第45話 美人は辛い

 まあ成功しないだろうなとは、心のどこかで思ってはいた。


 心配だからと家の前まで送ってくれた波留さんの背中を寂れた感情で見送りながらも、半ば放心状態で家の中に入る。母親の出迎えの言葉に心ここにあらずで返事をし、荷物などを置いてそのまま自室のベッドに倒れ込んだ。


「………私だから駄目だったのかな」


 そんなことないと、信じたかった。でも、もしかしたら涼香ちゃんなら、光瑠ちゃんなら。私にない良さを持った二人なら。


 もしその時は私は素直に祝福できるだろうか。


 私の告白を受けたときの波留さんの表情はいまだに心にこびりついている。時間をくれと言ったときの、苦しそうな表情も。


 もしかしたら、いい返事をくれるかもしれない。まだ明確な返事は帰ってきてないのだから。でも。


「多分、無理よね……」


 あんな顔をされたら悟らざるを得ない。私だからどうのこうのではなく、私がだめだったのだ。私だから駄目だったのだ。


 いつの間にか視界が滲んできた。


 もしかしたら、そんな思いだけだったのに。一歩踏み出したのは間違いだったのだろうか。私なんかが挑戦するべきではなかったのか。


 カーテンを開けることも部屋の電気をつけることもしないで、薄暗い中で枕に顔をうずめる。えずきにも似た嗚咽が誰にも聞かれないように息を呑み込んだ。



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 私にも、期待をすることぐらい許されていたはずだった。その先は、許されていなかったようだけれど。


 いいじゃないか。夢を見たって。


 自分の本当に好きな人と付き合って、幸せな家庭を気付くような想像をしたって。これからの幸せな予感に胸を膨らませるような、年頃の女子のようなことをしても。


 恋愛、その言葉には今までは嫌悪感しかなかった。私にっての恋というのは一時で終わってしまうもので、一方が一方に押し付けるものだと思っていた。それだけでしかないと思っていた。


 こんなに幸せだなんて、こんなに胸が躍るだなんて。


 こんなに苦しいだなんて、私は知らなかった。


 今までの人生すべてが変わってしまったかのような気がする。それほどに、私にとっては大事なことだった。


 『逃げ』っていう一言ではぐらかせるようなことではないはずだった。もっと大切に悩んで、もっと大切に気遣ってほしかった。わがままだってことは分かっている。今まで告白されても見向きもしなかった私が言えるようなことじゃないって分かってる。


 それでも、大好きだった。


 出会って、少し経った時から。そして、今でも。


 優しさだとか、ふと見せる子供っぽいところだとか、私が知らない世界を見せてくれるところだとか。私が好きにならない理由なんてなかった。


 胸の奥が締め付けられるだなんて表現じゃ足りない。どれだけ枕を抱きしめても、消えてなくなることのない痛みがずっと胸の奥にはびこっている。涙が波のように溢れては引いていく。それを繰り返す。


 吐き出す息すべてが喉を湿らせる。ぼやけた視界が私の心情の一部を如実に表現している。


 後悔は、不思議となかった。でも達成感はない。


 あるのは、少しの苛立ちと、寂しさと、悔しさと、悲しさだけだ。


「………辛くないわけないじゃん、波留君」


 今まで君付けですら呼べなかったその名前を、一人の部屋で、振り返ってもらえなかった私が呟く。


 震える息をもう一度吐き出した。

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