第67話 人狼ゲームと清美は言う その四



 親しい者——とは言うが、それはほんとの人間ではない。その人に化けたマイノグーラの仕業だ。だが、まだ、同じ人物に化けている可能性はすてがたい。早めに見つけだせば、退魔できるかもしれない。


 だからこそ、容疑者は慎重にしぼりこまなければいけない。


「えーと、さっきいた人たちですか? 誰がいましたか?」と、アグンが言うので、龍郎はスマホを出して、さっきのメモを音読した。


「ああ、車道にいたグッドルッキングはラマディンですね。あれも幼なじみです。えーと……」


 急にアグンが口ごもる。言いにくいことでもあるようすだ。


「ラマディンさんが何か?」


 アグンはためらう。


「英雄さん。悪魔をほっとくと、もっと村に犠牲が出るんですよ?」と説得すると、やっと口をひらいた。


「ラマディンはディンダのことが意中の人でした。本人は隠していたんですが、友達はみんな知っていましたね」

「そうなんですか。でも、意中の人ってことは片思いですか? ディンダさんと特別な仲ではなかったんですね?」

 

 アグンは首をふる。

「それは本人たちでないとわかりませんね。ディンダの両親はラマディンの父が正式に結婚を申しこみに来てくれることを心待ちにしていましたが」


 日本人の龍郎はアグンの言葉に、ちょっとひっかかりをおぼえた。


「待ってください。ラマディンさん本人でなく、お父さんが?」

「そうです。バリでは正式な結婚の申しこみは新郎側の男の親族がします。都会では昨今、だいぶ自由みたいですが、こんな古くさい村ではね」


 そう言って、アグンは肩をすくめる。

 さらにはアグンはこんなことも言って、龍郎をおどろかせた。


「ラマディンはディンダの父方の従兄弟だから、ディンダにとって申しぶんない相手なんですよ。身分もいっしょだし」

「み、身分?」

「ヤ! 身分。日本にも武士と農民、商人、ありますね?」

「いや、それ江戸時代だし。今はもう身分制度なんてないよ」

「そうなんですか。羨ましいですね。バリではまだ身分制があります。自分より身分の高い家の女の人と結婚するのは難しいです」


 アグンの優しげな顔がほんの少しくもった。もしかして、アグンは自分より身分の高い女性に片思いしているのではないかと、龍郎は直感した。


 スマホで調べてみると、バリ島はヒンドゥー教なので、インドと同様のカーストがあった。上からブラフマナ、サトリア、ウェシア、スードラだ。

 現在は境界がゆるくなり、職業がカーストに縛られることはなく、また身分違いの結婚も、かつてほど忌避されることはなくなったようだ。が、農村などではまだその風潮が残っている。


(このうちのカーストってなんだろう? 相手の女性が上ってことは、少なくとも最上位じゃないよな)


 身分制度のない国から観光に来た日本人としては、ふみこんで聞くことがためらわれる。


 だが、このとき、片手でいじっていたスマホで有益な情報を得た。名前だ。バリ島のカースト制は名前に表れる。身分によってつける固有の名称がある。

 それによると、“アグン”は二番めの身分であるサトリアの男女につける名前だとわかった。

 先祖が戦士や王族だったということだ。龍郎の先祖も武士だったので親近感がわいた。


 とにかく、村の恋愛事情は日本よりかなり複雑で面倒らしいということだけは理解した。


「わかりました。じゃあ、ラマディンさんはディンダさんと結婚を約束していたとしても不思議はないわけですね?」


 すると、アグンではなく、プトリが口をはさんだ。プトリはひじょうに大きなアーモンド型の双眸をしていて、黒い瞳が印象的だ。見つめられると、ぜんぜん気のない龍郎でもドキリとする。


「ディンダには好きな人がいました。相手が誰なのかまでは知りません」

「相思相愛だったんですか?」

「そこまでは……」


 まあ、それはしかたないだろう。

 本心を他人に打ちあけないジャワ人の女性が、好きな人のことをかんたんに誰かに告げるとは思えない。


「でも、ディンダさんの両親はラマディンさんとの結婚を望んでいた。つまり、相手がラマディンさんなら、ディンダさんはとっくにオッケーしてたはずですよね? なんの障害もないわけだから」

「そうかもしれない」と、アグンがうなずく。


 人間で言えば、これは殺人の動機になる。片思いの女性に、別の好きな人がいる状態なわけだ。

 しかし、この概念が邪神に通用するとは思えないし、そもそもマイノグーラが姿を借りた当人の気持ちなんて配慮するわけがない。


「まあ、いちおう、ラマディンさんは容疑者候補の一人かな。従兄弟なら親しくはあったんだろうし」

「そうですね。二人がケンカや仲たがいしているのを見たことないですね」


 龍郎はスマホのメモを見なおした。


「この人はなんて名前ですか? トルコ系みたいな彫りの深い顔立ちのすごいハンサムがいたんですが」

「ああ、ワヤンですね」

「ワヤンさんですか」

「ワヤン・アプディです。彼は村一番のナイスルッキングです。すごい美青年でしょ? 村の女の子は彼が通ると、ほっぺた赤くなりますね」

「なるほど」


 たしかに美形だった。日本人の女性でも、たいていは声をかけられでもしたら、ぼぉっとなるだろう。村の女の子の憧れの的なのだ。


「ワヤンさんはディンダさんと仲がよかったですか? ディンダさんの好きな人がワヤンさんだったってことは?」


 困惑ぎみにアグンは首をかしげた。

「そうだとしたら、かわいそうですね。ワヤンはスードラだから、ディンダの両親が許しません」


 さっきの身分制度だ。スードラは最下層のはず。


(でも、待てよ。ということは、ディンダさんがワヤンさんと恋仲だったとしても、誰にも秘密にするよな。夜中にこっそり密会するしかないって可能性はある)


 村一番のハンサムも容疑者の仲間入りだ。

 容疑者はまだ他にもいるかもしれない。

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