第三十八話 ロイコクロリディウム

第38話 ロイコクロリディウム その一



 ようやく、念願の映画館デートができた。映画を観終わって自宅に帰ると、客が来ていた。


 先日の考古学者、穂村だ。


「やあ、どうも。お邪魔してるよ」

「よく、この家がわかりましたね」

「磯福くんに聞いた」

「ああ、なるほど」


 龍郎は母校の准教授のとつぜんの訪問に戸惑った。


「何かご用ですか?」

「もちろん」

「…………」


 押しの強い人だ。

 穂村はとうぜんのような顔をして語りだす。押しが強い上にマイペースだ。


「名刺を渡したのに、ちっとも連絡してくれないから押しかけてきたよ。まずは、団地の怪異を止めてくれて、ありがとう。だが、君たちは、なぜ、あの団地で怪奇現象が続発するか知ってるか?」

「いえ。知りません」


「じつは古地図によると、あのあたりに昔、丘があった。昭和の初めごろに開拓されて、今は平地になっているんだ。丘のふもとに神社があったらしい。つまり、神社をぬけて丘をあがったあたりが、今の団地だったわけだ」

「はあ」


 デートの余韻を楽しみたいのに、なんでゼミの講義みたいなことを聞かなければならないのだろうと、ぼんやり思う。


「神社を建てられたのは、江戸時代なんだ。神社の縁起にしては、わりと新しい。というのも、どうも、あのあたりでは昔から不思議なことが起こったせいらしい。神隠しも頻発した」

「はあ」


 青蘭が口をはさんだ。

「ねえ、龍郎さん。その話、長いの?」

「まあまあまあ」


 迷惑そうな青蘭をなだめて、龍郎は問いただした。


「それで、おれたちにご用というのは?」

「だからだね。私の専門分野なわけだよ。あの団地に引っ越したのは、当初、そこにあった丘というのが古墳じゃないかと考えたからだ。今は別の考えを持っているのだがね」


 ダメだ。話を聞いてくれない。


「古墳じゃないならなんだっていうんですか?」


 ほんとは興味がないのだが、これは最後まで聞かないと帰ってくれないとふんだ。


 穂村はじつに満足そうに続ける。

「古墳時代より、さらに古い時代の遺跡だよ。十万年……いや、もっと前なんだろう。遥か超古代の文明が遺した遺跡だ」


「十万年以上前って、縄文時代以前ですよね? 日本ってそのころ、人が住んでないんじゃないですか? いくらこのあたりが神話の国だって言ったところで、それって縄文時代の終わりから弥生時代ってとこでしょう? どんなにさかのぼっても、縄文時代の始め」


「だからだよ! スゴイ発見だと思わないか? 十数万年以上も前の地層から文明の存在を証し立てる品物を発掘したんだ」

「発掘したんですか?」

「これを見てくれ」


 そう言って、穂村はガイコツみたいな指をポケットにつっこんだ。手の平に乗せて差しだされたのは、なんだか異様にキラキラした見なれない石器のようなものだった。石器というか、金属のような、鉱物のようなものだ。虹色に輝く異様な青い輝きを帯びている。


「……これ、放射性物質とかじゃないですよね?」

「さあ、わからん」

「さあって……穂村先生。これをどこで発掘したんですか?」

「団地の裏庭だよ」


 そんなところから、こんなに簡単に妙な石器が出てきていいのかと、理不尽な気持ちになる。


「なんだか矢じりっぽいですね」

「うん。これは小さいから、おそらく矢じりとして使われたんだろうな。私の部屋にはもっといろいろな形の出土品がある。剣の一部や石斧せきふらしきものや、何に使ったのかよくわからないものとかね。なんなら今から見にこないか?」

「今からですか?」

「うん。何か問題でも?」


 龍郎を見る青蘭の目が白い。


「いえ、あの、今日はもう夕方なので、後日にでも……」

「あっそう。じゃあ、必ず来てくれ。明日にでも。うん。明日がいいよ」

「いや、あの……」

「あっ、じゃあ、今日の記念に、君にこれをあげよう。遠慮しなくていいよ。まあ、お近づきの印にだな。それと報酬の前渡し的な。私のとこには、他にもいっぱいあるから問題ない。モーマンタイ」


 穂村は龍郎の手に、ピカピカ光る妖しい色の矢じりをムリヤリ押しつけて立ちあがる。


「じゃあ、明日、午前中に団地に来てくれ。よろしくな!」

「えっ? ちょっと、なんのご用かも聞いてないんですが……」


 穂村は帰っていった。

 青蘭の目つきが、ますます冷たい。


「……どうするんですか? 龍郎さん。行くの?」

「受けとってしまったから、行かないわけにはいかないんじゃないかな? とりあえず、明日行って、これを返してこよう」

「じゃあ、しょうがないから、ボクも行く」


 なんとなく心配だったが、団地の怪異はおさまったはずだ。青蘭が行っても、もう安全だろう。


「うん。いっしょに行こうか」

「なんかそれ、イヤな匂いがする。ボクの目につかないとこに置いて」


 青蘭は不愉快げに眉をしかめながら、虹色に光る矢じりを指さした。


「わかった。綺麗だけど、危険な感じはするよな。ほんとにさわっても大丈夫なのかな?」


 よく見ると、矢じりに模様がある。翼を広げた鳥のようにも見える何かだ。


 龍郎はそれを、客間の違い棚の上に置いた。


 その夜、おかしな夢を見たのは、そのせいだっただろうか?

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