第20話 天使と悪魔 その二



 天使と悪魔——

 それが意味するところは偶然にすぎないのだろうか?

 なんだか作為的なものを感じる。たとえば、悪魔だという青蘭の祖父あたりの思惑がからんではいないのだろうかと。


(悪魔は現実に存在する。だとしたら、天使だって……)


 それについては、フレデリック神父に聞いてみたほうがいいのかもしれない。聖職者の神父のほうが、龍郎よりは天使に近い位置にいる。


 そんなことを考えていると、冨樫が続きの言葉をポツポツと語った。


「鈴子が一度だけ、大奥さんを見たらしいんだ。若奥さんが二十五、六だから、大奥さんはそれより二十は年上のはずなのに、ものすごく若く見えたと言ってたなぁ。ただ、大奥さんは病気だったんだそうだ。眠り病みたいなもんにかかってたらしい。話すことはできなかったって」


「そうですか。青蘭の祖母が同居してたのは、病気のせいかもしれませんね。だから、一家は離島に住んでたのかな? 祖母がいたということは、祖父はいっしょには暮らしていなかったんですか? なんでもアメリカの人だったらしいけど」


「大旦那はふだんは外国にいた。とにかく仕事が忙しい人だったようだ。年に数度しか、島には来ないって話だった。そうそう。鈴子がああなるちょっと前に、その大旦那さんが急遽、遊びに来たって、電話で言ってたな」


 やはり、怪しい。

 鈴子さんがとつぜん、“人魚の呪い”を受けたのは、青蘭の祖父のせいかもしれない。


 冨樫からは、それ以上のことは聞きだせなかった。


 龍郎は甲板に出ると、フレデリック神父の姿を探した。神父は船尾のあたりで、冴子にヨーロピアンジョークをとばしているところだった。冴子は奔放で美しい娘だから、くどいているのだ。つれてきたのは、そのせいかと、龍郎は少しあきれた。


「冴子さん。フレデリック神父と二人で話させてもらってもいいかな?」


 龍郎が声をかけると、冴子は一瞬、すねようかどうしようかと思案するような目つきになった。が、ここは嫌われないために引いておこうと結論づけたようだ。あっさりと船首のほうへ歩いていった。


「私に何か?」と、ニヒルに笑う神父のとなりに立って、単刀直入にたずねる。

「あなたは天使を見たことがありますか?」

 神父は白い歯を見せて笑いだした。

「ないよ。それが何か?」

「じゃあ、天使は実在すると思いますか?」

「さあ、どうだろうな。私にはわからない」

「エクソシストなのに?」

「悪魔は実在するよ。でも、人間が考えるような天使そのものが存在しているとは思わない。いたとしても、それは現存の宗教とはなんら無関係のものだろう。悪魔がそうであるように、天使も我々の想像とは異なるものだ」


 それに近いことは以前、青蘭も言っていた。天使や悪魔、あるいはクトゥルフの邪神などは、人智を超越した宇宙的な存在であり、大昔の人間がたまたま、それを目撃したとき、人間に理解しやすい形に置換しただけじゃないかと。


 龍郎は青蘭の考えを神父に話してみた。神父は首肯しゅこうする。


「君たちの着眼点は悪くないね」


「じゃあ、人間が別物だと考えてるだけで、ほんとは悪魔と邪神が同じものだったり、天使と悪魔が仲間だったりするわけですか?」


「あるだろうな。そういうことも。クトゥルフ神話に関しては、ラブクラフトが霊的に鋭い人物だったと考えられる。幼いころによく悪夢を見たというし、神経症を患っていた。彼は創作として書いたのだろうが、おそらく直感的な部分で、宇宙的な存在を感じていた。それが著作に現れたのだろう。そのさい、既存の宗教の影響も受けている。古来より人が天使や悪魔、神と言ったもののなかに、実存する恐怖がひそんでいると嗅ぎとったからだ」

「なるほど。つまり、天使や悪魔などと呼ばれていたものを、ラブクラフトなりに新たに体系づけたということですね? じゃあ、やっぱり、なかには同じ神が別の存在として語られている場合もあるんだな」


 しかし、今、龍郎が気になっているのは、そこじゃない。天使が実在するかということだ。神父には、うまく話題をそらされたような気がしてならない。


「もしも、この世に天使がいたとしたら、それは無条件で人間が美しいと感じ、憧れ、崇拝するものなんだろうな。青蘭の祖母が、天使のような美女だったというのは、ほんとですか? フレデリック神父」

「なぜ、私に聞くんだね?」

「あなたは見たことないんですか?」

「ないね」

「でも、青蘭の祖父が悪魔かもしれないという噂について、青蘭のお父さんは調べていたんでしょ?」

「そう。屋敷に潜入して、そのまま帰らぬ人となった」

「星流さんは優れたエクソシストだったんですよね? 青蘭のおじいさんの噂が真実だったのかどうか、見当もついてなかったんですか?」


 フレデリック神父は黙りこんだ。

 組織に口止めされている内容なのかもしれないという印象を、龍郎は受けた。が、神父は少し考えたあと、こう告げた。


「悪魔だった——と、少なくとも星流は確信していた。それも、かなり上位の悪魔だと」

「魔王クラスの?」

「まあ、そういうことだな」


 だからすぐに退魔できなかったのだ。


「魔王の名前はわかってるんですか?」


 深い意味もなく、龍郎はたずねた。

 魔王の名前を知れば、運がよければ対処法もわかるかもしれないと思い。

 だが、神父の答えを聞いて、龍郎は驚愕した。


「魔王アンドロマリウス。星流はそう言っていた」

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