第33話 架け橋 その三



 あきらかに、サンダリンは龍郎と青蘭の存在を認めた。そして、害するために捕まえようとしている。


 それはそうだ。サンダリンにとっては、龍郎も青蘭も憎い敵だ。彼の翼を片方ずつ、もぎとっていった相手なのだから。


 龍郎は青蘭の前に立ち、神剣をかまえた。今度こそ守ってみせる。目の前で恋人を喰われるなんてこと、もう二度とゴメンだ。


 だが、そのときだ。

 中央の塔近くから、もう一つの巨大な何かが現れた。

 見ているうちに大きくなって、サンダリンに突進していく。


 女王だ。

 巨体のサンダリンをひきとめることは、もはや普通の戦闘天使にはできない。この巣のなかでそれができるのは、同じ体格の女王しかいない。


「女王がサンダリンをなだめにきたかな」

「なだめるなんて生やさしいものじゃなさそうだけど?」


 青蘭の言うとおりだ。

 女王はいきなり、しがみつくと、その勢いで、サンダリンの首にかみついた。緑色の血がしぶいて、あふれる。サンダリンの口から悲鳴があがる。


 女王はサンダリンをひきとめに来たわけじゃない。殺しにきたのだ。

 サンダリンの肉を食いちぎると、両手で首をしめる。


 サンダリンは抵抗した。

 女王の手をはらいのけ、つきとばす。

 しかし、サンダリンは昨日から大量の血を流し、傷ついている。急激な身体の変化も彼から体力を奪っているようだ。動きが鈍い。力も思うように入らないふうだ。


 それを見て、龍郎は言った。

「サンダリンに加勢しよう」

「サンダリンは敵だよ。女王がいなくなったら、今度はこっちを襲ってくる」

「そうだけど、女王を倒せるかもしれない。チャンスは利用しないと」


 話していると、サンダリンが女王になげとばされた。巨体が子どもたちの塔に、まともに衝突する。塔がゆれて、上半分が傾いた。どこかにヒビが入ったらしい。


 龍郎と青蘭はななめになった床の上を、ズルズルとすべる。


「青蘭!」

「龍郎さん——」


 ここまで来て、こんなところで、青蘭を失うわけにはいかない。

 すべり落ちながら、龍郎は青蘭の腕をつかんだ。


 女王は怒りに目がくらんでいるのか、塔が破壊されても、サンダリンへの攻撃をやめない。

 倒れているサンダリンの首をつかみ、何度も塔の外壁に頭を打ちつけた。

 そのたびに塔はグラグラと揺れる。


 ついに、何度めかの振動で、塔が崩れた。二つに折れ、上部が暗闇のなかへ落下していく。


 塔の屋上にいた龍郎たちは、とうぜん、それにともなって空中になげだされた。抱きあいながら落ちていく。


 いくら霊体でも、数十メートルの高さから落下すれば、追突の衝撃で失神してしまうだろうか?

 いや、それよりも青蘭は生身だ。

 この高さから落ちて、無事ではいられない。


(くそッ。せっかく、ここまで来たのに……)


 龍郎が視線を送ると、青蘭は微笑む。

 龍郎といっしょなら、死んでもいい——瞳がそう語っている。


 悲しい気持ちで、青蘭の体を抱きしめる腕に力をこめたときだ。

 急に落下の速度がゆるくなった。ふわりと体が軽くなる。


「手を焼かせないで。今がチャンスよ。早く、わたしとの約束を果たしてちょうだい」


 ルリムだ。

 ルリムは大きく羽ばたき、龍郎と青蘭を地面におろした。龍郎は精神体だから、重さは見ためほどないのだろう。


「ありがとう」

「お礼なんていいから、早く」


 まだ子どもたちの塔の魔法媒体を壊していなかったが、しかたない。媒体の乗った台座は、サンダリンと女王が組みあう、ちょうど、まっただなかの床の上に落ちてしまった。位置的に龍郎たちの場所からは、女王とサンダリンの奥だ。あれでは近寄れない。


「一の世界で、おれの攻撃はわずかだけど、女王に効いた。魔法媒体が半分になった今なら、以前よりも与えるダメージが強いかもしれない」


 サンダリンが女王の気をひきつけてくれている今なら、すきをうかがって近づくことができる。

 さらに運がよければ、そのまま女王とサンダリンのあいだを通りぬけ、落ちた魔法媒体のところへ行けるだろう。


「よし。行くよ。青蘭は——」

「もちろん、いっしょに行く」

「……わかった」


 ルリムは肩をすくめる。

「わたしは遠くから見てるわ」


「ああ。いいよ。それにしても、なんでサンダリンは暴れてるんだ?」


「さあ。知らない。あなたたちの感覚で一時間くらい前。わたしと手を組まないかって話を持ちかけてみたの。でも断って、どっかへ行ってしまった。たぶん、あのあと、女王の塔へ行ったんだと思うのよね」

「なるほど」


 女王と仲たがいしたということだろうか?


 とにかく行ってみる。

 青蘭とともに、物陰を利用しながら女王たちに近づいていった。あたりには戦闘天使の死体がゴロゴロ転がっている。龍郎も青蘭もパイプの武器をひろう。


「これで攻撃手段が確保できた。青蘭は、もしできそうなら、女王たちのあいだをすりぬけて、魔法媒体を壊しに行ってくれないか」

「龍郎さんは?」

「サンダリンに加勢する」

「……わかった。でも、龍郎さん。気をつけて」

「もちろんだ。青蘭もムチャはするな」

「うん」


 二手にわかれて、龍郎たちは走りだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る