第14話 家守 その三



 清美の話は続く。


「最初のころは、みんなが急に妹をいないって言いだして、すごく怖かったんですけど、星流おじさんのことを知ったときに、もしかしたら、妹もどこか遠くへつれていかれたんじゃないかなって考えたんです。うちには何か秘密があって、それで、おじさんや妹みたいに子どもが家から追いだされてしまうんじゃないかって」


 龍郎はうなずいた。

「なるほどね。それなら急に人がいなくなってもおかしくない。大人がみんなグルなわけか。その場合、どんな理由でつれだされてるのか、だな。ところで、増えるっていうのは?」


「おばあちゃん。ある日、とつぜん、家にいたんですよ。何年前だったかな? わたしが学生のときだから、三、四年前なんですけど。夏休みに帰ったら知らない人がいて。なのに、両親は前からいたって言うんです。ずっと前からいっしょに暮らしてたって。そんなの、おかしくないですか? わたし、さっぱり記憶にないんですけど。わたしが変なんですかね?」


 青蘭が口をひらく。

「つまり、清美の記憶と、家族の記憶が食い違うってこと?」

「食い違うのか、家族が嘘をついてるのか、わからないんですけど。もしも嘘をついてるのなら、そうとうの理由があるだろうし、そうじゃなくて、わたしの記憶が変なら……わたしがどうかしてるのかなって」


 前に家族のことを聞かれたとき、清美のようすが妙だったのは、そのせいだったのだ。たしかに、清美の家族は異常だ。悪魔がいると青蘭は言うし、とんでもない秘密をかかえていそうだ。


「ほかに何か、清美が異常に思うことはないの?」と、青蘭は言った。


 清美は腕を組んで典型的な考えるポーズをした。真剣なはずなのに、なぜかユーモラスに見えてしまう。


「うーん? 神社に行こうとすると、必ず邪魔が入るんですよね。お父さんやお母さんに呼びとめられたり、何年か前まで飼い犬がいたんですけど、その子がとびついてきたり、山から狸が暴走してきたり……それで、わたし、一回も神社跡に行ったことがないんですよ」


 思わず、龍郎と青蘭の声がそろう。

「えっ? 一回も?」

「さっきの二又のさきだろ? 歩いてでも行けるよね? やっぱり愚民だな」

「わたしのせいじゃないんです! みんなに邪魔されてるみたいだなあって思ってて……だから、もしかしたら、神社のことが関係してるのかなぁって」


「わかったよ。じゃあ、青蘭。明日、神社に行ってみよう。おれたちなら行けるかもしれないし」

「まあ、神社跡には行くつもりでしたからね。それと、この家が神主だったって言うなら、神社にまつわる縁起物とか、古文書とか、何かが残ってるはずじゃないの? この家、大事なものをしまってる物置とかない?」


 清美は「うーん」とうなって目をとじる。記憶をふりしぼっているらしい。

「大事なものは、だいたい仏壇の引き出しにしまってあるんですけど、そんなにたくさんは入らないですね。物置はないけど……車庫のなかに、なんかあるかなぁ?」


「とにかく、明日から調査ですね。ボクと龍郎さんは朝一で神社に行ってみます。清美は家のなかで神社にまつわるものを探して」

「ラジャーです! 隊長」と清美は楽しそうに敬礼のマネをする。

 龍郎が清美の状態に置かれたら、もっと深刻に悩むと思うのだが、こういうたくましさは尊敬に値する。


 清美が部屋から出ていったあと、もとのとおり、それぞれの布団に入りながら、龍郎と青蘭は小声で話しあった。


「なあ、青蘭。青蘭のお父さんがエクソシストになったことが、この家の状態と関係してるんじゃないかな?」

「それは考えられなくもないですね。実家の異常な状態を懸念して、悪魔祓いを志した。だとしたら、あの寄木細工のショゴスも、もともと清美を守るために手渡したんだ」

「もしそうなら、急に増えたおばあさんは、フレデリック神父の仲間かもしれないぞ」

「その可能性もある。とにかく、おばあさんにも一回、会わないとね」


 青蘭は悪魔がいるなかでその気にならないのか、あっさり布団に顔をうずめて目をとじる。


「おやすみ。青蘭」

 龍郎が言うと、青蘭は怒ったような声でとがめてきた。

「まだです」

「えっ? 何?」

「だって、まだですよ?」


 見ると、布団の端から青蘭の手がのぞいていた。龍郎ににぎってほしいのだろう。

 青蘭が暗闇で眠るのを嫌がるので、いつも小さな明かりをつけっぱなしなのだが、豆電球の淡い光にぼんやり照らされる青蘭の白皙は、ほんのり不安そう。強い口調のくせに、内心は龍郎に断られることを恐れているのだ。


 なんでいつも、こんなに簡単に胸の奥をギュッとしめつけられるのだろうか?

 青蘭にかかれば、龍郎はティーカップに落とされる一粒の角砂糖みたいなもの。蜂蜜色の液体に、熱く甘く、ほろほろと溶けていく。


「ごめん。まだだったね。これでいい?」

 繊細な白い手を龍郎がすっぽり覆うと、青蘭は満足げに微笑んだ。

「おやすみなさい。龍郎さん」

「おやすみ。青蘭」


 つないだ手と手から、やわらかなぬくもりが伝わる。眠りは、とても心地よい。

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