第四十話 白と黒

第40話 白と黒 その一



 龍郎と青蘭がM市内の宝飾店に入っていく。

 フレデリックは今日も二人の尾行だ。

 なぜかはわからないが、リーダーのリエルから、そういう命令を受けている。彼ら二人がほんとうに危地に陥るまでは、ただ監視していろと。

 そして、片時も目を離すな——と。


 おかげで毎日、二人がイチャイチャするところを見せつけられて、どうにもおもしろくない。


 たぶん、自分は青蘭に惹かれ始めているのだろうと思う。


 最初は、昔、好きだった人の忘れ形見というだけの存在だった。星流せいるの娘だから、少し興味があった。


 青蘭は星流の面影をあまり継いでいない。おそらく、面差しは完全に母親似だ。少年のように細身の体形だけが、星流とそっくりだ。


 だから、どちらかと言えば、初めて会ったときは、あまりいい印象はなかった。なにしろ、青蘭の母は、フレデリックから恋人を奪った憎い相手だ。


 それとも、恋人だと思っていたのは、フレデリックの一方的な思いこみだったのだろうか? 星流のほうは、そうは思っていなかったのか……。


 フレデリックを今の組織に誘ったのは、星流だ。星流がいなければ、フレデリックはエクソシストになどなっていなかった。


 子どものころから、他人にはない力が自分にあることは知っていたが、そのせいで毛嫌いされてもいた。


 ヨーロッパの片田舎の貧しい家庭に生まれた。とても閉鎖的な小さな農村。あたりはすべてオリーブ畑。

 住人のほとんどが親戚といった地域で、フレデリックのような特異な子どもは目立ちすぎた。


 死者の声が聞こえる。死者の姿が見える。人の死を予言する。

 そんなふうに噂されるようになってすぐ、フレデリックはさらわれた。まだ五歳にも満たなかった。生まれ故郷のことは、ぼんやりとしか覚えていない。両親や家族の顔も。


 フレデリックを誘拐したのは、カルトな教団の過激派だった。イスラム国のような、人を殺すことをなんとも思わない集団だ。


 物心ついたときにはそこにいて、フレデリックは当然のように少年兵として訓練されていた。楽しいことなど何もない。殺伐とした日々だ。


 そこでは感情を持つことは悪だった。教祖の言うとおりに無力な人々を襲い、殺すことだけが正義。


 フレデリックは教祖の神性を具現化させる上で、ひじょうに貴重なコマではあったが、それでも、信者という名の教祖の奴隷の一人にすぎなかった。失敗すれば鞭で打たれた。満足な食事を与えられないことも、たびたびあった。


 世界に色がついているとも思えなかった。血の色でさえも灰色に見えた。

 少年のフレデリックは、ただひたすらにモノクロの世界のなかで、虚しく時間をつぶしていた。何も生産せず、破壊のみに労力を費やした。


 だが、そこに彼が現れたのだ。

 新薔薇十字団の一員である、青蘭の父、八重咲星流が。


 あのときの鮮烈さを、フレデリックは今も忘れない。


 その夜、フレデリックは教団のアジトの外で見張りをしていた。教団は警察からマークされていたから、テロを起こすたびに、ひんぱんにアジトを変えた。都市のどまんなかで、ワンルームのアパートを転々とした。


 そのときは、とくに世間を騒がせた大事件を引き起こした直後だったので、信者の一人が所持する田舎の古城にひそんでいた。


 周囲に建物はない。

 荒野だけが、どこまでも広がっている。いつもフレデリックが見ている灰色の景色だ。美しいものなど、この世には存在しない。


 だが、そこに、星流はやってきた。

 星流はフレデリックより八つも年上だが、初めて会ったとき、てっきり年下の少女だと思った。切れ長の双眸の神秘的な少女だと。


 その人が荒野の端に現れ、一歩ずつ近づいてくる風景が、とつぜんカラーに見えた。

 星流は白いTシャツとデニムを着ていた。その白はモノトーンのなかのくすんだ白ではなく、陽光を反射して明々と燃えるような純白だった。


(まぶしい……)


 誰も近づけるなと言われていたのに、フレデリックは思わず、その姿に目がくらんで、ぼんやりしていた。


 すると、彼女は目の前まで近づいて、親しげに手をふってきた。


「ハロー。君、このうちの子? 僕と同じくらいだね」


 その声を聞いて、初めて相手が男だとわかった。声変わりしていたからだ。それでも、まだ同世代だろうと思っていた。相手が銃の使いかたも知らない無力な少年だと勘違いした。


「おまえ、なんだ? 帰れ」

「観光で近くまで来たんだ。道に迷ったみたい」

「じゃあ、さっさと行けよ。ここは個人の所有地だ。勝手に入ったら親父に捕まって、ヒドイめにあうぞ」


 近づく者は全員、なかへつれてこいと命じられていた。もちろん、なかへ入れられた者は二度と無事に外へは出ていけない。従順なら教団の奴隷として働かされる。抵抗すれば殺される。その二択だ。


 でも、なんでだろうか。

 世界を鮮烈に見せる、この白い光を放つ少年を、自分と同じ境遇に落とすことが、急に哀れに思えた。きっと、彼もかごの鳥になれば、この光を失うのだろう。それが惜しい。


 だから、解放してやろうとしたのに、彼は自分から籠のなかへ入っていこうとした。


「スゴイね。お城に住んでるんだね。なか、見てみたいな。いいよね?」


 もちろん、星流はわざと内部に侵入しようとしていたのだ。当時、すでに星流は二十三歳だった。東洋人が年より幼く見えることを利用して、潜入調査をしようとしていた。


 のちになって、フレデリックはそれを知らされるわけだが、そのときは懸命にひきとめようとした。


「ダメだ。ほんとに怒りっぽい親父なんだ。気に入らないことがあると、すぐ殴るぞ。おまえなんか、一発でノックアウトだ」

「へえ。おもしろそう」

「何がおもしろいんだよ」

「古城で怪物に出会えるなんて、スリル満点じゃないか」


 言いあう声が、なかまで聞こえたらしい。扉がひらき、大人の団員がやってきた。手に銃を持って。

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