第47話 神隠し その三

 *


 最初に見たときから、なんとなく覚えのある景色だと、清美は思っていた。

 このお寺の周囲。

 夢で見たことがある。


(ここって、もしかして、ガマちゃんのいるとこじゃないですか?)


 子どものころから不思議な夢は何度も見た。

 蟻の巣のような構造の暗い建物のなかを、白い人たちと必死に戦う龍郎や青蘭たちの姿とか。あれは螺旋の巣と呼ばれる邪神の魔道空間でのことで、正夢だったとわかった。


 ほかにも多くの夢を見る。

 海底にある古代遺跡のような場所だとか。天使のような翼のある人たちが大勢いる世界だとか。

 それらもいつかきっと、ほんとのことになるという確信が清美にはあった。


 なぜなら、龍郎や青蘭と出会ったからだ。

 夢のなかには自分もいれば、龍郎や青蘭だけがいるときもある。龍郎のことも青蘭のことも、じっさいに出会うよりさきに夢のなかで何度も見ていた。だから、ほんとに会ったときには、すでに懐かしささえ感じる人たちだった。


 家族を亡くした悲しい事件のことも、さほどの痛みもなく乗り越えられたのは、二人がそばにいてくれたからだと思う。

 二人にとっては初対面でも、清美には家族同然によく知る人たちだったから。


 子どものころはひっこみ思案で、友達もいなかった。でも夢の世界では、たくさんの友達がいた。龍郎や青蘭もそうだし、穂村のことも見たことがあるような気がする。


 自分の夢は決して外れないのだと、近ごろは自信を持って言える。


 千雪とは以前に勤めていた会社の先輩後輩の仲だ。千雪が六路村の出身だと知ったとき、いつか、そこへ行くことになるなということは、まだ会社にいたころからわかっていたのだが。


(やっぱり、見覚えある。この裏が池なんだよね。ああ、ある。ある。ここだー!)


 ところせましと並んでいた墓石がとだえると、雑木林にかこまれた草むらがあった。まんなかに池がある。池のほとりに大きなガマガエルがいた。しかも着物を着て。大きさは三、四歳の子どもくらい。


「ガマちゃん! やっぱりガマちゃんだー!」


 抱きつこうとした。が、できなかった。実物を見ると、夢のなかで見たより、かなり蝦蟇っぽかった。


「あっ、ごめん。ハグはムリだ。アマガエルは好きなんだけどぉ。ガマちゃん、イボイボだから」


 ガマガエルのお化けは呆然としている。こんなふうに問答無用で親しげにしてくる人間に出会ったことなどなかったのだろう。


「な……何者じゃ? そなた」

 ゲロゲロした声でたずねてくる。


「清美だよ。はい。おからクッキー。ガマちゃん、好きでしょ? お土産」

「ほう。供物か。なかなかできた娘じゃな。よかろう。よこすがよい」


 水かきのある手で清美のさしだすクッキーを受けとると、蝦蟇仙人はバリバリと音を立ててむさぼった。


「むっ。むむむ。美味」

「そうでしょ? さすがにコオロギ煎餅は作れないから、おからで代用したよ」

「ほう。わしがコオロギ煎餅を好物と知っておるのか。あなどれぬな。そなた、ただ者ではないな?」

「うん。まあ。夢巫女ってやつみたい」


 ほう、と蝦蟇仙人はうなった。

 でも、清美がポケットから出した二枚めのクッキーは遠慮なく受けとる。


「久々に本物の巫女を見たのう。世の中、神通力を持つ者が、めっきり減ったからの。ところで、わしに何用じゃ?」

「友達に会いに来たんだよ」

「友達……」

「わたしたち、友達だよね? はい。おからクッキー」

「うむ。おからくっきーなるものの美味なるがゆえに、そなたの無礼を許そうぞ」

「じゃあ、もう友達」

「うむ」


 清美は蝦蟇仙人の近くにある石に腰かけた。鬱蒼うっそうとした林のなかではあるが、陽当たりがよく、ひなたぼっこにはちょうどいい。


「ところで、ガマちゃん。教えてほしいんだけど」

「うむ。なんじゃ?」


 蝦蟇仙人は夢中で三枚めのクッキーをボリボリかじっている。


「この村って神隠しが多いでしょ? なんでか、知ってる?」


 蝦蟇仙人の平たい口からポロリとクッキーがこぼれおちた。口をあけたまま、じっと清美の顔を見つめている。


「ガマちゃん?」

「……いや、知らんぞ」


 なんだか、うろたえているようだ。

 夢の内容は細かいところまで覚えていることもあれば、ぼんやりとしかわからないこともある。夢のなかで、この日、ガマちゃんと何を話したのか、清美には記憶がない。


「ガマちゃん。なんか隠してる」

「隠してなぞおらん。知らんものは……知らん」

「ほれ、おからクッキー」

「うむ。かたじけない」

「ほんとは知ってるんでしょ?」

「うん? ここは六道輪廻の村じゃからのう。妖魅が寄ってきやすいのじゃ。うまいのう。美味。美味」

「ろくどうりんね……」

「バカもん。輪廻転生のことじゃ。仏門の修行もしておかぬか」

「おからクッキー、あげないよ?」

「そっ、それは……」


 女の子的に許しがたい造形だが、目に涙をためているところは、ちょっと可愛くなくもない。


「清美殿。そればかりはなにとぞ……」

「はい。おからクッキー」

「うむ。美味。美味」


 満足そうに、また菓子をむさぼる。


「ガマちゃんは人間をさらったりしないよね?」

「わしは人間なんぞに興味がない」

「だよね」

「じゃが、ろくろの底におる大蝦蟇には用心するのじゃぞ」

「大蝦蟇?」


 それがなんなのか聞こうとしたときだ。


「むっ。人の匂いがする。ではな。清美殿。わしはこれにて。おからくっきー。美味であった」


 蝦蟇仙人は池にとびこんで消えてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る