第49話 六郎の首 その四



 学習ノートである。

 ノートには、意外なほど達筆な美しい文字が並んでいた。少なくとも習字をあるていど習ったことのある人の文字だ。小学生らしくはない。千雪の叔父は子どものころに神隠しにあっている。もっと子どもっぽい字が記されていると予想していたのだが。


「うーん。これ、何歳のときに書いたんですかねぇ? わたしより美文字ですよ」と、清美。


「そう言えば、清美さん。司法書士だったっけ」

「そうですよ。文字の美しさは心の美しさ」

「……そうだね」


 ちょっと違う気もしたが、反論しても時間を食うばかりだ。龍郎はスルーした。


「千雪さんが生まれる前に六花さんはすでにいなかったから、たぶん二十から三十年前くらいの日記かな?」

「年号は入ってないですね。月日だけ」


 達筆すぎて逆に読みにくいが、最初の一ページから気になることが書いてある。


「今日、あれが来た。僕はあれにつれていかれるのかもしれないと思い、これを記しておくことにする。子どものころから、何度もあれの夢を見てきたけど、やっぱり僕はあれに呪われているんだろうか?」


 清美が声を出して朗読してくれるのを聞きながら、文字を目で追った。


 十歳になった誕生日から、それは始まったらしい。つまり、落武者の霊が部屋の外へ迎えにやってきて、こっちへ来いとくりかえし声をかけてくる、というのだ。


 しかし、それは龍郎たちも知っている事実だ。武者は村中の男の子のもとへ来て、六郎のかわりにつれていこうとしている。

 気になるのは、幼いころから武者たちの夢を見ていたという記述だ。


「男の子だからかな? それとも、霊を見たんだけど、夢だと思って寝てしまった……とか?」

「続き、読みます」


 清美がまた音読する。

 毎晩、落武者がやってきたときのようすが詳細に記されていた。が、あまり進展がないので、数ページとばしてもらう。


「あっ、このへん、夢のことが書かれてますよ」

「じゃあ、そこ、お願いします」

「まっかせてください」


 えっへんと、わざとらしい咳ばらいをして、清美が続きを読む。


「友達の家にもあれが来るというので、今日は学校の帰り道にみんなで、その話をした。だけど、誰もあの夢は見ていないと言った。どうやら夢を見るのは僕だけのようだ。僕は物心ついたころには、あの夢を見ていたのに。もしかして、みんなよりも多く、あれが来るのはそのせいだろうか。

 僕は夢のなかでは六郎と呼ばれている。この村の北のすみっこにある六路の井戸のそばの家で、数人の大人たちと暮らしていた。どことなく古い黄ばんだ写真のように、景色が色あせて見えるけど、それは僕がずっと昔に経験したことなんだと思う……」


 思わず、龍郎は清美の朗読をさえぎって声をあげた。


「ま、待ってください。六花さんが六郎だった? でも、時代がぜんぜん、あわないじゃないですか」


 神父が冷静沈着に口をはさむ。

「転生したんだ」

「転生……ですか」


 それは以前の龍郎なら信じなかったかもしれない。しかし、現に恋人の青蘭は天使の魂の転生した姿だ。

 青蘭は天使だから、というのもあるかもしれないが、それが人間にも起こらないとは言いきれない。


 青蘭が天使の転生だと知ってから、龍郎はこんなふうに思うようになった。

 まだ人類の科学では解明できない現象ではあるけれど、それは宇宙の法則の一種なのかもしれないと。


 星は死ぬとき、爆発してガスになって宇宙空間に散乱する。それらが集まり、やがてまた新たな星へと生まれ変わる。

 生物にも、それに似たような事象が起こりうるのではないかと。


 たとえば、肉体を構成するものとは別の物質が存在していて、肉体が滅びたときに宇宙そらへ還るのだとしたら。

 宇宙の深淵に保存される大いなる記憶のようなものがあり、魂はそこへ回帰していくある種のエネルギーのようなものなのかもしれない。


「六花さんは六郎の転生だった。じゃあ、落武者たちが六花さんをつれていこうとしたのは、いなくなった仲間だからなんですね」

「おそらく。だが、祭りの夜に六郎の生まれ変わりは、ふたたび武者たちの前から消えてしまった。それでいまだに彼らの呪いが続いている」

「いったい、何が起こったんですかね?」

「さあ?」


 神父が両手をひろげて肩をすくめるので、龍郎は嘆息して清美に視線を送った。


「清美さん。それについて何か書いてありますか?」


 清美はパラパラとページをめくってから首をふる。


「ダメですね。日記に書いてあるのはお祭りの前日までです」

「まあ、それはそうか。死ぬ瞬間のことなんて、その場に筆記用具がないと書き残せないよな」


 しょうがないので、夢の内容について、ほかにも記述がないか調べた。

 おおむねは夢から受けた印象だとか、井戸の場所は怖くて嫌いだとか、落武者たちの声は懐かしく感じられるとか言った感情的なことしか記されていなかった。具体的な夢の内容にはふれられていない。


「これだけじゃ、どうやって武者たちの霊を鎮めたらいいのかわからないな」


 龍郎がつぶやくと、清美が日記をとじて言いだした。


「わたし、夢で見たことありますよ」

「えっ? また?」

「はい。またです。スゴイですね。さすが夢巫女ちゃんですね!」

「あ、うん。そうだね……」


 ちょっとテンションについていけないが、凄い能力ではある。


「それで、何を見たんですか?」


 清美は嬉しげに語る。

「夢のなかで、六花さんの首はどっかの蔵のなかにありました。それを見つけて落武者さんたちにあげたらいいんじゃないですか?」

「蔵? なんで、首が蔵に?」


 肝心なところなのに、清美はそれに対しては首をかしげる。


「さあ」

「さあ……って」


「清美の役立たず!」と、青蘭が叫ぶ。

「役には立ちますよぉ。その蔵を探せばいいんでしょ? なかを見たら、夢のなかの場所かどうかわかります」


 というわけで、明日からは蔵探しだ。




 了

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