第41話 婚約指輪 その二



 ひとまず、男をつれて百貨店のなかの喫茶店へ移動した。


「いったい、何があったんですか? さっきの人は指をどこかに挟んだんですか?」


 たずねると、男は首をふる。

「急に……茉莉花まりかが叫びだして、気づいたときには指が……」

「急に? そんなわけがないでしょう? 見てなかったんですか?」

「店員に言って、指輪をはめさせてもらってたんだ。そしたら、急に……」


「さっき、三人めって言ってましたね? まさか、三人とも同じことが?」


 男が首を縦にふる。


 くわしく聞くと、男が結婚を決意し、婚約指輪を買おうとすると、そうなるらしい。店や状況や日時などは異なるものの、婚約者が指輪をはめようとすると、必ず、その指がちぎれる。


「おれは呪われてるんだ。きっと、このまま一生、結婚できないんだ」


 頭をかかえて髪をかきまわしている。


 やはり、異常だ。

 一人でもそんなことが起こるなんて、ありえないのに、それが三人もくりかえされるだなんて。


「何か心当たりはありますか?」


 龍郎は先日の自分のことを思いだしていた。以前の彼女に贈れなかった婚約指輪のことを。男にもそういう過去があって、前の彼女の霊が邪魔をしている、と考えたのだ。


 が、男は首をふった。


「とくに何も……」

「昔、つきあってた彼女で死んだ人がいるとか?」

「いません」

「じゃあ、あなたにふられて、強く恨んでる女性は? 生霊かもしれない」

「さっき言った三人以外とつきあったことがない」


 どうにも、とっかかりがない。


「龍郎さん。帰ろうよ。他人のことなんて、どうでもいいよ」


 青蘭はまた無責任なことを言う。

 龍郎は青蘭の手をテーブルの下でにぎりしめた。


「まあ、そう言うなよ。困ってる人のこと、ほっとけないじゃないか。もしかしたら悪魔の仕業かもしれないし」


 青蘭がとうとつに背後を指さす。

「あの人にさせちゃえば?」


 かえりみると、フレデリック神父が観葉植物の葉陰から、こっちを見ている。龍郎と目があって苦笑した。


「やあ。見つかってしまったな」と近づいてきて、神父は同じテーブルにつく。


「フレデリックさん。力を貸してくださいよ。どうも、この人、霊障っぽいんですが、原因がわからなくて」


「たしかに、かすかにだが霊の波動を感じるな。この人の身のまわりに原因があるのかもしれない。いったん、自宅を見せてもらってはどうだろう?」

「なるほど」


 これが亀の甲より年の功というやつなのだろうか?


 神父の助言を受けて、龍郎たちは男の自宅へ行くことになった。このときになって、初めて、男の名前を知った。


初壁はつかべ聖哉まさやです。お礼はしますので、指輪の呪いを解いてください」


 男の名前を聞いて、龍郎は驚いた。

 神父や青蘭は気づいていないようだが、それは地元の人間なら誰でも知っている地域の有名企業と同じ苗字だった。一般的な名前ではないので、おそらく間違いない。


 試しにたずねてみた。

「初壁さんって、あの初壁ブライダルの? 結婚するなら初壁——ってCM、子どものころから、よく見ましたよ」


 聖哉はうなずく。

「ああ、どうも。それです。おれは長男なんで、早く結婚しろと、まわりがうるさいんですよ」


 それはそうだろう。

 結婚ブライダルの息子が独り身でいては、親としては会社の体面や世間体が気になる。

 見たところ、聖哉は三十二、三だ。今どき、独身でもまったくおかしくないが、それでも、ぼちぼち家庭を持ったほうが企業戦士としては収まりがいい。


「じゃあ、呪いを解いてくだされば、謝礼として二百万さしあげますので、よろしくお願いします」


 なんだか、聖哉は龍郎たちを霊媒師か何かと勘違いしているようだが、二百万の謝礼は魅力的だ。青蘭の助手の仕事が月給二百万の契約だから、指輪はらくに買える。でも、それは青蘭から受けとった金だ。できれば、別の仕事によって稼いだ金で、さっきの指輪を買ってあげたいと思った。


 というわけで、龍郎たちは初壁家へ向かった。聖哉自身はM市内にマンションを持っているというが、実家は車で約一時間かかる県内のI市にあった。

 聖哉が運転する高級車のあとを、龍郎、青蘭、神父の乗った軽自動車がついていく。


 I市は日本有数の大きな神社のある観光地だ。古くから人口が密集している。道路の開発をされたのも、ずいぶん昔なので、狭くてゴチャゴチャした町並みだ。ドライバーにとっては嬉しくない。


 車一台がやっと通れる坂道をあがっていくと、山ぎわにその家はあった。羽ぶりがいいらしく、新築されたばかりの日本建築だ。立派なひのき工法である。


「どうぞ」と聖哉に案内されて、手入れの行きとどいた前庭を歩いていく。


「ただいま。お客さん、つれてきたよ」


 ガラリと聖哉が玄関をあけ、そのあとについて入った龍郎は、ひとめで聖哉の呪いの原因に気づいた。たぶんだが、“これ”のせいに違いあるまい。


 玄関に三つ指ついて出迎える和装の美女は、どう見ても生きた人ではなかった。

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