第33話 架け橋 その四

 *


 サンダリンの意識は遠くなりつつあった。


 やはり、天使でなくなったサンダリンの戦闘力はかなり落ちている。というより、虫の息だ。


 女王と戦うことなど、もともと、できる体ではなかったのだ。

 女王に叩きつけられたまま、床で伸びている。


 なぜ、こうなったのだろうと、サンダリンはぼんやり考える。


 ルリム王女の誘いを断り、女王の塔へむかったところまでは記憶にある。

 両翼を失い、ひとすじの希望をいだきながら、女王のもとへ急いだ。足どりは重いが、心は軽い。


 私は男になった。今なら、きっと、母上も——


 きっと、子どものころのように、「サンダリン。わたしの可愛い坊や。今までよく頑張ってくれましたね。もういいのよ」と、あたたかく抱きしめてくれる。


 母の微笑みを思うと、これまでの辛苦がすべて霧散する気がした。

 ようやく、求めていたものが得られる。


 それにしても血が流れすぎた。

 意識が朦朧とする。

 ただ母の喜ぶ顔が見たい一心で歩いていく。


(私は王になりたいわけではない。ただ、愛されたいのだ。私を見向きもしなくなったあのかたに、今一度、以前のように……)


 王子に戻りさせすれば、母に優しい言葉で迎えられると信じていた。

 だが、ようやく女王の塔の玉座の前にサンダリンが辿りついたとき、女王は不機嫌にうなった。


「サンダリン。その翼はどうしたのだ?」

「自然にぬけおちたのです。母上。私は男に戻りました。もう一度、王子として認めていただけますか?」


「バカなことを。そなた、わかっているのか? 王子など替えはいくらでもいる。だが、有翼の戦闘天使は、そなた一人。快楽の玉、苦痛の玉、二つながらに手に入るやもしれぬという、この大事のときに、戦える者がいなくば話になるまい。この穴埋めをなんとする?」


「でも、母上……」

「死にぞこないの王子に、なんの価値がある? 天使でなくなったそなたなど、塵ほどの意味もない」


「そんな。では、私はどうしたら……」

「どうとでもすればよい。どうせ、まもなく死ぬであろう。どこでも好きなところへ行って、のたれ死ぬがよいわ」


「母上。お待ちください。女王陛下——!」


 呼びとめたが、母は玉座を立ち、奥の間へ去った。ただの一度も、サンダリンをふりかえることもなく。


(そう。これが、あなたの仕打ちか……)


 いつか、ふりかえってくれるかもしれない。認めてもらえるかもしれない。そう思い、戦い続けてきた。

 でも、けっきょく、最後はゴミのように捨てられる。ただそれだけの存在だった。

 天使であれば愛されず、天使でなければ価値もない。


 急に笑いたくなった。

 サンダリンは声をあげて笑った。

 抑えられない衝動が高まり、そのあとのことは覚えていない。


 気づいたときには、女王の手で殺されかけていた。意識が遠のく。


(あなたが私を殺すのか。それほどに……憎い、のか?)


 そのとき、あの男の姿が目についた。

 星の戦士だ。


 サンダリンの頭をくだこうとする女王の胸に、武器の照準をあわせている。


(殺す……つもりか)


 女王をか。サンダリンをか。

 それとも、二人まとめてか?


 それもいいと、ふと思った。

 母の愛は二度と戻らないことが痛いほどわかった。


 サンダリンには、こうするほか手立てがない。

 母を殺して自分も死ぬ。

 そうすれば、母は自分だけのものになる。永遠に……。


 血を吐きながら、サンダリンは最後の力をふりしぼった。


 自分の横にころがる、子どもたちの塔の魔法媒体。

 四つのうち三つが損壊すれば、魔法の効力は極端に弱まる。


 指一本、持ちあげることさえ難しい。

 自分の体をこれほど重く感じたことは、かつてなかった。


 もうじき自分は死ぬのだ。


 サンダリンは執念のみで、それを成しとげた。片手をふりあげ、魔法媒体をこぶしでつぶす。


(さあ、殺せ。私と母上を。それが私の最期の望み……)


 星の戦士は武器をかまえた。

 オーロラのような光が、女王とサンダリンを包みこんだ。


 その日、五の世界はついえた。

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