


 まるで僕を動揺させるためだけの笑みのようで、知らず知らずのうちに心臓は早鐘を打っていた。



▪▫■□◆◇■□▪▫▪▫■□◆◇■□▪▫▪▫■□◆◇■□▪▫



 電車の中は思ったよりも混んでいた。もう少しいていてゆっくりできると想像していたばかりに残念だった。


「……っ、ごめん」


 と、思ってたけどそんなことなかった。


 すぐ出られるようにと出口の近くに立っているんだけれど、今僕の視界には波留君しかいない。正確には、波留君の胸元と下から覗きこむその優し気な顔。つまりは、人の波に押されないように波留君は僕のことをかばってくれていた。


 良い匂いはするし、下から見てるってのに顔は良いし、なんか熱が伝わってきそうなほど近いし、逆に僕の心臓の音聞こえそうで怖いしで、やばい。


「……光瑠、顔赤いけど大丈夫か?」


「う、うん。……だいじょぶ」


 やっぱだめです。息できない。



▪▫■□◆◇■□▪▫▪▫■□◆◇■□▪▫▪▫■□◆◇■□▪▫



 何とか電車を乗り切りました。


「で、今日は何処に連れてってくれるということでしょうか、光瑠様?」


「えっとね、今日は……ここ」


 スマホの地図機能で目的地を表示し、確認してもらう。


 ………最近波留君の距離感がおかしくて、こういう時に抵抗なくすぐ近くに来るから心臓に悪い。今もすぐ横で画面を覗き込む波留君の横顔が視界の端に見えるせいで集中できない。


「喫茶店?」


「そう。正確にはマンガ喫茶です!」


「おお、行ったことない」


「だと思った!僕も行ったことない!」


 せっかく遊ぶ約束を取り付けたのだからと必死になって調べてみると、マンガ喫茶がよさそうじゃないかとこうして目的地にしたわけだ。マンガを読むのに夢中になったら意味がないんじゃないかと思うだろうけど、マンガ喫茶と言いながらもほかにもいろいろできることがあるらしく。


「カラオケルームまであるんだな」


「そうなんだよね。僕も知らなかったんだけど、ビリヤードとかダーツとかもできるみたいで」


「いいじゃん。楽しそう」


 波留君が嬉しそうに目を輝かせた。………まだ実際に楽しめるかどうかわからないけれど、とりあえずは楽しみにしてくれてそうでよかった。自分が気付かないうちに結構緊張していたようだ。


 まあ、波留君と出かけるのだからと気合を入れていろいろと準備をしたのだ。緊張するのも当たり前だろう。


「………いろいろ考えてくれたみたいだな。ありがとう」


「……気合入れ過ぎだった?」


「いや、そんなことない。嬉しかった。………実は美波から『光瑠が今頑張って準備してるから波留君はあんまり計画とかしない方がいいかも』って言われてて。自分が何もしないのは凄い心苦しかったんだけど………。ごめん。俺も何か手伝えば良かった」


「ミナぁ……。別に、波留君に手伝ってもらわないとできないほど子供じゃないから大丈夫だよ。……あと、また、二人で遊ぶ機会があるだろうから………」


「そうだな。その時は俺が計画するってことで」


「あ、ありがとっ」


 ちゃんと、波留君も今日のお出かけを軽く見ていたわけじゃなかったようだ。それが今はどうしようもなく嬉しかった。そして、次のデートの話。またデートしてくれるという言葉は、僕にとっては凄く嬉しい。


「じゃあ、とりあえず入るか」


「入る!」


 二人で話しながら歩いてたからか、目的地にはもう既についていた。僕にとっての初デートは始まったばかりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る